第一章 元魔王に恋は無理ですか?②/第二章 元魔王はうっかり目立ちたくない①
「それでギル、やっぱりその……あなたも生まれ変わったのね?」
魔術学院の校舎裏にギルベルトを連れてきたアリアナは、辺りに人がいないことを確認してから
先ほどは思いがけぬ再会に驚いて
ギルベルトも、これ以上
「その質問……陛下の目には、俺が百歳を超えた老人に見えているのですか?」
「もちろん見えないけど、万が一ということもあるじゃない」
「そのような若返りの秘術が発明されていたら、歴史が変わっていますよ」
(……か、かわいくない! この生意気な態度、やっぱりギルだわ!)
さっき一瞬でも再会に感動した心を返してもらいたい。アリアナはムッとしてギルベルトをにらんだが、前世から変わらぬ彼の態度にホッとしている自分にも気づいていた。
「あなたは見た目も中身も前世からあまり変わっていないようね。私の方は見た目も結構変わったはずなのに、さっきは目が合っただけで、よく私だって気づけたわね」
「前世と比べて見た目の印象はだいぶかわいらしくなられましたが、あなたの目は変わりません。そのように強い光を宿す
ギルベルトに言われて、アリアナは
「その瞳のおかげで、俺はすぐあなたに気づくことができました。今世で俺は公爵家の次男に生まれ変わりましたが、陛下も貴族の家に……陛下?」
ギルベルトが
「陛下じゃないわ。今世の私は、アリアナ・フォン・コルティッツ。
「……平凡? さすがにそれは無理があるのでは?」
「そんなことないわ! さっきだって、入学式で
「努力して普通の人間らしさを演出している時点で、
「うっ……」
アリアナは何も言い返せなかった。一応アリアナにだって、自分が変わっているという自覚はある。だからこそ、この学院では周囲に馴染もうと初日から
「とにかく陛下はダメよ。あだ名にしたって、周りから
「わかりました。では、アリアナ様でいいですか?」
「ええ、それなら……」
アリアナはうなずきかけ、
「やっぱり様付けもなしにして。今世のあなたは公爵家の次男で、『勇者の再来』なんてたいそうな二つ名で呼ばれてるんでしょ? そんな人から様付けで呼ばれたら、やっぱり変に思われて……って、ギル、どうしたの?」
「『勇者の再来』なんてやめてください。あなたにだけはその二つ名で呼ばれたくない」
「え?」
思いがけぬ強い口調にアリアナは驚いた。海色の瞳が翳りを帯びて、気まずそうに下を向く。固く口を引き結んだ横顔には、
(私、何かまずいことを……あ、待って。ギルは前世で魔王の配下だったわけだから)
アリアナは自分のやらかしたことにはたと気づいて、頭を
「ごめんなさい、ギル。今の発言は、私が無神経だったわ。元魔王配下のあなたとしては、二つ名に勇者の名前を使われたら
「……は? 記憶がない?」
ギルベルトが心底驚いた顔でアリアナを見つめる。アリアナは申し訳なさでいっぱいになって、しおしおとうなずいた。
「そうなの。魔王として
「あの時のこと、あなたは本当に何一つ覚えていないんですか?」
「それは……」
アリアナは目を
「痛っ!」
後頭部に
「陛っ……いえ、アリアナ!
「平気よ。ただ、今みたいにあの時のことを思い出そうとすると頭が痛くなるせいで、私は自分の最期や勇者について
「そんな……」
アリアナの説明に、ギルベルトがなぜかひどくショックを受けた顔で押し
「ごめんなさい、ギル。その様子……もしかして私、前世の最期であなたと何か約束でもした? もしくは、何か相当まずいことをやらかしたとか?」
「……告白しました。ずっと好きだったと」
(えっ!? 告白って……私、忘れてるだけで、本当はギルのことが好きだったの?)
