第5話 モブ勇者は混乱をもたらす


 風呂のために住処へ戻る帰り道。

 不意に気になった近くの岩場へと降りた。


(これって…… が、岩塩?)


 そこは湖と街道の中間点。

 森の中程に存在する小さな岩場だった。

 目覚めた場所と獣道を挟んだ反対側だ。


(以前あったかな? ああ、ここを見る前に大ウサギに遭遇して街まで逃げたっけ)


 その大ウサギは私の成長の糧になったけど。

 ちなみに近くの獣道を北東に抜けると辺境街に向かう街道へ繋がる。街道を北西に進むと貴族の住まう領地が複数存在する。そこから複数の分岐を通り抜けると王都へと到着するのだ。

 方角的には西北西に位置するがこの辺境からしたら、その場所はかなり奥に存在する。


(まぁ王都に行く事は無いと思いたい。空間転移を使えば一瞬だけど用事は無いしなぁ)


 岩場を隅々まで見て回ると大きな洞穴があった。そこには子ウサギが10匹も寝ていて、ここが大ウサギの巣であると知った。


(良かった気配遮断してて。このまま残すと第2第3のボスが現れるから、南無さん!)


 存在感から将来を危惧した私は水属性と風属性の凍結乾燥魔法と粉砕魔法を洞穴めがけて行使した。それは中で眠るウサギ共を凍らせたのち絶命させる魔法だ。乾燥が済むと同時に粉砕魔法で魔石を除くウサギの身体を粉々にした。


「10個の魔石を回収して干し肉の破片は近場の野営地に転送で届けるか。ゴブリンが住み着くだろうけど冒険者が駆逐してくれるでしょ」


 他人事かもしれないけど、その冒険者達のせいで孤児院へと強制収容されたようなものなので実に簡単な報復を与えた私だった。


「勇者の行いではないね。元、勇者だけど〜」


 これが追々自分の身に降りかからないことを願うばかりだが、なったらなったで魔法で駆逐するだけだけど。

 そうして岩場の洞穴に金属製の扉を設置しつつ岩場の外側から10個の岩塩を削り採った。


「これだけあれば当面は困らないかな?」


 その足で住処のある湖畔へと戻った。

 住処から割と近い位置にあるから定期的に削りに向かってもいいかもしれない。オーク肉を使った保存食を作るのもいいだろうし。


「妥当なのは凍結乾燥魔法による干し肉かな。一応、小腸の薄皮が残ってる? 腸詰めは燻製小屋を設置してからになるから、後日かな?」


 住処に戻ると玄関扉の鍵を開けて施錠する。

 出入りの間も魔物防御結界は残ったままだ。

 この魔物防御結界は1度でも展開すると解錠から施錠する1分以内であれば継続的に維持される。1分を超えると結界が消失するけど。

 仮に消失しても施錠すると再展開出来るが。

 魔物の多い未開拓領域だからこそ必要な結界だねぇ。倒せないことはないけど寝込みを襲われることだってあるから、私も女の子だし。


「食料庫にオーク肉と岩塩を移して……」


 キッチンでゴソゴソした後は待ちに待った風呂である。タイル地の湯船に温水生成魔道具で温湯を張り、鍜治小屋に併設した風呂釜で丁度よい温度まで上げていく。1人で入る風呂とはいえ、この手間も楽しみの1つだった。


