一章 華仙女は花を詠み、花で祓う②

 二百年の歴史を持つ髙の中心、それが集陽である。しんりやく者になやまされた過去を持つため、外敵をさまたげるしようへきで都を囲んでいる。門をけて内部に入れば、民居が隙間なく建てられ、通りにはてんが並び、多くの人が行きっていた。華仙の里どころではない。麓の村を百近く集めてへいに囲えばこうなるであろうか。

 秀礼らに連れられて集陽に入った紅姸は、ぜんとしていた。華やいだ集陽は初めて見るものが多い。だが、紅姸が足を止めることはなかった。それは五日も続くけいかいしんのためだ。

(この人たちはわたしをどうするつもりなのだろう。わたしはいつ殺されるのだろう)

 連れ出された時から、いつ殺されるのかとかくしていた。だが彼らは何も言わず、紅姸を連れて歩いて行く。集陽までは五日間のきよを、常に死の覚悟をしていたのだ。

 そこで柔和な顔をした男が紅姸に声をかけた。

「いまはえきびよう流行はやっていますから、このまま宮城に向かいます」

 集陽に向かう間も、たびたび彼は紅姸に声をかけていた。彼の名がしんえきということもここへ来る道中で聞いている。

「疫病……」

「この集陽はいくつもの問題をかかえています。その一つが疫病ですよ」

 清益の口調はおだやかなものだ。疫病のことは気になったが、彼らに対する不信感がまさり、それ以上は聞けなかった。

 秀礼も構わず歩を進めていた。集陽のたみは彼らに気づくとはしけて道をゆずる。武官らの列に交ざった紅姸は、連行されていくなる者として民の目に映ったことだろう。

 一行は集陽の中心へと向かった。そこは外の壁よりも随分と高く、けんろうな二重塀がある。中をつなぐ門の前には大勢のめ、集陽の町並みにはなかったきんちようが感じられる。

「これから髙のみかどがおわす宮城に入ります」

「……そのようなところにわたしが立ち入ってよいのでしょうか」

「我々が連れてきたのですから構いませんよ。そのように緊張する必要もありません」

 紅姸が警戒していることに清益も気づいているのだろう。しかし緊張を緩めることはできなかった。視界の端にいる秀礼が気になっていたからだ。彼は衛士らと話している。

 宮城の門が開いた。衛士らは道を開け、きようしゆする。衛士らの前を秀礼は悠然と通り、彼の後に続いて紅姸も宮城に入った。

 二重かべの向こうは集陽の町とは異なり、おごそかな空気が流れていた。青い空に目立つがわらやその端で存在感を放つむねかざり。さらさらと流れる水路にけた橋には玉石が用いられている。水路にかかるよう植えられた高木や低木はえよくせんていされ、人の手が行き届いていることを実感した。

「よし……ここでいい」

 玉石のきざはしを上り、しゆられた門の前で秀礼が言った。この言葉を合図に供をしていた武官がさっと動いた。武官たちは、両手を胸の前で組んで頭を下げている。ゆうれいしているのだ。終えると彼らはそれぞれはなれていく。

 残されたのは紅姸の他、秀礼と清益である。

「さて、華仙紅姸とやら」

 秀礼が切り出した。

「いま通ったのは外廷だ。しつせいの場であり、髙を動かす場所──だがお前の行く先はちがう。この門を抜けた先にあるないてい、帝の居住地だ」

「……はい」

「お前は華仙術師と言っていたな。もしもにせものであれば……覚悟せよ」

 秀礼はあつ的な言葉と共に、いた金刀にれていた。いつでもり捨てると示しているのだろう。紅姸は再び深くうなずいた。

 そうして一歩。境界線のようにそびえ立つしゆりの門をえた──そのしゆんかん

 ぞわりとはだあわった。み出した足先から、ねばついたものがからまってくるように感じる。空気は重苦しく、息を吸いこむも頭がくらくらとれた。

(血のにおい。そして重たくのしかるようなこの気配は……)

