第7話 「甘いんだよヒルデ! 今度こそ俺の前に跪けっ!」
「殿下、お疲れ様でございますね。ワインはいかがですか?」
「相変わらず気が利くな。もらおう」
やっと寝付いてくれたユーフォルビアをベッドに残し、一人居間のソファに沈み込んでいたストレチアは副官の持ってきた赤ワインを一息に干した。げんなりしている。
お姫様の前ではイケメン風に柔らかく流していた前髪は今は乱れて額にかかり、鬱陶しそうに手櫛でかき上げると酷く下卑た雰囲気になった。
本性を剥き出しにしたといったところか。
もう一杯とグラスを差し出し所望するが、弁えている副官はすかさずチェイサーを差し出す。
「お酒臭い王子様など、お姫様に幻滅されてしまいますよ。深酒はもう暫しご辛抱を」
「乳臭さで既に胸焼けしてるというのに。ろくな反応も返せないくせにあんあんもっととしつこい」
「情報以上に幼い姫君のようですな」
「性欲だけは一人前の八歳のガキでも相手にしてるみたいだった。国王は何をしてたんだ? 賢王が聞いて呆れる、歳食ってからのガキだから甘やかしたな」
水面をのぞく目に、ふと懐かし気な光が宿った。
「……ヒルデの苦労が伺える」
「グリムヒルド様、ですよ。もはやガルデニア王国の王妃様で、あなたのご学友ではございません」
「お前もいちいちうるさいな」
味はないはずなのに苦い水を飲み干すと、二杯目のワインが供される。今度は口に含んで舌の上で転がし、味と香りを楽しむ余裕ができた。
「略奪婚……300年振りでございますな。正確には276年振りでしょうか」
「根回しはしてある。ガルデニア王国は大陸連盟に婚姻の無効を申し立てるだろうが、略奪婚が根づいている砂の民諸国は当然却下するしやっと連盟入りを果たした少数民族国家だってそうだ。取るに足りない弱小国でも一票は一票だからな、式さえ挙げてしまえばこっちの勝ちだ」
かつて大陸の情勢が安定しなかった頃、女性を誘拐して妻とする略奪婚は全土で頻繁に行われていた。
乱暴だが違法ではなかったのだ。
大陸戦争と呼ばれる大戦があって教会のとりなしの下に国境線が定められた後はほとんどなくなったが、砂漠に広がる騎馬民族国家や高地の少数民族の間では今も血筋を濃くしすぎないための伝統として根づいている。
不適切な国ではわざわざ禁止するまでもないほどに廃れ、合理的な国では残った習慣。
だからこそほとんどの国において、法律で禁止されていないのだ。
誘拐は犯罪だが、双方の“同意”に基づき結婚してしまえば略奪婚が成立し罪に問われない。
法律の大きな穴だった。
グラスを下げさせ悪酔い防止に冷えたブドウを数粒口にしてバルコニーに出た。
果汁で紫に染まった指を子供の頃のように舐めていると、ふつふつと湧き上がる怒りがあった。
「……干からびた青春を過ごしただと!? ふざけるな! 俺がようやく成人したら人妻だと!? ふざけるなっ!」
憎々し気に吐き捨てて、激情の赴くまま手入れの行き届いた手すりへと力任せに拳を振り下ろす。
「あれだけ俺が上だと思い知らせてやったのに! 結婚したぐらいで俺から逃げられると思ってるのか? 甘いんだよヒルデ! 今度こそ俺の前に跪けっ!」
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