第12話 モブ勇者は聖女との再会で驚く


 火竜を一方的に伸して1週間が経った。

 翌日から私に襲いくるはずだった下腹の激痛は待てど暮らせど一向に来ず、


「はぁ〜軽く済んで良かったけど何か納得いかない! これってあれかな? レベル的な?」


 覚悟を決めてあれこれ用意していたのに肩透かしを食らったようなものだった。

 それと火竜の解体は1週間が過ぎても続いており、今もなお多数の行商人達が湖畔と辺境街を行き来していた。


「ようやく骨が見えてきたかな? 図体が無駄にデカいと片付けるのも苦労するよね」


 そんな人々の行き来を畑仕事しつつ眺めていた私は1台の馬車が駆けてきた事に気づく。

 それは見覚えのあるド派手な馬車だった。


「え? 何で? あ、まさか、救援要請?」


 おそらくギルド支部か教会が独自の通信手段で要請を入れたのだろう。王都からこの辺境に辿り着くには早くても1週間はかかるから。

 のんびりすすめば1ヶ月かかる距離だけど。

 すると馬車が速度を落として停まり、馬車の中から白い僧衣を纏った銀髪碧瞳のお嬢様が出てきた。ただ、その顔は妙にやつれており解体中の火竜を呆然と眺めていた。

 彼女の後ろ姿を畑から眺めていた私は、


「災害級の魔物相手に移動手段の無い聖女様を王都から呼びつけるのは流石にどうかと思う」


 同情の視線を送りつつ呟いた。

 仮に魔王討伐で私が殺されていなかったなら聖女様は間に合っていただろう。侯爵子息が共に駆けつけて火竜を相手取ったかもしれない。

 だが現実は直情的な侯爵子息が私を殺し移動手段を失ったまま徒歩移動で帰還中である。


「賢者なら覚えれば良かったのに、属性が無いの一点張りで丸投げしたもんね。そんな言い訳もスキル取得すれば一発で解決だったけど…」


 貴重な転移が出来る者がモブ勇者しかいなかったのも問題があるが、それをあてにされて呼び出されたとあっては可哀想でしかないね。


「ま、今日はゆっくり休むといいよ。ミウ」


 休むとしても孤児院がある教会の宿直室だろうけどね。辺境街には高級宿は一切無いから。


「さて、今日の収穫は〜? 小麦と稲だけかな。夏野菜はもう少ししたら採れるね。謎の実は… またもおっぱいかぁ。まぁヨーグルトが欲しいとは思っていたけど、私の思考を読んで生えてないかな、これ?」


 いや、いいんだよ。腹に優しいから。

 お陰で便座の住人にならずに済むし。

 一先ず、凄いデカい胸を持つ見本様ミウが近くに居るので疑いの目を向けられる前に乳の実だけは早々に収穫した。流石に気づかれるかどうかは分からないけれど。


「チーズだけは味見っと。はむっ。もぐもぐ」


 ん〜! 濃厚でいてスッキリした風味が堪りませんなぁ〜、生クリームで作ったバターもいい味を出してるし、風呂釜に増設したパン釜でピザを焼くとめっちゃ美味しいの。


「今日のチーズはモッツァレラかな、昨日はチェダーチーズだったから一風変わった…、あ」


 聖女様ミウとめっちゃ目が合った。

 き、気まずい。火竜から視線をそらして振り向くと何故か呆然としていた。

 1週間ぶりに見るけどホントに綺麗な女性だよねぇ。僧衣で分かりづらいけど巨乳の持ち主だし、何よりその顔が柔和で癒やされるの。


「私に気づいたわけではない、かな?」


 怒った時は逆に目が笑っていないから恐いけどね。それこそ後見人のフォス公爵の生き写しと思ってしまうほどに。あの御仁も終始笑顔の方だけど、怒った時の方が一番恐いから。

 すると聖女様ミウは勢いをつけて駆けてきた。


「ああ、それ以上近付くと…」


 勢いのままに結界へとぶつかりバンッと音を立てて尻餅をついた。一応、周囲に芝生を敷いてて良かった。土のままだと怪我していたよ。

 結界に当たった瞬間は残念感が漂ったけど。

 流石に見て見ぬ振りは出来ないので、


「だ、大丈夫ですか?」


 声だけかけてみた。

 尻に手を当て痛そうに起き上がる聖女様ミウ


「だ、大丈夫、です?」


 顔を上げ柵越しに私を見てきょとんとした。

 ドキッとした。気づかれてはいないけど。


「あ、あの? 何か?」

「何処かでお会いしました?」

「初対面では?」

「そう、ですかね? 何か何年も一緒に居たような空気を感じるのですが……?」


 うそぉ!? 今は性別が違うよ?

