第58話 真奈美②

 中学の時、個人戦で全国優勝していた真奈美は、高1の時の全国大会で中学の時の準優勝の子に負けた。


 真奈美は、泣かなかった。

 

 泣かずに、家に戻ってきた真奈美は――、


 ただ、竹刀を振っていた。


「道場と家の往復だけで、風呂と食事と、睡眠以外はいつもそこで素振りをしていたわ」


 お母さんが指さす庭先を見ると、その部分だけ雑草も生えず、土がむき出しになっている場所がある。


「台風の時も、吹雪の時も。裸足で道着を着て竹刀を振るあれ真奈美は鬼気せまっていてな。何度もやめるように声をかけた。時には怒鳴り付けもした――。その時、あれは何て言ったと思う?—――ごめんなさい、だ。次は負けない。負けてごめんなさい。その言葉を繰り返すあれに、もうわしらは何も言えなくなってしまった」


 その時、奥の戸を開けて青年が入ってきた。年のころは20台半ば。顔立ちがご両親によく似ている。真奈美の兄だろう。


「すみません、お話し中お邪魔します。真奈美の兄、真尋まひろといいます。あなたが、真奈美の彼氏さんですね。」


「はい、お初にお目にかかります。武田佳樹と申します。」


「真奈美がお世話になっております。—―真奈美は、私のことを毛嫌いしていませんでしたか?」


「いや、そのようなことは――、ただ、疎遠だとは。」


「そうですか。父と母から聞いたと思いますが、真奈美は高校時代、剣に狂ってしまいまして。そのとき、まだ若造だった――いや、今でも若造ですが、私は真奈美にどう接すればいいのかわからずに、距離を置いてしまったのです。」


「そうだったんですね」


「その結果、今でも、顔を合わせてもろくに会話もできません。私も妻をもらい、もうそろそろ子どもが生まれます。できれば、真奈美にも祝福してほしくて。兄が、仲直りしたいと話していたと、何かの折にでも伝えてはいただけませんか?」


「はい。必ず」


「ありがとうございます。では、これから妻の検診がありますので、失礼いたします。どうか、ごゆっくり」


 奥の扉の陰で、おなかの大きくなった女性がこちらに会釈をしてくれている。オレも反射的に頭を下げる。


「まあ、というわけで、あれ真奈美はそのまま1年、2年と経って、高3になっても様子は変わらんかった。どこかで全国優勝でもできていれば、また違ったのかもしれないが、そうなればそうなったでどこまでも突き進んでしまっていただろうな」


「それで、あの子が高3になった時、ある大学から推薦入学の話が来たんです。」




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