第9話 人は魂と同じだけ高貴な身分に生まれつくわけではない
故郷のフェンネル公国はグロリオーサ帝国から独立した小国のひとつで、私が子供の頃は教育機関も十分とは言えなかったから9歳から13歳までの四年間、グロリオーサ帝国の学園に留学した。
一年目はとても楽しかったが、10歳になると4つ年下のストレチアが入学してきた。
「属国人の女が勉強なんて生意気だ。我が帝国の空気が臭くなる」
開口一番そう言ったストレチアが現れて以来、不快な思いをしない日がなくなってしまった。
属国人、裏切り者の賤民、容姿に対するいわれのない侮辱などの言葉の暴力は勿論、突き飛ばされたり土下座を強要されたり、カエルや蛇の死骸を服や靴に入れられるのは日常茶飯事。
王太子がリーダーとは言え4つも年下の男の子たちから集団いじめに遭う外国人の小柄な少女は、周囲からさぞかしみじめに映ったことだろう。
「お前おっぱいにホクロがあるんだな。毎日自分でやってるんだろ」
私は胸元に少し目立つホクロがあるが、大陸北部では胸にホクロのある女は好色という俗説があり、ませた子供の間では毎日オナニーしている証拠というくだらない話が流布していた。
「オナ」という屈辱的なあだ名までつけられ、グロリオーサ貴族子弟は右に倣えでそれからはほとんど名前を呼ばれることすらなかった。
あるときなどはおっぱいホクロ女はあそこの毛もボーボーと言われ教室で下着を脱がされた。
レースのあしらわれたお気に入りのショーツを目の前で切り刻まれた挙句ロッカーに閉じ込められ、やっと用務員に出してもらって泣きながら帰ろうと鞄を見ると場末の娼婦がつけるような下品な下着が入っていた。
背の中ほどまで大切に伸ばしていた髪を、丸坊主寸前のベリーショートまで切られたこともある。
耐えかねて教師に訴えても男の子は気になる女の子をいじめちゃうものだと言って相手にしてもらえなかった。
仮にそうだとしてもあいつの行為は許されるレベルじゃない。
事実、私の心には深い傷となって残ったしアラサーになった今も恨んでいる。絶っっっ対に許さないからな。
思い出したら、怒りが湧いてきましたよ。
ふと、一度だけあいつにやり返した記憶が蘇ってきた。
酷いことをされて、私はいつものように泣いていた。ストレチアは勝ち誇って嗤っている。
「そろそろ身の程が分かったか? 俺の言うことを聞けば、いじめるのを止めてやってもいいぞ」
「言う……、こと……、って……?」
「俺の下僕になれ! いつも側に侍るのだ。素直にしていれば大事にしてやるし、将来は……」
パシン
人を引っ叩いたのなんて初めてだった。
「わたくしはフェンネル公国の公女グリムヒルドです。かつてのフェンネル地方は今やグロリオーサ帝国と対等の一国家。あなたの前に膝など折りません」
強大な帝国から勝ち取った独立は私たちフェンネル公国民の、決して穢されない誇りだ。
いじめは心底やめてほしかったけれど、こんな卑劣な王太子に売り渡せるほど安いものではない。
まして私は、今の私は公女なのだ。
第一こいつには約束を守るという概念自体なさそうだし。
軽く叩いただけなのに力一杯殴り返されたし、翌日からいじめはさらにエスカレートしたけれど、耐え抜いて首席で卒業したのだ。
そのとき学んだことは、今とても役に立っている。
あんたなんかに二度と負けない。もう無力な女の子じゃない。他国で力を蓄えた賢妃と名高いグリムヒルドを敵に回してタダで済むと思うな。
童話が何だ。王子様が何だ。
魔女と呼ばれる女を舐めるな。
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