第8話 モブ勇者は予定を繰り上げる


「食べ過ぎた! でも、美味しかったぁ〜」


 1人前にしては少し多すぎた夕食を食べ終えて食器を片付けた後はリビングに敷いた白い絨毯の上に寝転びながら天井を見上げた。


「朝は侯爵子息から袈裟斬りにされて地面に寝ていたのに今は柔らかな絨毯で寝転んでいる。雲泥の差ってこういうことを言うのかな?」


 それこそ早朝の魔王討伐戦が嘘に思えた。

 嘘ではないけど、死んだのは確かだし。

 女の子に生まれ変わった実感も湧いているけれど何処か寂しい気持ちもあった。


「静かだ。学園を2年で卒業して王宮で過ごしていた頃は兵が取っかえ引っかえで出入りしていたからここまで静かな時間は過ごせなかったね」


 学園卒業後は作戦開始前まで連日のように忙しかった。休める時は休んだけど雑用が多かったから寝たのは作戦開始の前々日だけだろう。


「気づいたら作戦開始日ってね。爆睡どころでは無かったよね……疲労困憊だったのかな?」


 地獄の日々から一変した新生活だ。

 身体に慣れても環境に慣れるのは時間が掛かりそうだ。転生初日も同じだったし。

 先の夜襲では耳が痛いと思うほどの剣戟を、兵と魔族達の断末魔を、魔王の威圧に怯えた者達の叫びを直で耳にした。レベルが高くとも精神は脆弱ってやつだ。その脆弱なバカに殺された私が言うのもおかしな話だけど。

 そんな異常過ぎる特殊環境から一変した現状を思うと何処までが本当で幻かは分からない。


「まぁ触れれば幻ではないって分かるけど…」


 胸と、尻と、妙に軽くなった場所に触れる。


「うん。懐かしの身体だ…。あ、生理用品も用意しておかないと。こちらの世界の処置は…」


 かつてのミウが隠れて太腿と脹ら脛をハンカチで拭いていたから基本は垂れ流しだと思う。

 そもそも男女問わずノーパンなのだ。

 そこに処置云々の事情は皆無だろう。


「たちまちは股布に浄化魔法陣を付与するしかないかな。それか始まる時期を把握するか…」


 それをどうやって正確に把握するかだが。


「魔法書庫に関連する魔法がないかな?」


 そう呟きつつ検索ワードを思い浮かべる。

 すると該当魔法が見つかったので、


「生体検査魔法。広域回復のギフトに付随する特殊魔法かぁ。ミウはこれで始まる時期を把握しているのね〜」


 私も試しに使ってみた。

 ただ、ギフトと違って魔法行使では呪文と鍵言が長すぎた。魔力消費はそこまで無いが銀板が出るまで時間が掛かった。

 体内を精査中かな?


「フムフム。詳細は分からないけど簡略化された体内情報が記されると。生理時期を知るには銀板の該当臓器に触れるのか。明後日じゃん」


 なので1度使ってイメージを掴んで、


「銀板を閉じて、目を閉じてイメージして」


 魔法名はそのままに呪文を省いて新しい鍵言のみで行使出来るよう改良した。


「【ボディチェック】…」


 改良後は先と同じような銀板が出てきた。

 そこへ自己鑑定魔法と同じように詳細を意味する鍵言を追加する。


「【ディテール】…うぉ! 詳細過ぎるよぉ」


 試しに追加してみたら、グロいの。

 簡略化ではなく高精細な体内情報が出た。

 自分の体内をこんな方法で見るとは。

 脇腹を突けば同じようにヘコみ、皮膚を引っ張ればそこだけ伸びるという。そのうえで魔力源を探すと胆嚢と同じ形状の魔石があった。

 それは胆嚢と表裏一体みたいな形状だ。


「私達の魔力源も魔石なのかぁ。銀板で触ることは出来ないけど体内にある内は柔らかいのかな? 固すぎると周囲臓器を傷つけるもんね」


 この中へレベルアップ毎に魔力が溜まると。

 多分、魔力を圧縮して保管してるのかも。

 異世界の人体は実に神秘に溢れているね!