 この感覚は知っている。紅姸は周囲を見回した。

 内廷と外廷をへだてる塀沿いに緑地がある。そこにいくつものれんぎようが植えられ、小さな黄色い花がひしめきあっていていた。紅姸は連翹を睨みつける。

 すると、そこから黒のかおぎぬをつけた者が現れた。ぼくとううすねずほうを着ている。格好からして宮勤めをしていた男だろう。土気色の肌をして、その手はべにつやめく刀をにぎっている。全身の力を欠いたように、ゆらりと歩を進める。その姿に生を感じることはなかった。

りよう……!」

 紅姸はさけんだ。

 鬼霊とは、死者のたましいだ。本来、死者の魂はじようわたるが、不本意な死をむかえた者や生へのしゆうちやくが強い魂は浄土に渡れず、現世に残ることがある。鬼霊はだれでもにんできるが、肉体はとうに失われているので実体はない。生のかがやきを欠いているため思考はおとろえ、うらみや悲しみに支配されていた。

 恨みにられた鬼霊は生者にやいばを向け、時に命を奪うこともあった。それでもかつぼうはつきずに彷徨さまよい続ける。鬼霊にあらがすべを持たない生者にとって恐ろしい存在といえよう。

 不自然に身を揺らして、鬼霊がこちらに向かってくる。

かんがんの鬼霊か。良い時に現れてくれたものだ」

 秀礼が言った。鬼霊が現れたことは秀礼や清益も気づいている。だが二人は紅姸より離れた位置に立ち、動こうとはしていない。

「紅姸よ。お前が真に華仙術師であるのなら、この鬼霊をはらえるだろう?」

 宦官の鬼霊は紅姸をねらい、ゆっくりと距離を詰める。

可哀かわいそうに。この鬼霊は現世を彷徨って苦しんでいる。祓ってあげたい。けれど──)

 華仙術を使えば、あわれな鬼霊を祓うことができる。紅姸が持つ花あざは、ゆうしゆうな華仙術師のあかしであり、紅姸は華仙術の才を持っていた。

 だが、躊躇ためらった。

(秀礼も清益もこちらを見ている。それにここは宮城。帝のおひざもとで華仙術を使うなんて……わたしが本当に華仙術師なのか試してから、殺そうとしているのかもしれない)

 華仙術を人前で使ってはならない。紅姸が華仙術を使うたびおさばあばつあたえられた、その出来事がのうをよぎる。だから、一族はもちろん、仙術をきらう髙の人々にも見せては殺されるのだといましめていた。

 鬼霊が間近にせまる。秀礼らが紅姸に注視していることが、紅姸の行動をしばり付けていた。

(仙術師ははくがいされる。うとまれる。しいたげられる……)

 華仙術を使うことはできなかった。紅姸はあと退ずさりし、鬼霊から距離を取る。

 そこで、誰かのため息がに触れた。

「華仙術師とは……期待外れか」

 秀礼だ。あきれたようにつぶやいている。

「紅姸。祓えぬのなら下がれ」

 秀礼は紅姸と鬼霊の間に割りこむと、こしに佩いたけんさやから引き抜く。金に輝く刀だ。武官が持っていた刀に比べればするどさは感じないものの、金の刀身にはすいぎよくや紅玉といったそうしよくめ込まれ、その華やかさに目を奪われる。触れていないのに、なぜかその刀が重たいもののように思えてしまった。

「そこで見ていろ」

 その言を合図に秀礼が駆けた。鋭い眼光は鬼霊に向けられている。鬼霊も秀礼に気づくなり、もんに満ちたうめき声をあげて、刀をり上げた。

 秀礼は正面から、鬼霊に向かった。待ち構える鬼霊に対し、あせりは感じられない。

 ついに間近まできよを詰めると鬼霊が刀を振り下ろした。しかし秀礼の身のこなしはばやく、くるりと身をひるがえしてそれをかわし、鬼霊の背後に回り込む。

 ここまであっという間の出来事であった。背後を取った秀礼は、鬼霊の首に刀をえる。

「鬼霊め、消えるがよい」

 その言葉と同時に、金の刀は役目を終えた。

 首を斬られた鬼霊がその場にくずれていく。斬られた首からごぼごぼと水のあふれるような音がし、土気色の手は何度もくうつかもうとする。まるで苦しみの中におぼれていくかのように。もがく鬼霊をわらうようにせた紅の花びらがった。鬼霊は死者であり、血を欠いている。そのため血の代わりのように、斬られた首から花びらが舞う。溢れ舞う紅の花びらは鬼霊に降り積もっていく。これが生者ならば血の海にしずむようなものか。

