第二章 元魔王はうっかり目立ちたくない③
翌日、アリアナはまんじりともせずに寮の一人部屋で夜明けを
(異性に
アリアナの知る限り、前世のギルには恋人がいたためしもなければ、
(前世で私と
だとしたら、今回の恋の練習もそういった遊びの延長なのだろうか? でも、そんなことをしてギルベルトになんのメリットがあるのだろう?
いくら悩んでも、結局同じ疑問に立ち戻るだけで先へ進めない。アリアナは「はぁー」とため息をついて、ベッドから上半身を起こした。
白々とした
(このまま
朝の
魔術学院の朝は意外と早い。アリアナが外に出た時にはすでに寮住まいの学生がジョギングをしたり、アドラーが学院内で飼っている
『ステラ学院の秘密』を愛読するアリアナとしては、こういった学院の風景は何度見ても
恋の
(ああ、もう! ギルのメリットってなんなのよ? もういっそ本人に聞いた方が──)
「アリアナ? そんなところで頭を抱えながらうなって、どうしたんです?」
「へ? ギル?」
後ろから急に声をかけられ、アリアナはギクッとした。絶賛悩み中の今、悩みの種から話しかけられるなんて、タイミングがいいのか悪いのか。とはいえ、無視するわけにもいかず、気まずさを押し込めて振り返る。アリアナは目をパシパシ
(え、何これ? どういう
五人の女子学生たちが、こちらに向かって歩いてくるギルベルトの後ろについている。中の一人がアリアナを見て、その目に敵意に満ちた光を浮かべた。
「ギルベルト様、彼女って昨日ドラゴンを
「はい。すみませんが、彼女と話があるので、私はここで失礼します」
「ええー。なら、私たちも一緒に──」
「
にっこり笑うギルベルトを前にして、女子学生たちがあからさまに
「改めておはようございます、アリアナ。こんな朝早くからどうしたんです?」
「ギルの方こそ、女の子たちに囲まれて何かあったの?」
「いつものことですよ。早く目が覚めたので外を歩いていたら、話しかけられたんです」
「えっ?
そんな恋愛小説のような話が現実にあるなんて、にわかには信じがたい。自分には
「どうしたんです、アリアナ? もしかして
ムスッとしているアリアナを見て、ギルベルトがからかうように聞いてくる。
「べ、別に羨ましくなんてないわよ? むしろ、毎日あんなたくさんの女の子たちから話しかけられていたら、気の休まる
「……ええ、本当に。俺に
ギルベルトは異性からモテたり、社交の場に呼ばれたりしてもあまり
(そりゃあ、恋人のいる相手には誰だって
アリアナはハッとしてギルベルトを見上げた。昨夜から悩んでいたメリットの正体が
「アリアナ? 今度は急に
じっと自分を見つめる視線に
「あのね、ギル。昨日の提案について、私なりに一晩考えたんだけど」
「……………………」
ギルベルトが息を
「私、あなたと恋の練習がしたいわ。あなたの言うメリットが何か、わかった気がするの」
「……本気、ですか?」
アリアナを見つめる海色の
「本当に俺の気持ちが伝わったんですか? その上で俺の恋人になってくれると」
「え、ええ。元配下のあなたとなんて、ちょっと恥ずかしいけど」
「俺もです」
ギルベルトがフッと力を
「アリアナ? どうして下を向くんです?」
「あ、いや、その、こういうことは私、初めてで……。うまくできるかわからないけど、私も
うつむいたアリアナの頭をギルベルトが安心させるように優しくなでていた。
「百年も待ったんです。今さら
「え、百年? ギルってば、そんな前から私にそういう役割を求めていたの?」
「ええ、気づきませんでしたか?」
「全然知らなかったわ。それなら、なおのこと気合いを入れて頑張らなきゃね」
「ええ。期待しています、あなたの恋──」
「
「…………………………は?」
頭をなでていたギルベルトの手がピタッと止まる。深い