 それはともかく、


「生理周期もこれで判明だね。しかしまぁ明後日かぁ〜。キツいのは嫌だなぁ。楽に終わるといいけど、こればかりは体験してみないとね」


 生体検査魔法の銀板を閉じた私は予備の下着を用意しつつ股布に浄化魔法を付与した。

 流石に赤飯だぁって喜べる事案ではない。



  ♢ ♢ ♢



 そして翌朝。

 のそのそとベッドから起き上がり魔法的に閉じていたシャッター式の雨戸を鍵言で開けた。


「朝か…【おはよう世界】」


 寝る時は【おやすみ世界】で雨戸が閉じる。


「さて、今日も1日、のんびり過ごしますか」


 言葉ではのんびりと言ってるが昨日の残り作業が残っていたりする。死蔵となった各種鉱石とか風呂釜の上にパン釜を増設する事とか。

 自室からリビングを抜けてトイレに入る。


「あれ? そういえば…」


 お花摘みの最中に大切な事を思い出した。


「フォス様に報告してない」


 それは私とミウの身元を保障する名目で陛下から命じられた後見人だ。身分は公爵で私達を自身の子と同じように愛してくれた御仁だ。

 おそらくミウから伝わっているとは思うが、


「手紙だけでも出そうかな? 辺境から出すと居場所がバレるから、王都に空間転移して飛脚ギルドに依頼するか。そうなると冒険者ギルドの登録が必須になるね…。家名、どうしよう」


 直接目にしないと気が済まない質である事を思い出したので手紙をしたためようと思った。

 ただ家名が無いと冒険者ギルドの登録もままならないので頭を悩ませることになったけど。


「う〜ん? 森の近くに居るからレークでいいかな? 凄い安直だけど。フォレストレークなんて長すぎるし貴族っぽいし」


 結果、レークという家名を使うことにした。

 平民は自分で決めることが出来るから。


「ユヅキ・レーク。慣れるまでは我慢かな」


 家名を決めるまで便座に座りっぱなしというのも締まらない話だけれど。そして浄化魔法で両手を浄めて脱衣所に移動しつつ顔を洗う。

 歯ブラシにも浄化魔法を付与しているので磨き粉要らずだ。寝間着としていたホットパンツとキャミソールを脱いでブラを着け、レギンスと迷彩柄の短パン、濃緑のTシャツと迷彩柄のベストを羽織り、朝食の準備に取りかかった。


「昨晩の残りだけど、まぁいいか」


 流石に多すぎたから亜空間の食料庫に片付けておいたのだ。時が止まっている関係で熱々のままだから再加熱の必要はない。

 朝食を終えると食器を片付けて本題に入る。


「便箋と万年筆を造って、報告と同じ内容を」


 便箋にサラサラと記していく。

 余計な前置きは抜きにして。

 ただ、アイクの名とすると生きている事がバレるため、平民から徴集された一般兵とした。

 騒ぎを聞きつけて様子見し、最期を看取って1人だけ転移で送り届けられたと記した。


「ミウに隠していた事情も詳しく書いて」


 女の尻を追ったとか思われそうだし。

 文章をひと通り眺め便箋を封筒に入れて米粒で糊付けした。本来なら蜜蝋で封じる方がいいけど平民は持っていないから。


「玄関から出入りすると冒険者に見つかる可能性があるから室内から王都の路地裏まで空間転移しないとね。それとオーク肉の半分を空間収納に移して、昨日収穫したナーキ草の30束も買い取って貰えれば登録料にはなるかな?」


 ナーキ草の入った革袋を背負いつつ出掛ける準備を行う。


「戸締まりよし! 魔物防御結界よし? あらら、結界を叩いてる? 外の冒険者は無視!」


 カーテンを閉めたままだったのでチラ見しつつ無視を決め込んだ。大きな家が出来ていたから不審に思ったのかも、知らんけど。

 つか、叩いたくらいで結界は割れないよ?

 属性竜のブレスでも割れない結界だもんね。

 無視を決め込み遠視スキルで転移先を探す。


「確か登録料は銅貨2枚・2千エルだっけ。買取で登録料までの金額にいけばいいけどねぇ」


 この世界の貨幣は下から順に鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨となっていて鉄貨10枚で銅貨1枚に相当する。そこから上も10枚毎に価値が上がり最大は白金貨で単位はエルだ。

 大まかな価値観でいえば鉄貨が百円、白金貨が百万円という認識で私は捉えていた。

 なお、冒険者は除くが平民は銅貨までしか手に入らない。商家は銀貨まで貴族は金貨までだ。

 白金貨は王家の者しか扱えない貨幣だ。

 平民1人あたり銅貨6枚で1年が過ごせる。

 その代わり、平民1人の命の扱いは軽い。

 王侯貴族にとって平民の命などそれだけの価値しか無いのだから。

 ともあれ、転移先を見つけた私は、


「さて、王都ユーリに向かいますかぁ!」


 鋼鉄入りの黒ブーツを履いたのち、玄関から王都まで転移した。これで蹴りを入れたら相手が悶絶するかな? 金的なら確実に潰すかも。



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 冒険者が結界を叩く?

 ブレスでも割れない結界を。

 


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