一章 華仙女は花を詠み、花で祓う②
二百年の歴史を持つ髙の中心、それが集陽である。
秀礼らに連れられて集陽に入った紅姸は、
(この人たちはわたしをどうするつもりなのだろう。わたしはいつ殺されるのだろう)
連れ出された時から、いつ殺されるのかと
そこで柔和な顔をした男が紅姸に声をかけた。
「いまは
集陽に向かう間も、たびたび彼は紅姸に声をかけていた。彼の名が
「疫病……」
「この集陽はいくつもの問題を
清益の口調は
秀礼も構わず歩を進めていた。集陽の
一行は集陽の中心へと向かった。そこは外の壁よりも随分と高く、
「これから髙の
「……そのようなところにわたしが立ち入ってよいのでしょうか」
「我々が連れてきたのですから構いませんよ。そのように緊張する必要もありません」
紅姸が警戒していることに清益も気づいているのだろう。しかし緊張を緩めることはできなかった。視界の端にいる秀礼が気になっていたからだ。彼は衛士らと話している。
宮城の門が開いた。衛士らは道を開け、
二重
「よし……ここでいい」
玉石の
残されたのは紅姸の他、秀礼と清益である。
「さて、華仙紅姸とやら」
秀礼が切り出した。
「いま通ったのは外廷だ。
「……はい」
「お前は華仙術師と言っていたな。もしも
秀礼は
そうして一歩。境界線のようにそびえ立つ
ぞわりと
(血のにおい。そして重たくのし
この感覚は知っている。紅姸は周囲を見回した。
内廷と外廷を
すると、そこから黒の
「
紅姸は
鬼霊とは、死者の
恨みに
不自然に身を揺らして、鬼霊がこちらに向かってくる。
「
秀礼が言った。鬼霊が現れたことは秀礼や清益も気づいている。だが二人は紅姸より離れた位置に立ち、動こうとはしていない。
「紅姸よ。お前が真に華仙術師であるのなら、この鬼霊を
宦官の鬼霊は紅姸を
(
華仙術を使えば、
だが、
(秀礼も清益もこちらを見ている。それにここは宮城。帝のお
華仙術を人前で使ってはならない。紅姸が華仙術を使うたび
鬼霊が間近に
(仙術師は
華仙術を使うことはできなかった。紅姸は
そこで、誰かのため息が
「華仙術師とは……期待外れか」
秀礼だ。
「紅姸。祓えぬのなら下がれ」
秀礼は紅姸と鬼霊の間に割りこむと、
「そこで見ていろ」
その言を合図に秀礼が駆けた。鋭い眼光は鬼霊に向けられている。鬼霊も秀礼に気づくなり、
秀礼は正面から、鬼霊に向かった。待ち構える鬼霊に対し、
ついに間近まで
ここまであっという間の出来事であった。背後を取った秀礼は、鬼霊の首に刀を
「鬼霊め、消えるがよい」
その言葉と同時に、金の刀は役目を終えた。
首を斬られた鬼霊がその場に
空に向けて
(なんて
鬼霊の体が完全に溶けると、後を追うようにして紅の花びらも消えた。秀礼が持つ金の刀には
「華仙紅姸。この程度の鬼霊も祓えぬとは──」
「あなたは、ひどすぎる!」
期待外れだ、と
「
「私のやり方に文句をつけるのか」
「あれでは二度殺すようなもの。死んでもなお殺される。あのような苦しみを与えるなんて惨すぎる」
秀礼は不快感を
「あなたは鬼霊を無視している。本当の『祓い』とは鬼霊の心に寄り添うこと」
「お前ならば鬼霊の心に寄り添えると言うのか?」
「……あなたよりは」
かすかではあるが鬼霊の気が残っている。もう一人、鬼霊が
もう紅姸は
紅姸は鬼霊が現れた連翹に向かった。山ではまだ咲かない連翹も平地であるこの場所ならば満開である。
低い位置に咲いていた連翹の花を一輪
「花を摘んでどうする。鬼霊に
「華仙術とは花が詠み上げる声を聞き、花で魂を渡すもの。これから、華仙術の花詠みを行います。花詠みを使えば、過去にこの場所で何があったのか、この花が詠み上げる声を聞くことができるので」
手中に連翹の花を収めて、花を
気を静めて手中に意識を向ける。自らの意識を溶かし、花に混ざっていかなければならない。まるで花に落ちた
(あなたが
