第30話 一人でできなくっても、いいもん!
「クソ、ふざけやがって……」
老化ガスが噴出する時計の場所から離れること、数メートル。
入口から数歩。
我を忘れていたポルックスは、気づくのが遅れたようだ。
鉄製の門が、成人男性一人が余裕で出入りできる程、開いていたということに……。
「不意打ち、ごめん」
ポルックスの進行方向から斜め後ろ。
ニッキーが錐みたいなもので、全体重を押し付けるように突いてきた。
教科書に載ってある見本のようなきれいなフォームは、戦闘中じゃなかったら、見惚れていたな。
「なっ!」
「先端には毒を仕込ませてもらったよ……クーニーの死因の……あの毒だ」
毒針だったのか。
ニッキーが見慣れない武器を使っていたから、すぐに答えが出てこなかったけど……。
ところで、ただいま実況中の俺は、俺自身の視界の限界まで遠ざかって、ポルックスとニッキーの様子を見守っている。
まだ、腹の中のアクアマリンが消化しきれていないのだ。大事をとって、遠目で観察するしかない。
「くっうぅぅ」
みるみる顔色が悪くなっていく、ポルックス。
効果が抜群すぎる。
ニッキーが毒仕込みだと宣言した時、そこまで言っていいのかとハラハラしたけど……。
明らかにすることで、弱点、毒の効果を高めるのか。
毒針とはいえ、たった一撃で、ポルックスは膝をついた。
「あっぐ、ちくしょう、こんなもので……くそったれが……」
全身に毒が回ったのか、ムチを握りしめる力すら失い、石畳の上に倒れ伏す。
異世界ファーベル……俺の知らない、なぞ理論がまだまだたくさんあるようだ。
解説役、絶賛募集中。
「ああ……死ぬの、こんな寂しいところで、殺されるの……まだ、認められていないのに」
「?」
ポルックスの口から、考えられないぐらい、しおらしい声が出てくる。
「……おそらく、クーニーの最後の言葉だ」
「ああ……」
ニッキーは俺が尋ねる前に、疑問に答えてくれた。
いや、もしかしたら、俺に答えるように言ったのではなく、自分自身に言い聞かせているだけなのもしれない。
忘れかけていたけど、クーニーはポルックスの目の前で殺されたのだ。実際声を出していたかわからないが、死者に寄り添う性質かつ、かわいそうな彼女を吸収したポルックスなら、被害者の最後の言葉を知っていてもおかしくないだろう。
「哀しいな。なんか、上手く考えられないけど……哀しいな……」
遠巻きで見るだけの俺でも、こんなモヤモヤした感情を抱くのだ。
近くで、しかも直接刺したニッキーの精神負担は幾許か……。
「このまま、封印させてもらうよ。ポルックス」
ニッキーは懐から封印札を取り出した。
すげぇ、スマートだった。
やべぇ……その清々しさに惚れそう。
しかも、あの封印札、定期的にクモモが教会に卸しているという、対アルカナム用の強力なヤツだ。
使用上の注意の中に、アルカナムを弱らせた上に正式名称を言わないと発動しない、とあるので、通常は使いどころが難しい。
だが、調査の甲斐あって名前は判明しているわけで。
今なら効力フルスロットで使えるのだ。
──ピカカァカカカァァァァァァ……。
封印札はすぐ近くのアルカナムの真名に反応して、強く光り出す。
神聖な光が復讐の炎を呑み込み、かき消そうと輝いているのだ。
「ぎゃぁあああぁあああああああ!」
封印札の効果によって、クーニーの体がグズグズに崩れ、ポルックス本来の姿に戻ろうとしている。
強大な光の前に、余分なものは消滅してしまうようだ。
「さて、どんなアルカナムかな……ん?」
ここまでやれば、もう安心だろうけど、まだまだ警戒しているよ。
だって、俺、慎重な男だもん。
かわいい見かけと、中身は違うのだよ。
俺がそんなフラグを立てるようなことを考えたからか、俺の額に、何かがぶつかってきた。
「あいて!」
痛みを感じるが、ゴムまりみたいな感触がした。
思わず、よちよち歩きの姪っ子に、不意にぶつけられた懐かしい記憶がよみがえってきたよ。
「なんでこんなところにゴムまりが……それとも親戚?」
血は出ないし、傷もないから、大事にはならないだろうけど、さ。
何がぶつかったのかはちゃんと確認しないとと、俺は目を凝らす。
「……スーパーボール?」
ゴムまりではなかったが、ゴムボールの一種だ。
くちばしでつつけば、特有の弾力がある。
親戚の方だったな。
「いや、人工魔石のほうか?」
異世界ファーベルでは、こっちだ、こっち。
クーニーの道具袋にあった人工魔石と全く同じじゃないか。
「……、……」
あ、なんか、チカチカ光っているよ、この人工魔石。
人工魔石のこと、詳しく知らないから、こういうのもあるのか?
俺はしげしげと眺めていると、激しく点滅している。
光過敏性発作になるほどの強い光と速度じゃないけど……もしかして、コレは何かを訴えているのか。
モールス信号みたいなものなのかな?
「スキル【言語翻訳】、発動」
俺は人工魔石? の訴えがわかるようにしてみた。
気になるところは、多少面倒でも、とことんまで追求しないとね。
『ちくしょう。負けちまったぜ。覚えていろよ、クソったれども!』
洋画の日本語訳セリフのような字幕が宙に浮かんできた。
「……これが、ポルックス本体なのか……」
普通の人工魔石が、このような流暢な罵倒を発するとは考えづらい。
しょっぱい気持ちになりながらも、俺はとりあえず、この紛らわしい姿、人工魔石と間違えにくくするために、羽の奥に隠し持っているカラス印の魔法シールを張り付けた。
なお、この魔法シール、専用のシールはがし用魔法液を使わないと、取れないという、地味に優れもの。
カラス印自体は、うちのオリジナルだけど、直売店に頼めば、お好みのデザインで刷ってくれるぞ。
フ、まるで同人グッズだな。
「これにて、一件落着だな」
シールを張り付けたポルックスをくわえ、俺は漆黒の翼を羽ばたかせ、リィノの元へと飛んで行った。
激しい戦闘で疲労した体と精神をいやすのは、マスコットキャラクターの役目。
それに、この安心感と達成感を分かち合いたい。
なんたって、俺はリィノのバディだからな!
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