第4話 あなたは誰?

2月の下旬の午前10時。

同級生達の県立高校の一般受験も終わり、萌歌達は3月の卒業式だけを残していた。


今日は土曜日で学校が休みなので、萌歌は平屋の自宅の掃除をしようと思って廊下の窓を開けた。

萌歌はバケツに水を汲むと、雑巾を濡らして絞ると廊下の床を雑巾がけを始めた。

しばらく掃除していなかったので思っていたより汚れていた。

小学校の時の掃除でやった雑巾がけを終えると、次は窓拭きを始めた。


「小さい家だからすぐ終わるじゃんね」


萌歌はそう呟きながら、最後の窓を拭き終えるとひと休みをした。

この家は、萌歌と宗次郎がこの地に来たときにプロショップ各務原の夫婦のコネで住めるようになった平屋で築50年程になるが萌歌達が住む以前から手入れされてたので比較的綺麗な状態を維持している。

休憩を10分程すると萌歌は掃除を再開した。

ちなみに萌歌の喋り方に気づいた方もいると思うが、静岡でも三ヶ日町のすぐ隣が愛知県の三河エリアだったこともあり三河弁を話す。

方言がきつい世代の祖父と幼少期から2人で過ごしてきたので尚更だろう。


掃除をしていると少し遠くからバイクの音が聞こえてきた、よく聞くとこの家に近づいてくるのがわかる。

萌歌は掃除の手を止めて外の方を見ると1台のかなり大きな音のバイクが玄関の近くに停まった。

背が高めでスラッとした女性が乗っていて、サイドカバーに750と書かれているので大型バイクだ。

うちに用事でもある人なのか?と思って玄関から外に出た。

レザーのジャケットを着たスタイルの良い女性はヘルメットを脱ぐと、比較的若い美人な人だった。


「も、萌歌?萌歌だよね!?」


女性にいきなり名前を呼ばれて驚いた。

なんでこの人は、私の名前を知ってるんだろうかと萌歌は思った。

そりゃあ見ず知らずの人にいきなり名前を呼ばれたら誰だって驚く。


「すみません…あなたは誰ですか?」


萌歌がそう聞くと女性は「そうか…覚えてないよね」と言いながらと女性は自分の名前を教えてくれた。


「アタシの名前は二階堂愛琉だよ」


萌歌は聞き間違えたのかと思って、聞こえなかったふりをして聞き返した。


「え??誰さんって言いました?すみません、もう一度教えて下さい」


女性はうまく聞こえなかったのかと思って、今度は少し大きめの声で強調するように言った。


「に・か・い・ど・う・め・る!アタシのことお祖父ちゃんから聞いてない??」


萌歌は思わず口をあけて驚きのあまり体が震えてしまった。

もう絶対会えないと思ってた父の実家の親戚の人、厳密には自分の従姉妹の姉が目の前にいる。


「愛琉…ちゃんなの?今になって急にどうして?」


萌歌が震えながら言うと、愛琉がこう言った。


「宗次郎さん…あなたのお祖父ちゃんがね……ねぇ?大事な話したいから家の中にあがってもいい?」


愛琉がそう言うので、萌歌は部屋に通した。

萌歌は茶の間に愛琉を案内すると台所に行ってお茶と茶菓子を用意した。

萌歌の暮らす大井川流域では川根茶が有名で特徴は、さわやかな香りと黄金色の水色だ。

鼻に抜ける軽やかな香りは余韻が長く、また渋みもクセがなくやさしい味わいなので飲みやすい。


「おぉ、流石に静岡の川根茶ね!美味しいわ」


愛琉はかなり気に入った様子でお茶をあっという間に飲み干すと、おかわりをしている。


「それで、大事な話って?」


萌歌がお茶と茶菓子を堪能してる愛琉に言うと、飲み食いを止めて愛琉が言った。


「宗次郎さんが生前にアタシのスマホに連絡をしてきてね、内容は自分がもう長くないことと萌歌のことだった」


愛琉は宗次郎との電話のやり取りに関することを全て話した。

宗次郎が亡くなれば、萌歌には頼れる親族がいなくなってしまう。

父親の歌寿の実家である二階堂家からは絶縁されてるので間違っても頼るようなことなんてできるわけない。

宗次郎は考えた末に歌寿の実家の二階堂一家の元3代目組長だった歌寿の実父に連絡をして、孫である愛琉の携帯番号を教えてほしいと頼んだら何も言わずに番号を教えてくれたという。

