第11話 モブ勇者は質感に惚れる


 これは一体どういうことなのだろうか?

 玄関から移動して柵の周囲を見て回ると森が無かった。正確に言うと魔物防御結界の周囲だけがプスプスと火の手が出たように炭化していて、結界の内部だけは無事だった。

 私は正面に戻りつつ、魔眼の自動照準スキルを使って怪我人の総数を把握する。


「湖畔の冒険者がひぃふぅみぃ… 26人が半死半生か。湖面で顔を出してる24人の冒険者は火の手から逃げたのかな?」


 必要があればそのまま回復魔法を掛けることも可能だからね。一応回復魔法は施したけど。


「虫の息は居ないかな? 一体何があったんだろう… 当人達に聞くのもありだけどあまり目立ちたくないしなぁ」


 そう、呟きつつ腕を組んで思案していると、


「わぁ!?」


 ゴウッという轟音が空から響き、私は呆然としたまま上空を見上げた。そこに居たのは赤色の属性竜だった。この世界最恐の大トカゲ。


「火竜が辺境に。これって、そういうこと?」


 私の思考は追いついていないが、火竜が現れたのは何もこの時が初めてではない。

 それはミウが孤児院へ訪れる前にも現れたからだ。私が孤児院に入って直ぐだったはずだ。


「ブレスでも壊れない結界が実証されてしまったね。ごめんね冒険者の皆様。これはお詫びで体力回復ポーションを進呈してあげないと…」


 火竜は私に気づくと憎々しげに睨んでくる。

 火竜を無視した私は室内に戻りおよそ50本の体力回復ポーションを空間収納へ片付けた。

 単に威圧無効が作用しているだけだけど。


「先ずは中身だけ空間転送してあげようかな」


 試験管から作成者を辿られると面倒だし。

 そうして複合照準で目印を付けた冒険者に対して生体検査魔法を行使して胃袋を選択する。


「ご、合計50枚の銀板が出たけど連続転送でいいね。空間収納と銀板を連携…。あ、複数同時選択も可能と。なら、50人分の胃袋に…」


 全員に同じタイミングで体力回復ポーションを送り込んだ。50本の空き試験管が空間収納に残ったけど中身だけだから問題無いでしょ。

 そして銀板を消しつつ私を睨みながら空中停止を続ける火竜に目を向け、無表情なまま水属性の魔法弓と魔法矢を展開して射ってあげた。

 私の魔力であれば結界は素通りするからね。


「弱いところから1匹でイッてろ。大トカゲ」


 眼球と尻尾の付け根に3分割の矢が向かう。

 魔力感知を持たない者から見ると射る体勢で棒立ちしているように見えるから、何をしているのかというようなきょとんをいただくけど。

 その直後、


「ぎゃうぅぅぅぅぅぅ」


 空中停止したままの火竜は見えない矢で同時に射貫かれて、悶絶しながら湖に落下した。


「なるほど魔力隠蔽は属性竜にも効くのね」


 魔力隠蔽していなかったら躱されていただろう。それでも追尾するから結局は刺さるけど。

 次は火竜を相手に生体検査魔法を行使して、


「内部凍結だから即滅だよ〜。魔石いただき」


 心臓にある大魔石だけを空間収納内へと回収した。周囲の余計な肉片はそのまま魔力に分解されるから手間という手間はほとんど無い。

 とはいえ討伐に成功しても被害は甚大だわ。


「森が焼けたら木片が手に入らなくなるねぇ。残りは岩場の周囲の広葉樹と湖の反対側の針葉樹だけかぁ。たちまちは針葉樹専用の製紙工房を造るしかないかな?」


 別に造った紙を売ろうとは思っていないが開拓には必要な事だと思った。焼け野原になった周囲はともかく、この森は何気に広大だから。

 だだね、属性竜を1人で狩ったからか…、


「あ、120にレベルアップしてるぅ〜!?」


 経験値が膨大に入り、レベルアップの音が頭上から響いた。さ、流石に入りすぎでしょう?

 自己鑑定するとギフトが追加されていた。

 しかも隠しギフトまで追加されていた!


