ドラマチック・間接キス


美桜学園―—グラウンド





「ふぅ、休憩だー」


気づけば、もうお昼時。いつの間にか十二時を越えていた所で、一旦お昼やすみということに。


お昼は陸上部の部費から、サービスとしてお弁当を頂ける事になった。


しかもこれが、中々豪勢。頑張った甲斐があったというものである。


「いやぁー凄い豪華だね、こんなの毎日食べてるの?」


あまりの太っ腹ぶりに、思わず藍に問いかける。


「そんなわけないでしょー! 今日は支援部の人来るからって、特別らしいよ! 要するにささやかなお礼というか、見栄というか」


「だ、だよね……流石に、こんなの毎日食べてたら部費が……というか、体重が……」


思わず、弁当のおかずに目を向ける。


主食の冷やしうどんに海老天、かき揚げと、なす、かぼちゃの天ぷら、さらにいなりずしが二つ……と、中々ボリュームのあるラインナップ。


まあ、こってりとしたハンバーグ弁当とかじゃなかっただけ、救いかもしれない。


こんな暑い中、そんな弁当出されたら悪意しか感じない……。


「そういえば、午後もこのまま、変わらない流れなのかな?」


「そうだねー。もう大会近いし、各自で調整がメインかなぁ。やりすぎて怪我したら笑えないし」


「さっき種目見てきたけど……五人ぐらいでやる一年のリレーがあるんだって?」


「あー……あるよ、私の苦手なリレー……あれってバトン渡しとか、地味に息が合ってないとタイム遅くなるから。意外と難しいんだよね」


突然意気消沈し始めた藍。この様子からみて、あまり得意ではないのだろう。


「ちなみにこのリレー、一人でも怪我したら参加できないからね……部員の関係上。怪我したら、どれほど怒られるか」


「確かに、一年の部員って五人しかいないもんね。これ、意外と少ないのかな?」


「今年は、野球部に人取られちゃったらしくて。何だっけ、アニメの影響がどうとか……? 三橋ってキャラクターが……って皆言ってたらしいよ?」


「み、三橋!? そ、それって……」


完全におお○りじゃん……! てか、ちょっと古くない? 確かにドラマチックは名曲だけども? 何より、お○振りに憧れてって事は、皆腐女子なんじゃ……?


「腐女子ばかりの野球部……時代だねぇ……」


「ん? 婦女子?」


「い、いや! 何でもない!」


ポカンとした様子の藍に、思わず誤魔化そうと試みる私。


まあ普通の人じゃ、そう捉えるよね。


「ま、まあ! そんな事はさておき! 腹ごしらえも済んだ事だし、如月先輩の所に行ってみるかなー!」


半ば強引に逃げるよう話をまとめて、私はこの場を後にした。


あまり追及されると、中々ややこしいからね……。


「さーて先輩は……と」


頂いたスポーツドリンクのペットボトル片手に、私はふらふらと、あてなく歩いていた。


一体どこに行ったあの人は……と思いきや、案外簡単に見つかった。


木陰で一人、読書をしているようだ。


「如月先輩……こんな外で読書ですか」


知的キャラ作りも甚だしいよちくしょう! どこの乙女ゲーヒロインだ!


「ん? 何だ七瀬。もう昼は済ませたのか?」


私が来たからか、読んでいた本を閉じ、そう問いかけてきた。


「あ、おいしくいただきました……って、それはどうでも良いんですよ! 何でこんな所で読書なんてしてるんですか!」


「ちょうど今、読み進めている本があってね。どうしても続きが気になったから持ってきたんだ」


「へぇ……ちなみにどんな本ですか?」


「春風ドリップっていう、喫茶店を舞台にした現代ドラマだよ」


「はぁ。喫茶店、ですか」


「ああ、店長代理として働く主人公春風と、常連客や他のバイトとの掛け合いがメインでね、これがまた癖になる」


「特に、ヤンキーのバイトが客を背負い投げしたところは、スカッとしたよ」


「いやいや、普通に事件ですよそれ」


あまりに突拍子もない展開に、思わずツッコミを入れる。


「ふ、あくまで小説のお話だ。現実的かどうかなんて問題ではない。七瀬は、本読まないのか?」


微笑を浮かべながらそう如月先輩が呟く。本……本なぁ……。


「いやぁ、本はあんまり読まないですね……。私、活字がダメでして」


如月先輩の微笑とは反対に、軽く苦笑いを浮かべながらそう答える。


「なるほど、伊達に補習を受けてはいない……という事かな」


「嫌味ですか、そうなんですね? 頭が良ければ良いってもんじゃないんですよ! 偉い人にはそれがわからんのです」


「しかし、頭が良くなければ進級できないのもまた事実、だろう?」


「やめてください、私に現実を突き付けないでください……」


もう現実を突きつけられるのは、こりごりなんだってばよ……。


「さて、会話をしたから喉が渇いた。何か買ってきてくれないか」


「さりげなく人をパシリに使おうとしないでください。行くの面倒なんで、これでよければ飲んで良いですよ」


そう言って、持っていた飲みかけのスポーツドリンクを手渡す私。


「ん…? 良いのか?」


「別に良いですよ? もう冷たくないから美味しくないかもですが」


「そうか、なら遠慮なくもらうとしよう」


そう言い、私からスポーツドリンクを受け取ると、二口ほど飲み、こちらに返してきた。


「ありがとう、これで午後も頑張れそうだ」


何やら含みのあるような笑顔をこちらに向け、どこか満足そうな如月先輩だった。


「こんな、ぬるいスポーツドリンクに、元気が出る要素ないと思いますけど……」


少々疑問に思いつつも、まあ元気が出たなら別に良いかとの結論に至った私。


結局その休憩時間は、如月先輩と談笑をして過ごしたのだった。

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