第14話 千頭駅

幸助からエイプ100スペシャルをサプライズプレゼントされた萌歌は、貰った昼飯代のお金を持って早速エイプに乗って国道362号線を千頭方面に向かって走っていた。


ヘルメットは幸助がサイズミスして一度も使ってなかったハーフヘルメットを被ってみたらピッタリだったので譲ってもらった。

ただ、付属のゴーグルが小柄で顔が小さい萌歌にはイマイチしっくりこなかったらしく、他の目の保護の方法を幸助と考えていると妻の涼子が「それならこれはどう?」とグリーンレンズのサングラスを持ってきてくれた。

視力が悪くない萌歌は度付きレンズじゃなくても問題ないのでこのまま使用できる。

欠点はサングラスだと走行風を巻き込みやすいところだが、原付二種だと一般道しか走れないうえに速度域を考えてもサングラスで十分だろう。


エイプに乗る上で問題だったのはエンジン始動の際のキックスタートだった。

教習所ではセルスタートだったので、やり方を教わっていないので幸助にやり方を教わるしかなかった。

100ccのエンジンなのでそこまでハードルは高くなく、やり方を教わり何回かやってるうちにコツを掴んですぐにエンジンを始動できるようになった。

排気量が大きいバイクになるとキックも重くなる上に、正しく圧縮上死点を出さないとシリンダーの圧力に押し戻されて振り下ろしたレバーが跳ね返ってくることがある。

俗に言う「ケッチンをくらう」というやつで、運が悪いと跳ね返った勢いで足にかなりの衝撃とダメージを受ける場合があり、最悪の場合骨折をすることもある。


萌歌は、作業つなぎのままエイプに乗って国道362号線の数少ないコンビニ近くまでくると見覚えのあるバイクとオーナーが飲み物を飲んで休憩していたので急遽コンビニに寄ってみることにした。


「おぉ、萌歌くんじゃないか」


見覚えのあるバイクとオーナーは、教習でお世話になった佐倉教官とヨシムラコンプリートのカタナ1135Rだ。


「こんにちは、教習の時は本当にお世話になりました。佐倉教官は今日はお休みなんですか?」


萌歌がそう聞くと「あぁ、久々の休みだから軽く走ってる」と缶コーヒーを飲みながら佐倉教官は言った。

佐倉教官は萌歌のエイプを見渡すとこう言った。


「綺麗なエイプだな、まだこんな極上車があったとは驚きだよ。それにしてもかなりマフラー拘ってるなぁ…ワンオフのステンレスか?さっき走ってくる音を聞いたがかなり良い音してたぞ」


まだ萌歌には詳しいことはわからないが、幸助はバイクの音にはかなり拘っているらしく馴染みのマフラー屋にワンオフ製作を依頼しているらしい。

もう少し佐倉教官と話したいことはあったが、あまり長居して職場に戻る時間が遅くなってもいけないので萌歌は佐倉教官と別れて千頭に向かった。

コンビニを出るときに100ccなので回転数が高めで加速していくが、ワンオフマフラーのエイプの音は純正マフラーの250、400ccクラスのバイクより太く回して行くと甲高く鳴きが入って気持ちいい。


「ふむ、小型単気筒とは思えない良い音だ」


走っていく萌歌を見ながら佐倉教官が缶コーヒーを飲み干すと、萌歌とは逆方向に国道362号線を走っていった。


萌歌はもうしばらく走ると、千頭駅に到着した。

千頭駅は大井川鐵道の駅の中でも観光案内所があり周辺施設もそこそこ充実していて商店や飲食店が多い。

萌歌は定食屋の近くにエイプを停めると、店内に入った。


「いらっしゃいませー!…あら、萌歌ちゃんじゃない」


千頭にある定食屋は、祖父の宗次郎が生前の時によく一緒に食べに来ていたので店員さんとは顔見知りなのだ。

これも田舎ならではというやつだろう。


「こんにちは、カツ丼ひとつお願いします」


萌歌はカツ丼が好物でここにくると必ずカツ丼を食べる。

昼飯時から少し時間がズレているので、お客さんが少なかったので注文して10分くらいでカツ丼がやってきた。


「いただきます」


萌歌は両手に手を合わせて食材に感謝を込めて言うと、カツ丼を食べ始めた。



自分でバイクを運転して、1人で定食屋に食べに来てみて萌歌はちょっぴり大人になった気分になった。

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