第3話 報告
各務原夫婦のところで晩ごはんをご馳走になった萌歌は、家に帰宅して風呂に入るとすぐに布団に入った。
「ふぅ…とりあえず明日先生に報告しよう」
思ってたよりあっさり就職先が決まってしまったので、ちょっと拍子抜けしたところもあったがとりあえずはひと安心だ。
萌歌は祖父の仏壇に顔を向けた、ついこの間まで元気だった祖父はもういない。
仏壇の横に置いてある写真立てには、若い頃の祖父と萌歌の両親の横に赤ん坊の自分を抱いている3、4歳くらいの女の子が写っている。
祖父が元気だったときにこの女の子が誰なのか聞いたことがあった。
この女の子は二階堂愛琉という子で、父の歌寿の姪らしい。
つまり萌歌の従姉妹の姉ということだ。
父の旧姓は二階堂で実家は弟が継いだらしくその娘になるのが愛琉だ。
「愛琉ちゃんって…どんな人なんだろ」
萌歌はそれだけ呟くと部屋の明かりを消すと、眠りについた。
翌朝、6:30に起床した萌歌の朝食は簡単に済ませられると言うことでエナジー系ゼリードリンクを好んで飲んでいる。
萌歌は制服に着替えて顔を洗い、歯を磨くとセミロングの髪を簡単にとかして戸締まりをして外に出た。
「いってきます」
家に向かってそう呟くと、萌歌は自転車で学校に向かった。
ここから学校までは自転車で10分程。
萌歌は学校に着くと真っ先に職員室に向かった。
「失礼します」と言いながら入ると、担任の田中先生が萌歌に気づいた。
「おはようございます、轟さん?どうかしたの?」
田中先生がそう言うと、萌歌は近くに歩いてきて就職先が決まったことを告げた。
「就職先が決まりました、私がこの地に来てからいろいろとお世話になっとるバイク屋さんです」
萌歌がプロショップ各務原のことを説明すると、この辺でバイク屋と言ったら大体そこで買う人が多いのでここら辺の地域の人なら大抵の人は知っている。
「あそこのバイク屋さんね、先生も高校生の時に原付バイクを購入したのよ」
田中先生の地元は大井川鐵道の田野口駅付近で萌歌が卒業後に働くバイク屋に近い。
とりあえず報告を済ませたので職員室を出ようとしたら「良かったわね、就職おめでとう」と田中先生は微笑んで祝福してくれた。
「ありがとうございます」
萌歌はそれだけ言うと職員室を出て教室に向かった。
廊下を歩いていると同じクラスの同級生に話しかけられた、萌歌の住んでるこの大井川地域では高齢者ばかりで子供が少なく同じクラスと言ってもわずか5人程しかいない。
周りにショッピングセンターやチェーン店もなく、昭和50年以降世代と平成世代の比較的若い世代からしたら不便すぎる環境でしかない。
その為、9割の若者はこの地を離れて静岡の市街地の方へ引っ越してしまうケースがほとんどだ。
「おはよう、萌歌ちゃん!聞いたよ…進学しないんだって?」
同級生の近藤歩美が心配そうな顔で言ってきた。
まぁ、この時代に進学しないなんてどう考えてもおかしな話なので当然すぎるのだが…
「おはよう、進学するお金がないからさ…でも春から働く所決まったから、さっき先生に報告してきた」
萌歌がそう言うと、歩美は「どこで働くの?」と聞いてきたのでプロショップ各務原のことを話した。
歩美もそこで学生向けの自転車を購入したことがあるので知っていた。
2人は今後の進路について話しながら廊下を歩いて教室に向かった。
「私は春から島田でひとり暮らししながら高校に通うんだ!お互い頑張ろうね!」
歩美はそう言うと萌歌は微笑んで頷いた。
教室に着いたので2人が入ると、既に3人のクラスメイトがいた。
萌歌を除いた4人は2月に県立高校の一般受験が控えている。
少ししたら担任の田中先生がやってきて、本来なら出欠を取るのだが3年生は僅か5人しかいないのでパット見で誰が来てないのかわかるのでいつも省略している。
「皆さんに報告があります、轟さんが卒業後に就職することが決まりました!残りの皆さんは受験が控えています、ラストスパートなので頑張りましょう」
先生がそう言うと、クラスメイト達から「え?どこで働くの?」「おめでとう」などの声があがった。
クラスメイト達は全員、萌歌の祖父が他界して頼れる親戚すらいないことを知っていたので進学をしないと聞いても誰もそこまで驚かなかった。
萌歌は机の椅子から立ち上がるとクラスメイトに向けてこう言った。
「私は家庭の事情で進学を断念したけど、みんなには全員合格してほしい。受験頑張って下さい」
萌歌がそう言うと「絶対合格するから楽しみにしてて」とクラスメイト達は前向きで受験によるプレッシャーに負ける様子がなくて萌歌は安心した。
「はいはい、それでは皆さん今日は1日受験勉強をする為の自習です!集中するように」
田中先生がそう言うとクラスメイト達は黙々と自分の苦手な教科を徹底的に克服する勉強を始めた。
田中先生が萌歌にだけ1冊の本を渡してきた。
「轟さん?これ読んでみて、このエッセイの著者は中卒で成功した人なの。今後の参考になると思うわ」
萌歌は本を受け取ると本を開いてみた。
この本には中卒ならではの苦労や成功する為に大事なことがいろいろ書かれていた。
「ありがとうございます、今の私にピッタリなので読んでみます」
隣で受験勉強をしているクラスメイトのシャーペンの音を聞きながら、萌歌はエッセイを読み始めた。
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