「木々の爆ぜる音が良い味を出してるねぇ〜」


 流石に急ぐ時はシャワーで片付けるが、現状でも急ぐなんてことは起こり得ないだろう。


「丁度、44度に達したかな? 冷める頃合いで浸かっても問題ないね」


 そうして汗だくになりながらブラウスとスラックス、上下の下着を浄化篭に放り込んで、バスタオルを脇に置いたまま風呂場に入った。


「祝・異世界初の風呂!」


 1人で騒いでアホらしいが、この世界での身体を浄める方法は温湯で身体を拭く・水浴び・沐浴場併用の浄化魔法しか存在していない。

 そして温湯で拭くのは王侯貴族だけだ。

 私の身分では水浴びが常識となっている。

 浄化魔法は神官職のみが行う禊ぎだ。

 シャワーで汗を流して整えて湯船に浸かる。


「はふぅ〜。生き返るぅ〜」


 石けん無しでも綺麗になる私の身体。

 そういえば造物魔法では薬品が作り出せなかった。ボディソープが欲しいと思っても浄化不可の文字が出て不発に終わっただけだけど。

 代わりにカミソリは簡単に造り出せた。

 魔法にも出来る事と出来ない事があるようだ。これも追々だが再検証が必要だろう。


「いや、生き返ったんだけどねぇ〜」


 天井を見上げると光属性の照明魔法を付与したガラス板の魔道具が煌々と輝く。

 これで夜中でも日中の明るさが維持出来る。

 光属性だけに風呂掃除も必要としない浄化作用が使用時に常時発生する特殊な照明だ。

 しかも人の動きを感知すると1時間だけだが風呂場を浄め続ける魔道具となった。


「照明浴するだけで浄められそうだよね…」


 ま、まぁお湯に浸かって心を癒やす方がマシなので苦労してでもお湯を沸かすのだけど。

 自分に自分でツッコミを入れるくらいには心に余裕が出てきただろう。

 不意にこれまでの経緯を思い出したから。


「衰弱死からの異世界転生。擦った揉んだあって殺されて再誕って、不可思議な気分だよ〜」


 魔王を倒したから生えたギフトなのか、倒す前に生えたギフトなのか分からないが。

 私と同じように私を殺す事でレベル100にまで上がった筆頭勇者君は元気だろうか?

 そこで私はあることを思い出す。


「ああ、嘘を吹聴される前に真実を伝えておかないとね。えっと、伝わるかな?」


 相手の顔と名前を思い浮かべ、腹の中心にある魔力源を意識して必要量を練り上げる。

 詠唱は一切せずに鍵言だけを発する、


「【伝令】…」


 そして遠隔伝令魔法を行使した。

 これは行使する側の魔力が空間を飛び越えて相手を包み込む無属性の魔法だ。包み込む間は防御結界で覆われたように命が護られる特性を持つ。今のところ私しか使えない魔法だけど。

 それもあって伝令役として最終報告義務があったことを思い出したのだ。これを完遂しないことには今期の勇者職からは解放されない。


「魔王城よりは近いから直ぐに繋がると思うけど。あ、届いた? 寝ていたかな。反応が少し遅い。夜襲に向かう前まで起きていたもんね」


 相手は1人の聖女様だ。

 魔王討伐に参戦する前に勅命で見送りになった聖女様。勅命ではなく筆頭勇者が掛け合って行かせない手続きを踏んだことが真実だけど。

 前の私と聖女様は同年代でありながら義兄妹のように仲が良かったから妨害に走っただけなのだろう。同じ孤児院の出身だったしね。


(というか私が一方的に襲われたけどね…)


 そう考えると同性になったのは良かった?

 寝込みを襲われる心配が無いから。

 と、ようやく完全に繋がった。


『ア、アイクなの?』

「魔王討伐の報告を行います」

『え、女の子? あ、待って。記録するから』


 ああ、声音で気づくよね。

 ハスキーボイスから可愛らしい声音だし。


(伝令記録魔法を行使したかな? 聖女様も闇属性魔法以外は使えるもんね…)


 準備が整うと同時に淡々と報告を行う。

 風呂場で反響しているのはご愛敬って事で。


『ど、どうぞ』

「夜襲による魔王討伐完了」

『良かった〜。これで安心した』


 安心、か。声音を聞く限り早期の帰還を待っている感じかも。それは無理な相談だけど。


「魔王に怯えた筆頭の処刑により後衛の雑用が死亡。遺体は魔王城の麓に放置。魔王討伐の功績は兵達の独断で筆頭勇者に全て委ねられた」

『ざ、雑用が死亡? あ、貴女は誰なの?』

「存命は貴族の5人と兵達のみ」

『そ、それだけ?』

「3年後に帰還。但し、3年後に魔王も復活」

『は、はい? 復活って』


 これは混乱すると思う。

 帰還した直後に復活だから。

 それでも淡々と疑問に応じず、


「最後に遺言。ミウ、俺よりも長生きしろよ」

『ふぇ? な、なんで本当の名前を知ってい』

「以上」


 伝令を終了させて報告義務を完遂した。

 一方通行の報告だけど肩の荷が下りたぁ〜。

 それでも後が気になったので覗き見した。


「多分、混乱してるとは思うけど…?」


 遼遠偵察のギフトで王宮を覗くと私と同じ色合いの銀髪ロングヘアで碧瞳の美少女聖女様が大混乱なまま自室で大泣きしていた。そこへ衛兵達が駆け込み報告内容を知って陛下へと伝令に向かう。


「こうやって見ると私の姉だよね?」


 顔の造りはともかく髪と瞳と肌の色が同じだった。造りの見本は聖女様でしたってか?

 まぁひと目見た瞬間、ミウかと思ったけど。


「そのまま陛下へと進言して大聖女の神託と共に逆賊の筆頭勇者となってしまった。隠せると思ったら大間違いだった、か。神託、恐っ!」


 でも神託かぁ。

 居場所がバレないといいな、うん。



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 フ、フラグ?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る