 内心では驚きつつも平静を保ちつつ応じる。


「気のせいでは?」

「気のせい、かしら? こう、お腹が疼く」


 ちょっと、何処に手を当ててるのぉ!

 私はノンケだから! 女の子に興味…

 無い事は無いかも。興味はあります、はい。

 ろ、6年間も男の子だったからね、うん。

 とはいえ下ネタだと会話が続かないので、


「それで我が家に何か御用ですか?」


 きょとんとしつつ話題を転換してみた。


「我が家? ここは廃墟だったはずでは?」

「ああ、朽ちていたので再利用させてもらったんですよ」

「さ、再利用?」

「畑をそのままにするのももったいないので」

「そう、なのですね。まぁ土地の権利は無いに等しいですし、仕方ない話ですが…」


 おや? ミウが悲しそうな顔になった?


(もしかすると、もしかする?)


 危うく本名で呼びそうになるが、言い直しつつ問いかけた。


「ミ、もしかして、ここの持ち主でした?」


 ミウは大きく目を見開いて口元を押さえた。


「!?」


 ビンゴ! てことはミウの生家だったかぁ。


(何か悪い事をした気分になるね)


 そう、思っていたのだけど。

 ミウの反応は別の意味での反応だった。

 急に涙を流し私の顔をジッと見る。


(な、何なの? どういうことよ?)


 流石に結界越しでは話にならないので結界の外に出るとミウから思いっきり抱き着かれた。


「!? ちょ、ちょっと!」


 ぼよーんと弾き飛ばされるかと思った。

 胸の圧と抱き着く力で抜け出せない。

 何とか引き剥がそうとしたが、


「それなら最初から本当のこと教えてよ!」


 叫びと共に圧が強まった。

 身長差と体重差もあるから勝てそうにない。

 148センチの私と160センチのミウ。

 レベル差のゴリ押しを使うわけにもいかないし。困った、マジで困った。あと、柔らかい。


「はい? な、なにを言って?」

「ユヅキ」

「ふぇ?」

「初めて出会った時に教えてくれたでしょ」

「あっ!」


 そういえば言ったかも。

 ミウにだけ私の秘密を。

 前世持ちで女だった事も含めて。

 パッとしないモブ男からの大変身だけど。

 私の呆然を見たミウは涙を拭って微笑んだ。


「その反応。どういう経緯で戻ったのか知らないけど、もう放さないからね」

「え? でも、私、女だよ?」

「それでも放さないからね」


 ミウはそう言いつつ私の顔をジッと見つめて唇を重ねてきた。え? 待って? 女の子同士だよ? ミウってそっちの気があったの?


「ぷはっ。女の子としても初めて貰いました」

「え、笑顔で宣言されちゃいました?」

「ふふっ。決めた、今日からここに住むね」

「え、それはどういう意味で?」

「ん? 聖女を辞めてきちゃったから丁度良いと思ってね。大好きな人と一緒に居たいし!」

「え? えーっ!?」


 驚き以外の何物でも無いよ?

 聖女様ミウが聖女を辞める?

 好きな人って、わたしぃ!?

 そんなてへぺろって微笑まなくても。


「そもそもの話、聖女って穢れのない女性しか続けられないからね。男を知った元聖女は引き継ぎだけして神官として帰る事が通例だから」

「男を知った? まさかやったの?」

「うん。私から好きな人を襲ったの!」

「へ? お、襲った?」


 そ、それってどういうこと?

 ミウの好きな人が私で男を知って辞めた。

 でも私って男だった時に経験した事ないよ?

 女としてなら前世で嫌というほどしたけど。



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 意味深な会話は何処に繋がる?



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