第10話 モブ勇者は愕然とする
「登録初日だと?」
「いきなりオークって何者だ?」
「胸と尻の大きな美人ではないのか?」
「だな。ナーキ草を30束っていうのも」
「ああ、最上級って何処で採れるんだ?」
「オークの数といい魔族領じゃないか?」
「「ま、魔族領…」」
酒飲み冒険者が背後で何か呟いているが、
(いきなりだけど、銀貨500枚は幸先がいいね。でも、オークは1体あたりは均一なのね。まぁ定期的に討伐依頼が入っているのはそういうことなんだろうな。解体費が含まれたら半減するみたいだし…)
ホクホク顔の私は銅等級のギルドカードを手に持ち、職員から配布されたギルド規約が書かれた羊皮紙を改めて読んだ。
解体費。未解体の魔物を持ち込むと1体あたりの5割が費用として差し引かれるらしい。
それは雑な解体でも同じで油断すると大損しかねない費用だった。私の場合は空間収納で熟練度を最大に引き上げた解体スキルが勝手に行ってくれるので、それほどの手間は無いけど。
(必要経費を差っ引いても残金が結構残るね)
元手が私の労力だけだから損は無い。
カードの裏面を見ると口座情報が記されていて更新する度に内容が書き換わるらしい。
仕組みが完全に認識票と同じだったけどね。
───────────────────
等級:銅等級(ユヅキ・レーク)
記録:銀貨500枚/入金
銀貨 1枚/引出
銅貨 5枚/引出
残高:銀貨498枚
├白金貨4枚:400万エル
├金貨 9枚: 90万エル
└銀貨 8枚: 8万エル
銅貨 5枚: 5千エル
───────────────────
入金は銀貨だけのはずだが額が額だけに白金貨と記されている。おそらくそれくらいの入金があることを示すためだろう。
手渡された後も追加で銅貨を下ろしているので銅貨の枚数だけがマイナスされているしね。
それでも手元に残る資金は平民生活では消費出来ない額になった。
(消費出来ないから売り払ったけど、ナーキ草はやり過ぎたかな? まぁ採取場所を問われてないからそのまま魔族領と思ってくれた方が助かるかもね。行こうと思えば誰でも行けるし)
ただまぁ、若干後悔してる。
体力回復ポーションも最上級になったから。
まさかナーキ草も最上級だったとは…。
なお、魔族領は近場にも存在していて、この辺りだと王都の北西部にも鎮座している。
鎮座というと乗っかっている風になるが本当に鎮座しているのだ。この世界も一応惑星で一般的な魔族領は空に浮く島だ。一般的な、ね。
その一般的な例で言えば魔王城のある浮島は遙か北方に存在してて認識出来る者しか行き来が出来ない。ある意味で地獄、ある意味で腐海かと思うほどの土地なのにモーベ草とナーキ草等が沢山生い茂る謎領域だった。
ただ、その浮島が原因不明の事象で落下してきて魔物共が地上を徘徊するのだ。集落に落下すると下敷きの住人達はアンデッドと化す。
意識無きまま歩き回る骸骨やら幽霊やらが溢れる。光属性持ちが近くに居ないと生き抜く事が困難な領域でもあるのだ。
それを知る背後の冒険者達は小声で話し合ったままだ。
会話を聞く限り光属性がどーのと話してる。
(光属性持ちと思ってもらう方がいいかな?)
光属性は神官職以外でも持つ者は持っていて大半は隠している。示すと勧誘が酷いからね。
一般的には勇者と聖女と神官がもつべき属性だそうだ。あくまでこの国の一般的、だけど。
(いや、示すと面倒を引き込むし放置かな?)