花に語りかける。草花は季節の移ろいに流されながら、人の世を視ている。咲いている時も咲かぬ時も人に寄り添って生きているのだ。そして草花は
紅姸が使う『花詠み』とは、過去の記憶を詠み上げる花の声を読み取ること。花と同一になれば、過去の景色をも視ることができる。
花と心を一体化させ、目的の記憶を探す。
● ● ●
先ほどと同じ場所だが、秀礼らの姿はなく、紅姸の体も消えていた。これは紅姸の意識と同化した花が記憶を詠み上げているのだ。
そこへ一人の愛らしい顔の宮女が泣きながら走ってきた。連翹の前に
『これだけは
宮女は指が土で汚れるのも
それが終わる
『あなたを置いて逃げたって』
宮女の悲痛な声。二人の表情が沈んでいることも、
連翹の視界から二人は去り、まもなくして
宮女の悲鳴が、聞こえた。
● ● ●
そこで花詠みは終わった。紅姸がゆっくりと
手中にあった連翹の小さな花は
「なぜ土を
「あなたが
「まだ鬼霊がいる……だと? 私は何も感じないが」
「鬼霊が隠れているためです。わたしもこの鬼霊の気をわずかにしか感じ取れません」
秀礼は
ついに紅姸の指に何かが
その鬼霊は、花の記憶と変わらぬ姿をした宮女だ。鬼霊特有の黒の
宮女の鬼霊はこちらに
新たな鬼霊が現れたことで秀礼は
「本当に現れるとは……私でも気づかなかったというのに」
「大切なものを守るために現れたのでしょう」
「なぜ、そう言い切れる」
「花詠みで、この連翹が持つ記憶を詠みました」
これを、秀礼は
「何を言う。ただの花だろう」
「花はここで起きたものを見ています。あの宮女の鬼霊は木の下に隠した大切なものを守ろうとしていたことを、花は見ていました。そして宦官の鬼霊は、この宮女を守ろうとしていた。これは推測ですが、二人は
紅姸が言い終えるなり、秀礼は
(鬼霊は、かなしい)
あの簪は贈られたものだったのだろうか。それを
「それでこの鬼霊をどうするつもりだ? 私のやり方を惨いと言ったのだから、祓えず終わりは許さないぞ」
「
「花渡し? それも華仙術か?」
「花渡しとは、花を使って鬼霊を
紅姸はもう一度、連翹を摘んだ。左手に簪、右手に花を
花
(わたしはあなたを浄土に送りたい)
悲しみも苦しみも、引きずる必要はない。鬼霊として
この宮女が浄土に渡らず留まったのは簪を残すことへの未練だ。宮女が留まったことで宦官もここに留まり、二人は鬼霊となっていた。
(あなたが浄土に渡れば、浄土に渡れず消えた宦官の鬼霊も喜ぶはず。鬼霊になってでもあなたを守ろうとしていた人だから)
語りかけると鬼霊の心が
宮女の鬼霊と簪は光の粒になって、紅姸の手中にある連翹に吸いこまれていった。
「花と共に、渡れ」
その言葉と共に花を高く
すべてが消えるのを見届け、紅姸は短く息を
「これが華仙術か?」
「はい。花詠みは花が持つ
「鬼霊の気は確かに消えた……ふむ」
そこで紅姸は気づいた。鬼霊を祓おうと夢中になり、秀礼らの前で華仙術を使ってしまったのだ。
(今度こそ殺される。
秀礼の
「気に入った。外れを引いたかと思っていたが、これは大当たりじゃないか」
「一時はどうなるかと思いましたが。ようやく見つけましたね」
「これなら期待できる。よし、
期待、と聞こえた気がした。耳を疑うような単語だ。殺されると構えていただけに、紅姸は
(どういうことだろう。あの人たちはわたしを殺すために集陽に連れてきたのでは……)
秀礼は先を歩いていくが、紅姸はまだ立ち
「紅姸、あなたは認められました。これより第四皇子の住まわれる審礼宮に参ります」
「第四皇子……?」
「おや。話していませんでしたか。先ほどあなたが食ってかかった方こそ第四皇子ですよ」
「あの方こそ、髙の第四皇子、
皇子。つまり、
先ほど彼に放った言葉が
(わたしは、やはり殺されるのかもしれない)
胸中を不安が
鬼霊
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