 空に向けてせいいつぱいばした鬼霊の手がふるえていた。その先には連翹がある。悲鳴のような水音が小さくなっていく。花びらに埋もれた鬼霊の体がけているのだ。身を溶かす紅の花びらは鬼霊の体や顔をおおかくし、それでも鬼霊はすがるように手を伸ばしていた。救いを求めるかのような動きは痛ましく、紅姸の胸がしめつけられる。

(なんてむごい……まるで鬼霊が泣いている……)

 鬼霊の体が完全に溶けると、後を追うようにして紅の花びらも消えた。秀礼が持つ金の刀にはよごれひとつ残っていない。鬼霊が消えたことを確かめた後、秀礼は刀を鞘にもどした。そして紅姸のもとへ寄る。

「華仙紅姸。この程度の鬼霊も祓えぬとは──」

「あなたは、ひどすぎる!」

 期待外れだ、とつむごうとしていたのだろう。だが紅姸はそれをさえぎった。憐れな鬼霊のさいに、胸が痛む。鬼霊の思いを理解せず、あのように苦しませてしようめつさせた者に、どうしても伝えたかったのだ。

たたき斬って祓うなんて、あれでは『祓い』と呼べません。浄土に辿たどり着けず、再び鬼霊となるかもしれないのに」

「私のやり方に文句をつけるのか」

「あれでは二度殺すようなもの。死んでもなお殺される。あのような苦しみを与えるなんて惨すぎる」

 秀礼は不快感をあらわにし、紅姸をにらみつけた。だが紅姸も負けじと睨み返す。

「あなたは鬼霊を無視している。本当の『祓い』とは鬼霊の心に寄り添うこと」

「お前ならば鬼霊の心に寄り添えると言うのか?」

「……あなたよりは」

 かすかではあるが鬼霊の気が残っている。もう一人、鬼霊がひそんでいるはずだ。

 もう紅姸はおそれていなかった。華仙術を人前で使うことよりも鬼霊を助けたい気持ちがまさり、早く祓わなければと気持ちがく。

 紅姸は鬼霊が現れた連翹に向かった。山ではまだ咲かない連翹も平地であるこの場所ならば満開である。

 低い位置に咲いていた連翹の花を一輪み取る。小さな花だがじゅうぶんだ。

「花を摘んでどうする。鬼霊にけるつもりか?」

「華仙術とは花が詠み上げる声を聞き、花で魂を渡すもの。これから、華仙術の花詠みを行います。花詠みを使えば、過去にこの場所で何があったのか、この花が詠み上げる声を聞くことができるので」

 手中に連翹の花を収めて、花をつぶさぬようやわらかく握る。それからひとみを閉じた。

 気を静めて手中に意識を向ける。自らの意識を溶かし、花に混ざっていかなければならない。まるで花に落ちたいつてきあまつぶが、花弁の上で陽光に照らされて身を消していくかのように、するりと花の中に溶けていく。

(あなたがてきたものを、教えてほしい)

 花に語りかける。草花は季節の移ろいに流されながら、人の世を視ている。咲いている時も咲かぬ時も人に寄り添って生きているのだ。そして草花はおくしている。

 紅姸が使う『花詠み』とは、過去の記憶を詠み上げる花の声を読み取ること。花と同一になれば、過去の景色をも視ることができる。

 花と心を一体化させ、目的の記憶を探す。くらやみの中で一本の絹糸を探すように、花の中でゆうゆうただよう記憶を掴んだ。


    ● ● ●


 先ほどと同じ場所だが、秀礼らの姿はなく、紅姸の体も消えていた。これは紅姸の意識と同化した花が記憶を詠み上げているのだ。

 しゆりの門と、ないていと外廷をわけるへい。そこに植えられた連翹。連翹はそのつぼみをふくらませているがいていなかった。何年前かははっきりとわからない。

 そこへ一人の愛らしい顔の宮女が泣きながら走ってきた。連翹の前にひざをつく。

『これだけはだれにもうばわれたくないの。だからどうか誰にも見つからないでちょうだい』

 宮女は指が土で汚れるのもいとわず、いた様子で連翹の根元に何かを埋めていた。

 それが終わるころ、追いかけるようにやってきたのはうすねずほうを着た宦官だった。宮女に『何をしているんだ。早くげろ』と伝えているが、宮女は袍のはしを掴んでかぶりを振る。

