第10話 スラロームと一本橋
初教習から2日後。
萌歌は自転車で教習所に来ていた。
ヘルメットとプロテクターを身に着けると、佐倉教官がやって来るのをベンチに座って待っている。
今日もバイクの教習を受けるのは自分だけらしく、本当にここは教習生が来ないんだなーと思っていると佐倉教官がやってきた。
「おはよう、萌歌くん。今日はスラロームと一本橋をやるぞ」
佐倉教官はそう言うと、2台縦に並んでいる1番前に停車している教習車のバイクに乗車するとスラロームの場所まで移動するから佐倉教官の後ろに停車しているバイクに乗ってついてくるように指示すると、萌歌もバイクに乗車してエンジンを始動するとギアをローに入れて佐倉教官の後ろについていく。
萌歌は教習がなかった日は、仕事の合間をみて幸助に言ってバイクを使わせてもらい発進の半クラッチの練習をしていたので、初日よりクラッチ操作がだいぶ上達している。
スラロームのスタート地点に着くと、バイクのエンジンを切って佐倉教官がやり方の説明をしてくれた。
「いいか?萌歌くん、スラロームはギアはセカンドのまま等間隔に設置されたパイロンを左右交互に車体をバンクさせながら通過する。まぁジグザグ行くイメージだ、手本を見せるからよく見ておくように」
佐倉教官はそう言うとバイクのエンジンを始動してスラロームに進入した。
佐倉教官は左右交互にバンクさせながらリズミカルに通過していく、バンクさせた時にスロットルを戻し車体を起こすのにスロットルを少し開けてを繰り返している。
スラロームには指定タイムがあるらしく8秒以内通過らしいが、佐倉教官はどう見ても5秒程で通過しているように見える。
佐倉教官がスラロームを通過すると「よし、次は萌歌くんだ」と大きめの声で少し離れた所から言ってきたので萌歌は手を上げて了解を伝えるとエンジンを始動してスラロームに進入していく。
1つ目のパイロンを左へ、そして2つ目のパイロンを右へバンクさせようとするが自分が思ってる以上にバイクが傾かずにそのままパイロンに激突して焦ってそのままエンストして転倒した。
「…痛っ…」
転倒して少し右肘を打ったがプロテクターがダメージを緩和してくれたおかげで、少し痛むくらいの程度で済んだ。
佐倉教官が小走りで萌歌の元へやってきた。
「大丈夫か?…怪我はなさそうだな、バイクを引き起こしたらもう一度スタート地点からやり直しだ。最初は慌てずゆっくりでいいから通過してみろ」
萌歌はバイクを引き起こすと、バイクをスタート地点まで押した。
エンジンを始動して今度はゆっくり通過してまずは感覚を掴むことにした。
かなり遅いペースだが、とりあえず通過すると「よし、今度は一本橋だ」と佐倉教官が言うので先ほどと同じように佐倉教官がまずはお手本を見せる。
一本橋はギアはローのままで平均台に乗ったら、視線を真っ直ぐ見てしっかりニーグリップして車体を安定させて、肩の力を抜くことがポイント。
佐倉教官は7秒以上で通過すると言っていたが、どう見ても10秒以上かけて速度をかなり落としてバランスが取りにくいであろう低速で見事な通過をしている。
「よし、萌歌くん始めていいぞ」と言われて萌歌はギアをローに入れてゆっくり発進して平均台をゆっくり通過していく。
意外にも萌歌は一本橋がわりと得意な感じで、車体がふらつくこともなく安定して通過することができた。
体格が女性の中でも145cmと小柄で細身なのでバイクに跨ると意識しなくてもニーグリップ状態になってしまうのが逆に良かったのかもしれない。
「ふむ、一本橋は何も言うことはないな。9秒で通過出来ている、上出来だ!」
佐倉教官が萌歌のことを初めて褒めた瞬間だった。
今日の練習はスラロームと一本橋をひたすら繰り返して行うことなので、この後は萌歌は自分のペースでひたすらスラロームと一本橋を繰り返した。
何度も練習してる中で特に佐倉教官から指摘されたのはスラロームの通過速度だったので教習が終わる残り15分前は、ひたすら車体をバンクさせる練習を佐倉教官とマンツーマンで指導された。
2時間の教習もあっという間に終わり、萌歌は教習手帳にハンコをもらって次の教習の予約を入れた。
萌歌が帰ろうと思って自転車置き場に行くと、なんと自転車がなくなっていた。
「え?…もしかして盗まれた…」
おそらく近所の悪ガキか、ボケた老人が乗っていってしまったのだろう。
萌歌の自転車は鍵が壊れていて車輪をロックすることが出来ないので、どうせ田舎だし盗まれることはないだろうと思ってたのが甘かった。
歩いて帰るか…と思ってるとかなりレーシーな太いリッタークラスのバイクの音が近づいてきた。
「萌歌くん?どうしたんだ?困った顔をして」
萌歌は振り向くと黒いボディの大型バイクに乗っているレーシングスーツを着た佐倉教官だった。
「自転車が盗まれてしまって…」
萌歌は事情話すと佐倉教官は「送ってやろう、後ろに乗りなさい」と言ってくれた。
萌歌は佐倉教官のバイクの音と存在感に圧倒されていた。
「このバイクは、ヨシムラカタナの1135Rというやつだ、説明すると長くなるぞー」
佐倉教官がそう言うので萌歌は「あ、じゃあ聞くのはまた今度で(笑)」とサラッと会話を流した。
カタナ1135Rとはバイクのチューニングパーツやレースなど幅広く展開している二輪界の大手メーカーヨシムラが製作した最高峰カタナで、世界に僅か5台しか存在していないという貴重なバイクだ。
購入するには、お金だけでなくヨシムラに作文を送って審査通過した者だけが買えるバイクなんだとか?
どちらにしてもカタナ愛に溢れた人しか買えないというやつだ。
「本来このバイクはタンデムを想定してないから…うまく乗ってもらうしかないな」
佐倉教官がそう言うと萌歌は跨がる感じに乗るのではなく、よく女性がバイクの後ろに乗るときにスプロケット側に両足を出して座る方法で乗車した。
佐倉教官が「私の体にしっかり捕まるんだぞ」と言うとカタナを発進させた。
初めての大型バイク、しかもヨシムラ最高峰のカタナに乗った萌歌は教習車とのパワーの桁違いさに恐怖感しかなかったが、これが大型バイクなんだと思った。
「どうだ?大型バイクは?最高だろ?」
佐倉教官が話しかけてきたので萌歌はこう返した。
「今の私には大型バイクは、とてもじゃないけど乗りこなせないです。音もパワーも異次元ですよ」
萌歌がそう言うと佐倉教官が笑っている。
この人がこんな風に笑っているところ初めてみた気がした。
「萌歌くんもいつかリッターバイクに乗ってみたいと思う日がくるさ」
佐倉教官はそう言うと、少しスピードを上げて国道362号線を走り抜けていった。
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