「……すみません、アリアナ。その防波堤とはなんです?」
「え? あなたのもとには望みもしない
真顔で沈黙しているギルベルトに向け、アリアナは自信満々に胸をたたいてみせた。
「私と恋人同士の振りをしていれば、あなたに声をかけてくる女子学生の数は格段に減ると思うわ。それに私も恋の練習ができてお
「俺は今、自分の見通しの甘さを
「……ごめん。本気で何を言っているのか、わからないわ」
さっきまで乗り気だったくせに、急にどうしたのだろう? アリアナは嘆息しているギルベルトの真意を問い
「おはようございます、ギルベルト様、それにアリアナさんも。気持ちのいい朝ですね」
聞き知った声に
(この感じ……ギル、ロザモンドと友達なの? いいなぁー)
アリアナの
「ギルベルト様、先日お話ししたお茶会へのご出席、考えてくださいましたか? 私の父をはじめ、
(……え。そんな風にギルを誘って
アリアナはロザモンドのことが心配になった。隣を見ると、案の定ギルベルトは思案する顔つきで
(どうせなら、ギルベルトの代わりに私を誘ってくれたらいいのに。私なら
アリアナとしてはロザモンドと友達になりたくて、つい彼女に熱い視線を送ってしまう。その時だった。ギルベルトがうずうずしているアリアナの手を不意に横からつかんだ。
(え、何? 私、そんなに落ち着きがなかった?)
てっきり自分の態度を
「申し訳ありません、ロザモンド。あいにく、そのお茶会の日は恋人と先約がありまして」
「こ、恋人ですって? まさか……」
「ご
(…………へ?)
紹介された当人のくせに、アリアナはポカンとして隣のギルベルトを見上げた。
ギルベルトが無言で手をギュッと
(いけない! 今の私はギルの防波堤だったわ! 恋人っぽく見えるようにしなきゃ!)
とはいえ、こういう場合に普通の恋人はどう振る舞うものかわからなくて焦る。その時だった。不意にアリアナは背筋が
(何この殺気!?……ロザモンド?)
緑の
「……そうですか、ギルベルト様のお気持ちはよくわかりましたわ。今回のお茶会は残念ですが、お気が変わられましたら、いつでもお声かけください」
「ありがとうございます。あなたのお父上にも、どうかよろしくお伝えください」
「お
ロザモンドがアリアナの方を上目遣いににらみ、足早にその場を去って行く。
アリアナは頭を
(ロザモンドとは友達になりたかったのに、あんな風に敵視されるなんて……)
自分から防波堤役を申し出たと言っても、あの反応にはへこむし泣きたくもなる。
「ねぇギル、あなたもあれで本当によかったの?」
アリアナは
「あなたが
「かまいませんよ。あなたさえいれば、俺は満足ですから」
「そりゃあ、今は防波堤役の私が一人いれば十分かもしれないけど……」
「期待していますよ、俺のかわいい
「………………っ!」
アリアナは反射的にバッと顔を
「どうしたんです、アリアナ? 顔が赤いですよ」
「き、気のせいよ!」
「そうですか? なら、覚えていてください。世の恋人はこういう風に言葉で相手に愛情を伝えるものなんですよ。あなたもぜひいろいろ
「え……」
にっこり笑うギルベルトを前にして、アリアナは言葉を失った。すでに心臓が痛いほどドクドク高鳴っているのに、これ以上自分にどうしろと?
「そろそろ朝食の時間です。
(待って! 今のは私をからかっただけなの? それとも……本気なの?)
恋の練習も防波堤の役割もまだ始まったばかりだというのに、最初からこんな調子で心臓がもつだろうか?
アリアナの手を引いて、ギルベルトが歩き出す。彼に言いたいことはたくさんあった。それなのに、つないだ手の
元魔王の転生令嬢は世界征服よりも恋がしたい 麻木琴加/角川ビーンズ文庫 @beans
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