『あなたを置いて逃げたって』

 宮女の悲痛な声。二人の表情が沈んでいることも、ほのぐらい未来を予感させた。宦官もそれ以上宮女を逃がそうとせず、彼女の手を強くにぎりしめる。

 連翹の視界から二人は去り、まもなくしていくにんもの足音が追いかけていく。

 宮女の悲鳴が、聞こえた。


    ● ● ●


 そこで花詠みは終わった。紅姸がゆっくりとまぶたを開くと、いぶかしんだ顔の秀礼と清益がいる。記憶と異なり、連翹も咲きほこっていた。

 手中にあった連翹の小さな花はれていた。花の記憶を詠むとこうして枯れてしまう。紅姸はもう一度やさしく握りしめる。胸中で感謝の言葉を花におくり、花をやさしく握りしめる。手を開くと粉々にくだけた枯れ花が風に流されていった。それを見送った後、連翹の低木に向かう。木の根元に膝をついた。

「なぜ土をり返している。花詠みとやらは終わったのか」

「あなたがり捨てたりようは何かを守っていました。その答えがここにあるはず。かんがんの鬼霊は斬られて消滅したのではらえませんが、もう一人の鬼霊が残っています」

「まだ鬼霊がいる……だと? 私は何も感じないが」

「鬼霊が隠れているためです。わたしもこの鬼霊の気をわずかにしか感じ取れません」

 秀礼はだまった。紅姸のすことをじっと見つめている。

 ついに紅姸の指に何かがれた。現れたのはたんの文様が刻まれたかんざしだった。それを紅姸が手にすると同時に、鬼霊の気がくなる。新たな鬼霊が現れたのだ。

 その鬼霊は、花の記憶と変わらぬ姿をした宮女だ。鬼霊特有の黒のかおぎぬをつけ、土気色のはだをしているのは先ほどの宦官と変わらない。しかし宮女の鬼霊は、紅の牡丹が首に咲いていた。鬼霊が咲かせる花は、生者であった頃に負った傷だ。花の種類は生前好んだ花や最期にかかわった花など人によって異なり、多くは紅色である。

 宮女の鬼霊はこちらにおそいかかるりなく、じいと立ちすくんでいた。面布で遮られているため確証はないが、視線は簪に向けられている気がした。

 新たな鬼霊が現れたことで秀礼はいつしゆん身構えたが、手はけんに伸ばしたところで止まった。鬼霊が敵意を持っていないと秀礼も察したらしい。

「本当に現れるとは……私でも気づかなかったというのに」

「大切なものを守るために現れたのでしょう」

「なぜ、そう言い切れる」

「花詠みで、この連翹が持つ記憶を詠みました」

 これを、秀礼はいつしように付した。

「何を言う。ただの花だろう」

「花はここで起きたものを見ています。あの宮女の鬼霊は木の下に隠した大切なものを守ろうとしていたことを、花は見ていました。そして宦官の鬼霊は、この宮女を守ろうとしていた。これは推測ですが、二人はこいなかで、何か理由があり殺されたのでしょう。宮女の首に褪せた紅色の牡丹が咲いていることから、首をねられたのかと」

 紅姸が言い終えるなり、秀礼はおどろいたようにあの連翹へ視線をやっていた。紅姸は確かに連翹のそばから簪を見つけている。秀礼の表情から冷笑は消えていた。

(鬼霊は、かなしい)

 あの簪は贈られたものだったのだろうか。それをだれも触れぬよう守り続けた宮女と、宮女を守ろうとした宦官。胸の奥がじわりと痛んだ。

「それでこの鬼霊をどうするつもりだ? 私のやり方を惨いと言ったのだから、祓えず終わりは許さないぞ」

だいじようです。これより花わたしを行います」

「花渡し? それも華仙術か?」

「花渡しとは、花を使って鬼霊をじようへ渡すこと。これよりあの鬼霊を祓います」

 紅姸はもう一度、連翹を摘んだ。左手に簪、右手に花をせて鬼霊に向き直る。

 花みと同じように手中に意識を向けた。瞳を閉じ、今度は花ではなく鬼霊に心を開く。簪には生きていた頃のおもいがまっている。これをばいかいにし、悲しみにとらわれた鬼霊に語りかけるのだ。