ギルドカードを空間収納へと片付けた私は用事を終えたので、ギルド本部を後にした。
この後は飛脚ギルドに立ち寄って後見人への手紙を依頼するだけだ。封筒には切り取り線を入れているから開けるのは簡単だと思う。
ここから開けるの文字と矢印付きだしね。
(フォス公爵だから心付けを用意したけど…)
このまま王都に居てもいいが銅等級で出来る仕事はあまり無いのだ。私の後継者、雑用の見習い君が走り回っているのだから。
下水道の魔物駆逐とか魔族領のアンデッド掃討とか、貴族様の筆頭勇者共が絶対に行わない雑務を任されているから。
(そう考えると軟弱なのも頷けるかな。自分達のレベル上げは制圧した魔族領内の迷宮で行っているもんね。下駄を履かせた令嬢達と共に)
下駄。銀等級冒険者とパーティを組み、全ての討伐を冒険者に任せ、安全圏にテーブルを置いて茶を啜るゲスい行いで経験値を得ている。
当然、不労取得だから実戦では瓦解する。
(パーティ分配を悪用して実戦で詰むバカを実際に見たもんね。レベル99が泣いていたね)
侯爵子息だけは後半から本気を出して真面目にレベルアップしていたらしいけど。あれもミウがやる気を出させたことが真実だった。
(何を約束したんだか。機会があれば聞いてみよう。そんな機会なんて絶対に訪れないけど)
そう、思いつつ飛脚ギルドに向かっているとド派手な馬車とすれ違った。それは妙に見覚えのある白板と金をあしらった馬車だ。
しかも窓から見えたのは乱れた銀髪だった。
「え? 今のはミウ?」
きょとん顔で振り返ると馬車は凄い勢いで遠ざかっていく。南東は街道門だったはずだ。
「ま、まさか、ね?」
そのまま見送るのも周囲の目があるので進行方向を向きつつ飛脚ギルドに入った。今の私の容姿だけなら聖女様の親類にも見えるし銀髪碧瞳の容姿はとある聖女様1人しか居ないから。
後輩の聖女達は金髪とか茶髪とか色取り取りなんだけど魔力がそうさせるのか、ミウだけは綺麗な銀髪なんだよね、羨ましいくらいに。
(羨ましいって私も同じ色合いじゃん、今は)
何はともあれ、受付で手紙を取り出し送り先と費用と心付けを手渡して無事に受理された。
心付けが無いと信書扱いされないけどね。
雑に扱われて届かないなんて事もある。
心付けを追加する事で重要書類の位置づけになるのだ。これも大聖女とか国王陛下が相手なら金貨5枚は必要になるだろうね、きっと。
送るなんてことは無さそうだけど。
(あ、でも珍しい紙だったから職員が何度も撫でていたような…? 受付職員は貴族家の御令嬢とか聞いたし、ひと波乱があるかも…)
横目だけで振り返ると御令嬢達が私を何度も見てはコソコソと意味深な会話をしている。
薫り付きだから余計に反応されたようだ。
(フォス公爵に送る手紙だから品質を引き上げたけど、これは少しマズったかな?)
トイレットペーパーは用意出来ないが上質紙だけは早急に用意する必要があると思えた。
香水も同様に、ね。蒸留器も造らないと。
(トイレットペーパーも薄い落とし紙にした方がいいかも。明らかに文化圏に合わない気もするし…。それなら便座も聖水を用いた洗浄乾燥式に変えようかな? 魂を含まない排泄物に限定すれば経血も消えると思う。丁度明日から始まるみたいだから、試してみようかな)
便座は個人的な魔道具だけど便利な方がいいしね。それと共に製紙設備を湖畔側に設ける段取りを思案しながら飛脚ギルドを後にした。
♢ ♢ ♢
飛脚ギルドを出た後、気配遮断しつつ空間転移で住処の玄関へと戻ってきた。
「先に便座から用意しよ。陶器便座の座面を外して突起部に乗せる形状にしておこうかな?」
我が家は玄関脇にトイレがあるので、扉を開けたのち思いつくまま新便座を造った。
「稼働は壁にぶら下げたポプリ入の銀板の魔法陣に触れたら稼働するようにするかな。自前の魔力で1MPだけ使えばいいでしょ。少し触れるだけで…。おぉぉぉぉぉ…。ふわぁぁぁ…」
無音状態から冷温聖水魔法陣が展開された。
綺麗に洗い浄めて排泄物を魔力に戻した。
最後は冷温風浄化魔法陣に自動で切り替わって温風が襲いかかった。やばいハマりそう…。
なお、冬場だけは冷水と冷風は出ない。
色々と凍えてしまうから。
「位置の切り替えも自動で良さそうだね。同時だったら複合展開になるかもだけど」
あとは軽く拭いて水を流した私だった。
「スッキリ残ってないね。浄化魔法様々だよ」
王都からずっと我慢していたからある意味で助かった。地下に下水道はあっても基本は垂れ流しだからね。浄化魔法を下の処理に使うのは神官の方々だけだから。
何はともあれ、トイレの生活必需品の段取りを終えた私は玄関から出て鍵を閉めた。
「これで無事に明日を迎えられるね。キツい生理が訪れてもドンとこいだよ! まぁ、あがってからだから、20年くらいの差はあるけど」
振り返りつつ前方の光景に頬が引きつった。
「は? い、一体、何があったの?」
こ、湖畔に冒険者が死屍累々なんですが?
♢ ♢ ♢
《あとがき》
湖畔で何があったのか?
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