その後に宗次郎は愛琉に連絡をしてきた、突然の知らない番号からの電話に愛琉も驚いたみたいだが…

宗次郎は現在の状況について全て愛琉に話すと、愛琉は考えた末に近いうちに静岡に行くからそれまで頑張ってほしいと宗次郎に告げて電話を切った。

だが、愛琉が静岡に来る前に宗次郎の病気が思ったより進行してしまい帰らぬ人となってしまった。


「もう一度…宗次郎さんと会って話したかったよ…宗次郎さんはアタシのことを頼ってくれた…いや、正確にはアタシしか頼れる人がいなかったのかもしれないわね」


愛琉は寂しそうにそう言った。

幼少期から歌寿のことを慕っていた愛琉ならば頼れると思ったのだろう。

だが、萌歌は疑問に思っていた…

仮に自分のことを気にかけて静岡に来たのであれば、二階堂家から良く思われてない自分達を気にかける行為は愛琉にとってもマズイのではないだろうか?


「愛琉ちゃんは家の跡取りなんじゃないの?それなのに私なんて気にかけて問題になるんじゃない?」


萌歌は疑問に思ってることを聞いてみた。

すると、あっさり愛琉は「バレたら勘当だろうね(笑)」と言ってきた。

自分の為に愛琉が二階堂家から切り捨てられるようなことがあったら正直気分がよくない。


「愛琉ちゃんがリスクを負ってまで、私にいろいろサポートしてもらうのは申し訳ないよ…」


萌歌が俯きながらそう言うと、愛琉が言った。


「萌歌、これはアタシが決めたことなんだ!それに二階堂家のゴタゴタは伯父さんやうちのお祖父ちゃん達の問題であってアタシ達には関係ない!だからアタシは宗次郎さんとの約束を果たす為に親達をうまく誤魔化して静岡にきた」


愛琉の真剣な眼差しを見て、この人は本気だと萌歌は思った。

仮に萌歌が生活の補助をしてもらわなくても大丈夫と愛琉の厚意を断ったとしても、彼女は宗次郎との約束を守る為に勝手に補助してきそうだ。


「……ありがとう、愛琉ちゃん…でも、私はできる限り自分の力で生きていこうと決めてるんだ、だから全部愛琉ちゃんに頼るようなことはしないよ」


萌歌のその言葉に、愛琉は笑ってこう返した。


「へぇー、流石に宗次郎さんの孫ね!アタシも萌歌に常に付きっきりって訳にはいかないし、本当に困った時に援助するような形をアタシ自身も取るつもりだから萌歌の言葉を聞いて安心したわ。…これ私の連絡先ね」


愛琉は嬉しそうに言うと、連絡先が書かれた紙を渡してくれた。

令和を生きていくこれからの若者なのにスマホを持ってない萌歌には自宅の固定電話しか連絡を取る手段がない。


「愛琉ちゃんは、これからどうするの?」


萌歌が気になって聞いてみると、牧之原にある農業大学に進学すると親達に言って形だけそこの大学に通うことになっているらしく近隣でアパートを借りるらしい。


「まぁ、アタシは静岡県内に普段いると思うから何かあったら連絡してよ!それじゃ、アタシはそろそろ行くね」


愛琉はそう言うと、CB750FOURのエンジンを始動して手を振りながら走り去って行った。


「すごい音…」



マフラーが社外のショート管に変えられていて、爆音を放つ音で萌歌の耳はキーンと耳鳴りがなっていた。


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