(わたしはあなたを浄土に送りたい)

 悲しみも苦しみも、引きずる必要はない。鬼霊としてとどまれば苦しみは続くだけだ。

 この宮女が浄土に渡らず留まったのは簪を残すことへの未練だ。宮女が留まったことで宦官もここに留まり、二人は鬼霊となっていた。

(あなたが浄土に渡れば、浄土に渡れず消えた宦官の鬼霊も喜ぶはず。鬼霊になってでもあなたを守ろうとしていた人だから)

 語りかけると鬼霊の心がほぐれた。鬼霊の体と簪は細かなつぶとなってくずれていく。黒の面布がはらりと落ちた。そこにあったのは花詠みで見たのと変わらぬ愛らしい顔だが、瞳は生気を欠いている。その表情はさびしげで、しかしあんのような感情がくみ取れた。

 宮女の鬼霊と簪は光の粒になって、紅姸の手中にある連翹に吸いこまれていった。たましいが花へと移ったのだ。すべてが連翹に収まるのを感じ取り、紅姸は瞳を開く。花を両手に載せ、柔らかく包みこんだ。

「花と共に、渡れ」

 その言葉と共に花を高くかかげた。連翹は鬼霊の魂をいだいたまますがすがしいはくえんとなって形を崩していく。その白色は未練から鬼霊が解放されたことを示す、自由の色だ。空に混ざるかのようにけむりは見えなくなっていく。鬼霊の魂は花と共に浄土に行くことだろう。

 すべてが消えるのを見届け、紅姸は短く息をいた。終わればここが宮城だと思い出す。り返れば、秀礼と清益がこちらをまじまじと見つめていた。

「これが華仙術か?」

「はい。は花が持つおくを聞くこと。は鬼霊の魂を浄土に渡すものです」

「鬼霊の気は確かに消えた……ふむ」

 そこで紅姸は気づいた。鬼霊を祓おうと夢中になり、秀礼らの前で華仙術を使ってしまったのだ。

(今度こそ殺される。かいな術を使ったとして処断される。あの金の刀で首を刎ねられるのかもしれない)

 いやな想像ばかりかぶ。だが、紅姸の想像通りとはならなかった。

 秀礼のくちびるがにたりとえがく。

「気に入った。外れを引いたかと思っていたが、これは大当たりじゃないか」

「一時はどうなるかと思いましたが。ようやく見つけましたね」

「これなら期待できる。よし、しんれいきゆうに行くぞ」

 期待、と聞こえた気がした。耳を疑うような単語だ。殺されると構えていただけに、紅姸はぼうぜんとしていた。だが聞きちがいではないのだと、秀礼のうれしそうな様子が語る。

(どういうことだろう。あの人たちはわたしを殺すために集陽に連れてきたのでは……)

 秀礼は先を歩いていくが、紅姸はまだ立ちくしていた。そこへ声をかけたのは清益だ。

「紅姸、あなたは認められました。これより第四皇子の住まわれる審礼宮に参ります」

「第四皇子……?」

「おや。話していませんでしたか。先ほどあなたが食ってかかった方こそ第四皇子ですよ」

 狼狽うろたえる紅姸に、清益は笑った。

「あの方こそ、髙の第四皇子、えいしゆうれい様です」

 皇子。つまり、みかどの子だ。次代の髙をになうかもしれない、高貴なる者。

 先ほど彼に放った言葉がよみがえる。鬼霊のことで夢中だったとはいえ、皇子相手に使って良いものではない。

(わたしは、やはり殺されるのかもしれない)

 胸中を不安がめていく。それでも引き返すことは許されず、紅姸は清益と共に秀礼の後を追った。

 鬼霊蔓延はびこる髙の宮城。華仙紅姸は自らの運命が大きく動いていくのを感じた。

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