神代梗夜

「準備できました!」


「なんか荷物多くない?」



 引っ越し準備が終わったと言う梗夜きょうや君の傍らには大量の段ボールが積まれていた。

 ホントにテント暮らししてたの? 荷物量的に1Kのアパートに住んでたんかってレベルですが。



「これですか? ほとんど食糧ですよ?」


「一人暮らしの買い込みじゃないんだよ。プリムラでも住んでた?」


「失敬だな。あれでは1食分にもならない」


「カービ〇はちょっと黙ってて」


「ぽよ」



 この人以外とノリいいんですね。

 でもね、無表情でそのセリフはシュールなんだよ。



「ああ、これは別に俺が買ったわけじゃないですよ」


「じゃあ、なにこれ? 湧いて出たの?」


「うちの母親が送ってくるんですよ」


「ん? 家出してるんじゃないの? 居場所特定されてんじゃん」


「そうなんですよ。俺が留守にしている間にSPに届けさせてるみたいで」



 なに? ウーバーSP? 置き配対応してるの偉い。



「居場所特定できてるなら、家に連れ戻せばいいのになんでそれしないの?」


「多分、俺がそれを望んでいないのを分かってるから、テント暮らしさせてるんだと思う」


「いい親じゃん」



 これで何の不満があるってのさ。

 この子供の気持ちを汲み取って合わせてくれるなんて、うちの親とか訳の分からないメイドを連れ込んで、挙句それを置いて地方に逃げていったんだぞ。



「でも、頼んでもないのに、俺が餓死しないように勝手に食料置いてくんですよ!?」


「いやなら、手を付けなければいいじゃん」


「食べ物に罪はないじゃないですか! 残すとか罰当たりますよ!」



 もうただのいい子なんよ。あの親あってのこの子だ。家族みんないい子。

 たまに変態入るけど。



「うんうん」



 食欲お化けのプリムラが満足げに首を縦に振っていた。

 どうやら梗夜きょうや君の好感度が上がったようだ。

 トゥルリィン!



「では行こうか」


「おぉ……すげぇ」



 大量にあった段ボールを、プリムラが小さくして手のひらサイズにして、運びやすくしてくれた。



「っと、そうだ。梗夜きょうや君が来るんじゃお母さんに連絡しておかないと」


「それならもう連絡済みだ」


「はえぇーのよ。なんで僕に聞かずにそういう事しちゃうのかな」



 プリムラが連絡していることろなんて見てないから、ここに来る前の段階でもう既にお母さんに連絡したのだろう。

 手回しが早すぎる。



「お母様からは『おっけー!』だそうだ」


「かっっっっる」



 まぁ、後で僕も連絡しておこう。



「早くいきましょう!」



 梗夜きょうや君は僕のうちに来るのがワクワクなのか、今にも一人で走って行きそうだ。

 彼を今後そうするかは、後で考えよう。

 これからのこと。今のこと。

 面倒なことは後回し。それが僕なんだから。



*************************************************************



「あら? レンちゃん?」



 深夜、憐太郎れんたろうの母である唯野好美ただのよしみの元に憐太郎れんたろうから1通のメッセージが届いた。



「ふふふ、そう。面白くなりそうね」



 それを読んだ好美は嬉しそうに笑った。



「あらあらあら、これまた珍しい」



 今度は彼女のスマホに一件の着信が。



「はい、もしもし」


『よう、久ぶりだな。好美』



 男勝りなその喋り方だったが、声質は女性のものだった。



「久しぶりだね~、けいちゃん。何年ぶりかしら?」


『同窓会の時だから2年前か?』


「もうそんなに経つのねぇ。うちの子はもう高校生よ」


『うちのバカも今年で二十歳になりやがる』


「バカだなんてそんなこと思ってすらいないのに」


『っけ! バカだよバカ。勝手に家出てくやつだよ。今時家出なんて流行んねぇって』


「でも、けいちゃんも高校生の時パパと喧嘩して家出したじゃん。私も探したなー」


『それは……悪かったと思ってる』


「とはいっても、そのおかげでけいちゃんは旦那さんと付き合えることになったし、結婚まで行ったんだもんね」


『いや、あの、だから……さぁ……今私のなれそめとか別にいいじゃん……』


「私たちあの時、困ってたんだよね。けいちゃんと付き合うためにはどうしたらいいだろうって、あの神代財閥の御曹司が私たちに聞いてきたんだよ?」


『え? なにそれ。私聞いてない』


「あ、これ言っちゃダメだった奴だ」


『おいいいいいいいいいいいいい!!!!!! ここまで気になること言っておいて、何もなしじゃないだろうな!』


「いいじゃん、私たちのおかげで2人は結婚できたんだから」


『うるさいうるさい!』


「で? 子育てに難航してるんだって?」


『そうだよ。それについて連絡したんだ。ったく、余計な回り道させやがって』


「でも、相談って言われても、けいちゃんや旦那さんは優しいじゃない。彼に……えっと……」



梗夜きょうやだよ。神代梗夜だ』



「そうだそうだ。梗夜きょうや君」


『お前の家に行ったんだってな、SPから連絡が入った』


「みたいねー。どうなっちゃうのかしら」


『お前、楽しんでいるな?』


「当然じゃない」


『……どうやら私は子育てに失敗したようだ。だからってこういうのはあまりしたくないんだが、任せてもいいか?』


「私たち、幼馴染でしょ?」


『ああ……』


「任せて。って言っても多分、彼を変えるとしたら、あの子だと思うけど」


『お前んとこのガキが。さ、どうなるだろうな』


「私はあの子を信じているけど?」


『私もだよ。それに、私の知る限り、あのバカを制御できる奴がいるとすれば、それは彼だけだろうから。昔から梗夜きょうやの奴は彼に心酔していたからな』


「みたいねぇ」


『誰に似たんだかな』


「お互い様よ」


『あ? 別にこっちはそうでもないだろ』


「あら? だって、けいちゃんの旦那さんは……ふふふ」


『おい、なんだよその意味深な笑いは。この際だ。昔のことも含めてお前の知ってること全部話してもらうぞ』


「え~、どうしよっかなぁ~」


『よし、分かった。なら、こっちもお前の夫のプロポーズ時の裏話を提供しよう』


「楽しい夜になりそうじゃない」




 この後、彼女たちは明け方まで通話を続けるのだった。

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