第6話 白雪姫は欲求不満でした!

「あたしはあそこで一度死んだの。何もかも取り上げられて、友達もいないところで一人ぼっち。そんなの死んだも同然じゃない。あなたに助けられて、また自分の人生を生きれるのよ」


ユーフォルビアの甘ったるい囁き声が、月明かりだけの室内に静かに響く。


「意地悪な継母に命を奪われたと思われたお姫様は、王子様のキスで生き返ったのさ」


姫と王子を乗せた馬車はグロリオーサの王都に向かう途中、ストレチアの所有する白亜の城で一泊した。

規模は小振りだが建物自体は瀟洒な作りで、内装も贅を尽くした城をユーフォルビアは一目で気に入り、豪華なバスルームで一頻りはしゃいで今は天蓋のついた巨大なベッドで二人きりだ。


ご機嫌だった顔が、意地悪な継母の一言で可愛らしく唇を尖らせたしかめっ面になる。


「お義母様は、恋愛経験ないんじゃないかしらと思うのよね」

「どうしてだい?」

「だって何でもあれは駄目、これは駄目って。お義母様の言うことを聞いていたら楽しいことは何もできないんですもの」

「そうなのかい?」

「そうよ! 聞いて!!」


ユーフォルビアはここぞとばかりに日頃の鬱憤を一気にぶちまけた。


「お義母様ってね、あまり宝石商も呼ばないしドレスを新調するのも時々なの! よその子は人気のデザイナーの新作が出たらすぐ新しいのを作るのに! パーティーだって滅多に出ないの、あたしはもっとたくさん行きたいのに!

 じゃあ何をしてるかって言えばお父様に付いて公務、暇さえあれば分厚い本を読んだり冴えない学者や政務官と何時間も話し込んだりしてるのよ。大臣や文官にやらせておけばいいようなことをしてるの。それどころか……」


『いつかはあなたが引き継ぐのよ』


「有り得なくない!?」


隣国の王子の客観的な目線から見れば王妃の装いは常に洗練されていて流行りを外したものを着続けているようにも見えないし、パーティーで滅多に見ないわけでもない。妥当な出席率だ。


どうやらかっぱらってきた王女は派手好きな浪費家で、遊ぶこと以外に価値を見出せないらしい。


「若い頃からそうゆうカサカサに干からびた青春を送っていたんだわ。そんな生き方押しつけられたらあたしの人生台無しよ!」


「女の子はあまり賢くない方が幸せだよ。君の方がずっと可愛らし……」

「本当にそう思う!?」


食い気味のユーフォルビアに一瞬引いて、すぐボロボロ泣き始めたのには困惑した。

が、そんなことはおくびに出さずほとんど反射で黒髪を撫でてやる。


「思うよ。どうしたんだい?」


「ママ……あたしの本当のお母さんもそう言ってたの……でも、お義母様が来てからずっと、王女らしくしなさい、あなたは他の女の子と違うんだからって……ずっとずっと、自由を奪われて……ママと同じことを言ってくれたの、王子様が初めてよ……」


「それは辛かったね。これからは私が君を守ってあげる。勉強も公務も何もしなくていい、私の側で優しく微笑んでいてくれさえすればいいんだよ。それだけで私も国民も癒されるのだから。王妃とは本来そういうものだよ」


ユーフォルビアは感極まったのか未成熟な体で抱きついてきた。


「ああっ王子様! 待っていて良かった! 正に女の子の理想の人だわ! あたしとっても幸せ。夢のよう」


「昨日からそればかりだね。さあもうお休み、姫。起きても何も消えていなければ、夢ではないと信じてくれるかい?」


「いや、まだ寝たくないわ」

「聞き分けのないお姫様だ」

「お義母様に何度も言われて凄く嫌いになった言葉だけど、あなたに言われるのは嫌じゃないわ」

「これからだって、何度も聞くことになるよ」

「あんっ♡」



王子と姫の甘い夜は容赦なく更けていくのであった。

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