一章 華仙女は花を詠み、花で祓う①
生きることは罪深いのだと、
笑ってはいけない。泣いてもいけない。感情を表に出し自己表現をすることは一族を不快にさせ、自らへの責め苦が増えるだけだと、物心ついた時に学んだ。一族に
「
その生活が十六年続いた時である。
呼んだのは華仙一族の
白嬢と紅姸は姉妹だが、二人の
婆は、紅姸と白嬢が並んだのを確かめるなり、
「よくお聞き。
集陽とは、この国『
紅姸は集陽を
「麓の村に潜ませていた者から
老いた
「紅姸。この
(この日々が終わると思えば、死など
こういった命令には慣れている。身命を
婆の命令を受けた二人は裏口から
倉の中は暗く、干し肉や草の
婆に指定された室は
「早くしなさいよ」
高圧的な物言いは今に始まったことではない。白嬢にとって紅姸は、長や婆だけでなく一族全員から虐げられる者だった。紅姸は
「あんたの
紅姸は
紅姸の右手には花痣があった。花痣は生まれた時からついていた。
白嬢はこの痣を視界に入れるなり、顔をしかめた。
「それって、昔の華仙術使いにあった痣でしょう? その代から
この痣が忌み
「
隠れ里に住んで歳月が
しかし紅姸は異なる。紅姸は華仙術師だ。
花痣は華仙術の強い才があることを示すものであり、仙術を捨てようとしている華仙一族にとって一族
床板を剥がし終え、紅姸が顔をあげる。不敬だと叱られるため、白嬢の目を見てはならない。目を合わせないようにして告げた。
「終わりました。室に入りましょう」
「ああよかった。今度はもっと早く床を剥がしてちょうだいね──そうそう。あんたが先に入ってよね。
命じられて、先に紅姸が室へと下りる。しばらく開けていなかったこともあり、じめついている。目を
(わたしに花痣がなかったら、仙術師の才がなかったら……白嬢と仲良くなれたのかもしれない)
時々、
白嬢が室に入ってから、紅姸は床板を戻した。
床板を戻したため室は暗い。目が
二人が隠れて少し経つと、けたたましい足音が
白嬢も足音を聞いていたのだろう。怯えの色が
「わたしが殺されそうになったら、あんたが身代わりになるのよ」
「……はい。わかっています」
紅姸の返事を聞いた白嬢は室の奥にある木箱の
(もしも見つかったら殺されるのかもしれない。でも、その方が今よりも楽になれるかもしれない)
外から聞こえる物音は死の足音のようだった。しかし、
そこで戸の開く音がした。倉に
「これだけ探しても、麓の村で聞いた仙術師の
「隠すのならばこういった場所がうってつけかもしれんな」
声からして男が二人。長も
そしてついに──一人がこちらに気づいた。
「
「なに? 開けてみろ」
白嬢は身を縮めて、木箱の陰に
(ついに、死ぬ時がきたんだ)
室の床がすべて外れた時、紅姸はそう感じた。
まもなくして、光を背負うようにして男たちがこちらを
「……娘を隠していましたね」
「隠すということはこれが探していた者か──おい、そこにいるのはお前一人か?」
問われて、紅姸は頷いた。彼らが下りてきてしまうと白嬢のことが知られてしまうので、紅姸は自ら室を出る。
室が暗かったせいか、倉の中に出れば
一人は金糸の
「……ここまで屋敷を探したが、見つかったのはこの娘だけか」
男はそう言って、ため息をつく。
これに答えたのが
「
これを聞いて、瑠璃紺の袍を着た男は、頭から足先へと
「隠しているから当たりかと期待したが……この者は
「ではもう一度、里の中を探しましょう」
「室の奥を調べよう。
彼らの会話は、ここに来た目的が何であるかを語っていた。華仙術師を探しにきたのだ。紅姸の背筋がぞくりと
(この人たちは仙術師を見つけて殺すつもりかもしれない……けれど室の奥を調べてしまえば白嬢が見つかってしまう)
身命を
「……わたしが、里で
この発言に対し、瑠璃紺の袍を着た男は
「
「お待ちください!」
割りこんだのは婆だった。
「嘘ではございません。確かにその娘は仙術師です。花を用いた仙術を使う華仙術師でございます」
婆の言葉を疑っているらしく、男は紅姸へと向き直る。
「本当にお前が華仙術師か?」
「はい。華仙術を得意としています。他の者は仙術を使えません」
「華仙術を使えぬ
男は
「秀礼様、
瑠璃紺の袍を着た男は秀礼と呼ばれていた。
「本人も周囲も華仙術師だと主張するのだ。この者を集陽に連れていく」
紅姸は表情変化が
「長。これまで育てていただきありがとうございました」
「……随分と冷めた家族だな」
そのやりとりを眺めていた秀礼が
「せめて荷物を持ってきてやるなどないのか。家族との別れだろうに」
「ありますものか。里を出る者に持たせるものはひとつもございませんよ」
秀礼の問いに答えたのは婆だ。
「……では、行くぞ」
秀礼が歩き出したのを合図に武官たちも動きだす。紅姸は
そうして紅姸は里を出て行った。見送る者は誰もいない。
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