第57話 真奈美①

 その日、オレはあるところを訪ねていた。


 マナミサンと美剣には、適当に行先をごまかしている。


「お初にお目にかかります。真奈美さんと交際させていただいております、武田佳樹と申します。この度は、突然訪れてしまって申し訳ありません。」


 マナミサンには内緒で、マナミサンの実家を訪れていた。


「本来なら、真奈美さんと一緒にご挨拶に上がるべきと思いますが、今日は思うところもあってまずは一人で訪ねさせていただきました」


 目の前には和風の座敷テーブルを挟んでマナミサンのお父さん。お茶を入れてくれたお母さんがそのわきに座る。


「これ、つまらないものですが」


 この前探索者支援センターの売店から一つ余計に買っておいたダンジョン饅頭を手渡す。


「まあ、ご丁寧に、すみません――。あの子は、ご迷惑をおかけしていませんか?」


 優しそうなお母さんの声。


「いえ、私の方が世話になっています。見た通り、私は真奈美さんよりも大分年上なのですが、ふがいないことに、真奈美さんには助けられてばっかりです」


「まあ、ほんとうにそうならいいのですが……」


 そこで、お父さんも口を開く。


「まあ、あなたが一人で来られた理由は想像はつく。あれ真奈美は、この家に寄り付きたくなかったんだろうさ。そうだろう?」


「いえ、本人が来たくないといったわけではないのですが、やはり、雰囲気というかが、そんな感じでしたので……。まずは自分一人でと」


「そうか。迷惑をかけるな」


「いえ」


あれ真奈美はな、」


 お父さんが語り出す。


「小さい頃から中学、高校と剣道にばかり集中して、他に目を向けることをしなかった。いや、できなかった。あのままでは、人間として不完全なまま大人になってしまう。実際、そうなってしまったがな」


「私たちも悪かったんです。こんな田舎で、剣の神童とか周りからもてはやされて、私たちもあの子もすっかり舞い上がってしまったんです。あの子が勝つたびに盛り上がって、そして、負けた時は――叱責して……。まるで、剣道で勝つことだけが、あの子のただ一つの価値であり、あの子の使命みたいに感じてしまっていたのでしょう……。」


「ああ、その結果、わしたちが気づいた時には、あれ真奈美は年頃の女の子が好むようなおしゃれな服にも、テレビに映るアイドルも興味を示さず、ただ、竹刀のみを握りしめる子になってしまった。」


 異変に気付いたのは、高1の夏。


 中学の時、個人戦で全国優勝していた真奈美は、高1の時の全国大会で中学の時の準優勝の子に敗北を喫した。

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