人による人のための人の物語【聖剣】

カタルカナ

第1話 天使

「おまえ……天使か?」



 真っ白に続く廊下。名札の貼られた部屋が淡々と並んでいて独特な匂いが漂う。



 ここは病院のようだ。その空間に人は一人。小さな男の子がこちらを見ていた。



「天使? 何の話だ」



 そう尋ねると、その男の子は睨みを利かせた。だが、見てくれ通りのそれではなかった。足は動かなくなり呼吸が薄くなる本物の殺意だ。月明かりに影が近づいて来る。



 近寄ってきた男の子の足が止まる。驚いていた。



「……”おまえたち”は何?」



 そう言われ自分の姿を確認した。窓ガラスには一人だけ。クリスの姿が映っていた。



 俺はクリスの中に居るらしい。体は一応動かせるようだがしっくりは来ない。自分の肉体ではないから所々寸法が合わないようだ。これではまともに身体が動かせそうにない。アルコール中毒者の手が震える時の気持ちが分かるようだ。もどかしい。



「うわっ、オレの身体が勝手に」



『俺が動かしたんだ』



「雪兎か? どこに居る」



『多分お前の目の中だ。ぶっ飛ぶ直前に俺の情報がこの真っ黒な球に転写されたらしい』



「特異点の制御に人の回路を再現するだけじゃ物足りなかったか」



『安定するために人自体が欲しかったんだろう。ていうかコイツのせいで樹が暴走したんだけど? 神に見られているのかってくらいの莫大な情報量だった。多分あっちの奴ら樹の成長に巻き込まれて皆んな死んだぞ?』



 クリスは鼻を高くする。



「それは大丈夫。お前が何とかするだろ?」



『いや、あの状態からだろ……延命くらいしか出来ないんじゃないか?』



「延命ができるなら、十分だ」



『諸悪の根源のくせに……今の俺たちの状況もお前のせいだぞ。ていうかここどこだ?』



「そういえばオレ、ぶっ飛ぶ直前まで雪兎と話してたが……?」



『見てたよ。でもまあ、俺は俺だ。お前と話しているこの俺は加々見雪兎でしかない。今の俺に重さは無さそうだが居ることは出来ているようだし同じとか違うとか細かい事はどうでもいい。てかなっちまったもんはしょうがねぇ。在るがままに行こう』



「あっさりしてんな」



『とんでもねぇ事をしでかしたくせに気遣いをしようとするくらいはあるんだな』



 ――そっちの話しも終わった?



 男の子は年相応の様子で可愛らしく言う。目は据わっていた。



 月光に影。物体は無いのに十字の影が床に落ちている。その影の上に小さな手の影を翳し、叫んだ。



 ――来い!



 その声は全く響かない。ヌッと影から十字架が生え、男の子は十字架を掴む。



 掴んだ場所から赤いラインが伸び、黒より黒かった十字架は白く変わる。



 聖なる剣が、俺たちに向けられた。



『アレは……ヤバいな。避けろクリス』



「形的に受け止められそうだが?」



『避けてみろ。そうすりゃ分かる。右に飛べ!』



 横薙ぎ一閃。ガラスが一直線に剣の幅だけ抉れていた。そして崩れる前に黒い影が奔り何事も無かったかのように元通りとなる。切られてもヤバいが囲まれてもいるようだ。だが、あの剣以外での攻撃は無いらしい。クリスが興奮した声を上げた。



「動きが見えなかった。目にも留まらぬ速さとは! 受け止められないな」



『見えなかったのか? 受け止めてもあの剣に触れたらその部分が消滅するぞ』



「そうなってんの? てか何でそんな一瞬のことが見えてるんだ」



『さぁ? この目の影響か色々見える気がする。色々できそ……走って逃げろ!』



 クリスは俺の咄嗟の声で走った。すると先程居た場所に紙一重で剣が突き立てられる。速さは弾丸だが動きも弾丸のように直線的。線を外せば凡人の動きでも避けられる。



『回れ右!』



 回転の動きで半身になったすぐ横を剣が通り過ぎる。



 まあ、幾ら避けれると言ってもクリスにも呼吸がある訳で、どうしようもなくリズムがある。



『息止めて!』



 呼吸が乱れてバランスを崩し足が上がって剣を飛び越える。



 更にはどうしようもなく肉体があってどうあがいても限界はある。そして逃げ場は次第に無くなっていく。



『全力で走れ!』



 必死に腕を引くが乱れた呼吸では長く走れない。すぐに体力は尽きる。



 ――上出来。



『上出来?』



 クリスは思い切り転んだ。頭から地面に伏す。俺はよく見た。見えた。避けられる。



『避けられる?』



 全てはこの身体の思うまま。言葉も行動も直感のまま。



 全て確信している。 



 体は地面へと真っ直ぐに向かうとすり抜けた。弧を描いて振り下ろされた剣は背中のスレスレを過ぎ、床もとい天井だけをくり抜いた。



 ドサッと床に落ちた。もう体力は残っていない。だがもう十分だ。



 ――多分、何とかなる。



「スゥゥハァァ……おうぇ」



『おつかれ』



 音もなく天井は巨大な十字に抜かれた。そして収縮した剣を握り、その穴を男の子は通り抜けて来て……



 ――ウィィィン



 近くの扉が開きナースらしき足が現れた。



 ――キィィィン



 ナースは腕を掲げ、その腕は光を放つ。



 始めて爆音が鳴り、付近全てが消滅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る