絶句してギルベルトを見つめる。その目が
「ギル、私があなたに告白したなんて、またからかったわね?」
「……あ、バレました?」
「当然でしょ!? 配下の中で一番年下のあなたは弟のような存在だったんだから!」
生まれ変わっても、やっぱりギルベルトは生意気な年下のままだ。
(人がなくした記憶の心配をしてる時に、
昔からそうだ。ギルベルトは本音をなかなか周囲に明かさない。そんな彼が軽口をたたくのは、他人に心配をかけまいと気遣って本音をはぐらかす時だった。だとしたら彼を責めるのは
「ごめんなさい、ギル。私は魔王だったのに、最後までみんなを守れなかった。しかもその時のことを全部忘れているなんて最低よね」
「あなたが謝ることはありません。俺の方こそ、あなたを守れなくて……」
ギルベルトがくやしそうに目を伏せる。アリアナは静かに首を横に
「ギルも無理しないで。私が前世の最期を思い出せないように、ギルも前世のことを無理に思い出したり、話したりする必要はないから」
考えてみれば当然のことだが、魔王アレハンドラの死後も、ギルたち配下の人生は続いていた。ファビアーノや他の部下たちは魔族だったからまだいい。しかし、ギルは?
ギルは魔王の配下で
「せっかくの入学式なのに、なんだかしんみりした
アリアナとしては、
(え、なんで? 私、何かまた余計なことを言っちゃったの?)
ギルベルトが一度目を伏せ、再びアリアナを見る。そのわずかの間に何を思ったのかはわからない。ただその顔には、
「あの、ギル……?」
「すみません。生まれ変わって再会できただけでも驚きなのに、またおそばに置いてもらえるなんて思いもしなかったので、少し
「何を言ってるの? 一度転生したくらいで、私があなたを
アリアナは本気でムッとしてギルベルトをにらみつけた。
「今世の私はもう魔王でも、あなたの
「……あなたは俺のことをまだそんな風に
「え? ギル、今何か言った?」
「いいえ、何も」
ギルベルトが嬉しそうな、それでいてなぜか切なげな
「ちなみに今の俺はもうあなたの配下でもなければ、年下でもありません。それでも俺は、あなたにとって弟のような存在のままですか?」
「ああ、そういえば今世では私たち、同い年なのよね」
「なら、もう弟とは言えませんよね。その場合、俺たちはどのような関係になりますか?」
アリアナはすぐには答えられずに、
「今の私たちは同じ
「同級生ですか? ただの?」
「え、えーと、それなら……友達、とか?」
ギルベルトからなんとも
(言いたいことはわかるわ。友達っていうのは、もっとキラキラして尊い関係のはずよね)
アリアナだって、友達にそういう理想を
無言で向き合う二人の間に、なんとも気まずい空気が流れる。その時だった。
「ギルベルトくん、アリアナさん、どこにいるんです?」
校舎の方から自分たちを呼ぶ声が聞こえた。思わずギルベルトと顔を見合わせる。
やがて二人の前に一人の男が現れた。彼は先ほど入学式で
「二人ともいたいた! もうすぐタクトの
ノイマンはそう言うと、用件はそれで終わりらしく、アリアナたちに背を向け去って行った。ギルベルトとの話に夢中になって忘れていたが、気づけば昼をとっくに過ぎている。
「行くわよ、ギル。入学早々
ノイマンのあとを追おうとしたアリアナは、思い切り
「あの、ギル? この手は?」
「ご存知ないのですか? 貴族社会では、男性が女性をエスコートするものなのです」
(…………! こ、これが
初めて『ステラ学院の秘密』を読んだ時から、そういう習慣が人間にあることは知っていたし、
(さすが魔術学院、すごい場所だわ。あの生意気なギルにこんな行動を取らせるなんて)
まるで弟のように思っていたギルベルトの手を取るのは妙に照れくさい。それでも初めてのエスコートという
(ギルってば、なんて顔をするのよ。彼、こんな笑い方をする子だったっけ?)