「(魔機創造? 魔道機械を創る? あ〜、工房に置く製紙魔道具に使えるのかぁ。魔力源は火竜の魔石で賄えるもんね)…あははは」


 詳細を見て乾いた笑いが出てしまったよ。

 隠しギフトはあり得るのって代物だった。

 一先ずは外に出て周囲を更地にしていった。


「土壌回復スキルで必要部分だけ戻して…。魔力が増えたことで回復範囲が拡がったねぇ〜」


 湖に落ちた火竜と元に戻る森の土壌を呆然と眺める冒険者達を完全に無視したまま。

 

「ゆ、夢でも見てるのか」

「何なら私が抓ろうか?」

「ああ、頼む。痛っ!? 夢じゃないだと?」

「夢では無いね。あんな子、街に居たっけ?」

「い、居ないな。初めて見た顔だ」

「何者なんだろうね。結構可愛いし」

「そ、そうだな」

「あの子に浮気しないでよ?」

「お、おう。当たり前だろ…」


 カップル冒険者も居るのね。

 熱々なお姿、ご馳走様です。

 それよりも彼女が裸だから何か着せてあげるといいよ。平面おっぱいが丸見えだから。



  ♢ ♢ ♢



 私が工房設置の工事を終える前。

 元気になった冒険者達は行商人達と共に火竜を引き上げて解体を進めていた。

 火竜の冷凍生肉はあげるね〜。


(建物は出来たね。家を建てた時の建材が残ってて助かったかも。ただまぁ、行商人の視線が滅茶苦茶痛い。商人の嗅覚っていうのかな?)


 雨戸を付ける前に金属サッシのすりガラスを設置していたら、目が爛々になっていたのだ。

 室内の採光を得つつも建物内を見せないガラスだから商材になると思っているのかもね。


(ここも柵で覆うから窃盗は不可だけど…)


 そんな視線を受け流しながら建物へと入った私は広い室内に空間拡張魔法を施していった。

 これを施さないと針葉樹が収まらない。

 建物は家より小さく1坪の小屋でしかない。

 その中に大工場並の空間を用意して魔道機械を設置するのだ。乾かした木材を粉砕する場所とか、聖水と混ぜる場所とか、糊は生のナーキ草を砕いて聖水と混ぜるだけで完成した。

 これ自体は頭痛薬そのもので粘度が高いから塗り薬として使われている。今は魔力回復ポーションを作る予定が無いから別用途が出来て安心だね。生のまま使うと白いクリームだし。

 それを聖水で薄めて飲まされた私って…。


「前世で製紙工場の視察に行ったのは良かったかもね。そうなるとオークのような元亭主には感謝しかないか。オークのような見た目でも実業家だったし」


 過去の光景を思い出しつつ工房区画の連携を設計図として羊皮紙に記していく。

 土間に直だけど気にしていられない。


「人の手を必要としない工房だから、停止中は余剰魔力を圧縮して魔石に戻すようにしないとね〜」


 材料が無いままでは作れる物も作れないし。

 材料を持ち運んで必要数出来たら停止かな?


「粉砕中とか轟音が鳴るだろうから、建物の内側に遮音結界を張っておかないとね。稼働中は許可者以外が出入り出来ないよう鍵も掛けて」


 ロール紙ではなくて羊皮紙と同じ大きさで。

 厚みの指定を行えば落とし紙にも出来ると思う。たちまちは創って試験してみない事には分からないけれど。上手くいけば御の字だね〜。

 ひと通り図面を描いたら空間収納へと羊皮紙を片付けて魔機創造のギフトを使ってみた。

 すると、


「おぅ…。魔力がごっそり持っていかれた〜」


 魔力が奪われる感覚に襲われて冷たい土間に座り込んでしまった。魔力残量を把握すると50しか無い…。マ、マジで?


「こんなことなら魔力回復ポーションを作っておけば良かった。後悔しかないね、今は…」


 後悔の最中、使われた魔力に相応する製紙魔道具が工房内へと鎮座した。デデーンって音が鳴って出てきたよ。その効果音要らなくない?

 常態回復スキルで魔力が完全回復するまでは呆然と魔道具を眺める。


「デ、デカい。というか金属がアダマンタイトとかオリハルコンじゃない? 錆びない造りを求めたからかな? ま、まぁ、ナーキ草の投入口と木材の投入口に材料を入れたら、自動で造り出されるから、別にいいか。80マイクロメートルから厚紙まで対応だし…」


 私の位置からは見えないが火竜の魔石も制御箱に収まっているようで、気のせいかもしれないが異様な圧を発しているような気配がした。

 アンタはおとなしく魔力源となってなさい!

 ある程度回復すると立ち上がりつつ、


「とりあえず。材木とナーキ草を指定分量? だけ入れて…。厚みは80マイクロメートルで、稼働開始っと」


 書かれた文字を読みながら材料を入れた。

 如何にも試験したような単語だよね、これ?

 失敗して魔力を無駄にするよりはいいか。

 しばらくして轟音が聞こえることなく出入口の紙棚へと湯気をあげる落とし紙が出てきた。

 試験では100枚だけ造ってみたけど、


「な、なにこの肌触り…。トイレットペーパーよりこちらがいいかも」


 聖水のお陰か分からないが高級な落とし紙が出来上がっていた。今後はこれを使おうかな?

 その後も上質紙の厚み毎に造り出しては、出来上がりに満足した。火竜の魔石の魔力残量も微々たる変化しか無かった。



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 これらは誰が創っているのだろう?



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