第59話 真奈美③

「それで、あの子が高3になった時、ある大学から推薦入学の話が来たんです。」


 ここから遠く離れた、九州のとある体育大学。まるで、日本のはじからはじまで移動するような感覚だ。


「あれがそのまま大学で剣道を続けても、剣道への執着が増していくだけだ。仮に大学で剣道のいい成績を残せたとしても、卒業してしまえばたいがいはただの人だ。剣道で食っていくのは難しいし、そうなれば、偏った一人の社会不適合者が世の中に出ていくだけになってしまう。」



 うーむ、お父さんの言い分もやや極端ではあるが、分かるような気もしないでもない。


「だから、学校の顧問の先生も巻き込んで、あれには推薦の話は教えずに、強引にコネを使って地元の会社に押し込んだ。少しでもまともになるまでは、親のもとに置いておかなければと思ったんだが。」


「あの子、高校までは制服と道着以外の私服持ってなかったんですよ? そんな娘を、親元から遠くに離したらいったいどうなる事かと心配で心配で……」


 それはさすがに、お母さんの心配も理解できるな。


「だが、高校卒業のときにあれ真奈美そのこと勝手に推薦を断ったがばれてしまってな。もう大喧嘩だ。それっきり、謎の行動力を発揮してアパートを借りて家を出て行ってしまった。まさか、世間知らずのあれにそんなことが出来るとは思ってもみなかった。驚くやら、関心するやら……」


「あの子は家を出て行ってしまったけど、それでも、市内にはいるし、生活のためには働かなくちゃいけないから、あの子が竹刀を置いて仕事に通っていると聞いて、それなりに安心はしていたんです。まともな感覚が身についてきたんだろうって。」


 なるほど。マナミサンと親御さんの確執とやらがようやくわかったぞ。親御さんからすれば子供の事を心配して良かれと思ってしたことで、決してすべてが間違いではないと思うが、マナミサンからしてみたら、将来の夢や自分の生き甲斐みたいなものを理不尽に親に奪われたんだと思ってしまうだろう。親子って難しいな。


「で、そんな社会常識のないあれ真奈美も、職場で面倒を見てくれて、気にかけてくれるような先輩に巡り合ったと聞いて、胸のつかえが降りた気分になった。そんなとき、会社を辞めたと聞いて驚いたが、転がり込んだ先があなたのところというのであれば納得だ。あんな世間知らずの娘だが、どうか面倒を見てやって欲しい」


「わたしからもお願いいたしますわ。きっと、あの子は剣道を離れたところで、剣道と関係のない所で一人の人間として認められたのがうれしかったのでしょう。そして、認めてくれたあなたに惹かれたのも自然な流れだったのでしょう。佳樹さんにしてはご迷惑かもしれませんけど、どうか面倒を見てやってくださいまし」


「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


 こうして、マナミサンのご家族には無事に挨拶することが出来たのである。

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