アリアナはムズムズと胸をくすぐる
つないだギルベルトの手に力がこもる。その日、タクトの授与式が行われる聖堂に着くまでの間、彼はアリアナの手を決して放そうとしなかった。
〇 〇 〇
アリアナとギルベルトが聖堂に足を
(まずいわ、悪目立ちしてる。今世のギルは
入学式でも、ギルベルト
「
学生たちが
(あ! あの子、入学式で
アリアナはくわっと目を見開いて前方の
(あぁぁぁー! この
アリアナが
透明だった石の表面に様々な色が浮かんでは混ざり、消えていく。やがてそれは青緑黄の三色を帯びた光となって聖堂を包んだ。
「うわっ! 新入生で適性が三属性!?」
「彼女、平民から
同級生たちの話し声が聞こえたのだろう。ロザモンドの横顔にホッとしたような、それでいて
この世界を構成する物質──エレメントは、地水火風の四属性に分類される。魔族が
魔術を使う上では四属性すべてに干渉できることが理想だが、すべてに適性のある人間は多くない。というより、全属性の魔術師にさえ多少の不得手は存在する。
そこで人間の魔術師はタクトの
アリアナが
「ロザモンドくんのタクトはミーツェの牙を芯に使ったものか。良い選定だな」
魔獣学の教師アドラーが選定石を横から
「そのタクトは当面の間、君の苦手な火属性を補ってくれるだろう。卒業までに火属性をもっと自由に使えるよう、魔術の修練に
「はい!」
同級生たちがロザモンドに
(タクトの授与式を生で見られるなんて、人間に生まれ変わって本当によかった……!)
魔王時代、戦場でタクトを片手に向かってくる魔術師たちは正直うっとうしくて仕方なかった。しかし、それはそれ。アリアナは『ステラ学院の秘密』で、主人公のフリーダたちが使っているタクトにずっと
(特に、エドガーが
思い出しただけで胸が熱くなり、アリアナは身悶えした。が、隣に立つギルベルトの生暖かい視線に気づいて、すんと元に
タクトの授与は聖堂に来た順で行われているらしい。学生たちが次々に名を呼ばれては、
「次、アリアナ・フォン・コルティッツ!」
名を呼ばれ、アリアナは期待に胸を
「アリアナ、魔力の出し過ぎに気をつけて」
「
胸を張って笑うアリアナに、ギルベルトが
アリアナは緊張と期待でうるさい心臓をなだめながら、選定石の前に進み出た。大きく息を吸い、石の上に手を置く。ヒヤッとして氷のようだと感じた、その直後のことだ。
(うわっ! すごい吸引力!)
「キャッ!」
「なに今の光!?」
聖堂のそこかしこで悲鳴が上がる。そのすべてを包み込むように、暗雲が聖堂内を
「え?」
アリアナは目を疑った。彼女の前には、元魔王の魔力を吸い取った選定石がある。それは全属性を示す四色の輝きを放つ……代わりに、なぜかどす黒い闇色に染まっていた。
(なんか思ってたのと
たとえ純黒の
そう考えたアリアナは選定石に手をかざし、タクトが浮かび上がってくるのを待った。それは根気強く、じっと待った。が、いつまで
「これはどういうことだ? まさか選定石が
「私はこの学院に勤めて三十年になるが、こんな純黒の属性なんて一度も……」
「待ってください。私は過去に一度だけ純黒の属性について
混乱する教師陣の前に、歴史学担当の女性教師──クラインが進み出た。
「すべての属性を
「え? 魔族?」
「ええ、例えば魔王など」
その場にいた全員がアリアナの方をバッと振り向く。アリアナの背中を一筋の
そもそもタクトとは、魔術師の欠けた属性を補うために存在するものであり、選定石を通じてその魔術師にふさわしいものが選ばれる。しかし、すべての属性を最高レベルで有している魔王には最初から補う属性なんて存在しない。よって、いくら選定石に魔力を注いだところで、どのタクトも飛んできやしないのだ。
(ど、どうしよう? ここはこっそり呪文を唱えて適当なタクトを引き寄せるべき?……ううん、ここで音声魔術を使ったら、それこそ魔族だと疑われるわ)
アリアナは転生後もなんの疑問も持たずに呪文で魔術を発動させていたが、人間の魔術師は
「アリアナくん、君はいったい……」
「い、いやですよ、先生! 私は
「…………………………」
アリアナの苦し
(ううっ、このままじゃまずいわ。
アリアナは頭をひねったが、それですぐに対応策が思いつくようなら、もっと前から人間らしさを
「先生、私に提案があります」
混乱の
「ギルベルトくん、なんだね? 純黒の魔力について、君も何か知っているのか?」
少し
「純黒の魔力は私も初めて見ました。ただ、その選定石が本当に壊れているなら、アリアナ以外の人間が魔力を流した場合でも、同じように変な反応をするはずだと考えたのです」
「まぁ、論理的に考えれば、そうなるはずだな」
「さて、ここに全属性であることは判明しているのに、タクトは持っていない人間がちょうど一人います。
ギルベルトがニッと
「そういえば、君は『勇者の再来』だったな。選定石が正常に動いていれば、あの勇者と同じように君には全属性のタクトが
「ありがとうございます」
ギルベルトが一礼して選定石に手を
「純黒の次は真珠色だと!? こんな色、見たことないぞ!」
「選定石はやはり壊れていたのか!?」
(ギルってば、何をやって……え? そんなことをしたら石が……!)
アリアナはハッとしてギルベルトを見た。教師たちも異変に気づいたらしい。彼の手から放たれる
「せ、選定石にヒビが……! ギルベルトくん、すぐに手を
アドラーの
「先生方、申し訳ございません。やはりこの選定石は途中から壊れていたのではありませんか? 普通に手をかざしただけなのに、突然魔力を大量に吸い取られて驚きました」
「いや! だからと言って、今までに何千という学生の属性を判定してきた選定石がそんな簡単に砕け散るものかね!?……ギルベルトくん、まさかわざとやったんじゃないだろうね?」
アドラーがギルベルトに疑いの
(アドラー先生の解釈は正しいわ。ギルは最後、全力で選定石を壊しにかかっていたもの)
きっとギルベルトは教師たちが
(
入学早々目立ちたくはないが、これ以上ギルベルトに
「なんだね、アリアナくん? 何か気になったことでも?」
「はい。実は私もギル……ベルトくんと同じで、選定石に触れた瞬間、大量の魔力を吸い取られて驚いたんです。私の場合、属性の判定は初めての経験だったので、そんなものかと思っていたのですが、やっぱりあの時点で選定石は壊れていたのかも……しれません」
アリアナの声が
「この選定石は百年以上使われている年代物ですよね? 経年
「確かに、ギルベルトくんの魔力量は
アドラーが疑念を捨てきれずに
「だいたい先生、わざと選定石を壊して、私たちになんのメリットがあるんです? 選定石が砕けたせいでタクトをもらえずに
「それはそうかもしれないが……すまない。ちょっと協議させてもらおう」
アドラーの発言を受けて、教師
「問題の選定石が砕けてしまっては仕方ない。原因の調査は後日改めて行うとして、君たちには当面の間、授業に支障が出ないように予備のタクトを
アドラーはまだ完全に
(よかった。とりあえず、この場は切り
入学初日に元魔王だとバレる最悪の事態は防げたと知って、アリアナは
「すごいな、ギルベルト。あの選定石を壊すって、どんだけだよ?」
「彼の言ってることが本当なら、あのアリアナって子の魔力も相当よね」
(ううっ、目立ってる。……ギルはこんなに注目されて平気なのかしら?)
ギルベルトは同級生たちの声など聞こえていないかのように
(ギル? なんだか様子が変だわ。もしかして……)
心配になっても、
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