第29話 正直、大柄美丈夫のカストルのほうだったら……躊躇していたかもしれない
あぶねぇ、あぶねぇ。
思わず、前世の中学生時代に死ぬほど暗記した英語の連語が、口から出てきてしまうぐらい、取り乱してしまった。
だが、口だけだ。
体は目録(イメトレ)通りに動けた。
俺はリィノを追い詰めた赤毛の二十代女性──姿はクーニー、その正体はアルカナム・ポルックスから人工魔石を、くちばしでくわえて奪い取った。
透明だけど、角度を変えてみれば水色に見える……アクアマリンを使用した人工魔石。
この体がカラスじゃなかったら、見逃していたね。
光物、大好きな体、最高!
(とりあえず、こんな危険物は片づけるしかない)
腹の中に。
人工魔石をポーションとして使うなら、俺みたいな不思議生物は、飲み込んだほうが早い。
ばっちぃと感じなくもないが、緊急事態だ。
衛生面よりも、優先しなければならないことがある。それに俺、不思議生物だからね。前世時より、細菌や腐敗物には、耐性がある。
あと、中身はアレでも、見た目二十代前半の女性が手づかみしていたものだから……イケる!
ふふふ……おっさん思考と気味悪がれても……今の俺には大義名分がある。
恥ずかしいとか、精神的苦痛なんか、無に等しいのさ。
俺は適当な場所に着地すると、夜中の飲食店業のようなノリで、アクアマリンの人工魔石を、飲み込んだ。
ゴックン。
ゲプッ。
うん、でかい。
腹の中がポウッと生暖かくなるのを感じる。
(こりゃ、消化するのに時間かかるタイプだ)
豊潤な魔力を感じる。
この人工魔石、アクアマリンの成分が多く含まれていたようだ。クズ石で値がつけられないものでも、ひいて粉にして、魔力で固めりゃ、純正品に引けを取らない魔力を内包、維持できるものなのね。
初めて知ったよ。
(この未消化の状態では……吐き出されたら、また使われてしまう)
胃液や唾液塗れでも、使えるものは使う。
戦場ならよくあることです。
俺だって、逆さづりされた上、腹をポンポンされるのは勘弁だ。
絶対捕まりたくない。
オエー鳥にはなりたくないのである。
(ここは、大人しく逃げるしかないか)
リィノに向かっていた衝撃波は、俺が人工魔石を奪い取った時からかき消されている。
魔力の供給が切れる同時に跡形もなく消えるタイプでよかった。
リィノはまだ混乱しているらしく、助かったという実感を持たない限り上手く動けない状態だな。
恐怖と緊張が一気に襲い掛かると、放心するのはよくあること。
何事もなければ、すぐにでも駆け付けてリラックスさせたいところだけど、腹に入った人工魔石を消化しきるまでは、一緒にいるのは危険だ。
ここは一先ず……そっと逃げる。
そろりそろりとカラス特有の細長い二本足を動かし、入り口に戻ろうとすると、隣の石畳が、ムチによって砕かれた。
「どこに行こうとしている……」
ポルックスだ。
リィノより、失った人工魔石のほうに照準を合わせたようだ。
必要なモノなのですね、わかります。
「えっと……トイレ?」
「ウソつくんじゃねぇ!」
ポルックスの怒声が部屋全体に響き渡る。
そりゃまぁ、そうだね。
でも、気持ち、トイレに行って流したいとか思うよ。トイレの個室は通常安全だからね。
ホラーやサスペンスじゃない限りは、生存フラグが建ちやすい場所だから。
しかし、俺に注目しているってことは、チャンスでもある。
俺が捕まらない限り、リィノの身の安全は保障されているようなものだ。
そういうことなら、ここは逃げの一手。
俺は力の限り、走り、飛行する。
「くっ、カラスのくせに!」
ああ、カラスだから体が小さいし、不規則に動けばその分だけムチが当たる可能性が低くなる。
後ろに目があるわけじゃないけど、ムチによる風の勢いや流れでだいたい予測できる。
後の問題は埋め込まれている小さな時計の皆さんか。
老化ガスに当たったら、ゲームオーバーだ。
リィノとポルックスの戦いを途中観戦していた俺から言わせれば……今のカラスの体でも戸惑う所があるというのに、老化させられたら……少しでも普段と違っていたら、上手く立ち回れる気がしない。
もしかしたら、飲み込んだアクアマリンが、真珠のネックレスと同じく、老化ガスを無効化してくれるかもしれないが、期待しないほうがいい。
珊瑚と同じく、状態変化が起きてからの回復だった場合は、俺の平常心がズタボロになる。
急激な変化ほど、心が追い付かないのよ。
柔軟な発想で切り返すなんて器用なこと、中身四十代おっさんには、きついの!
当たらなければどうということはない、という名言が俺の心情にマッチしているよ!
「くそ、ちょこまかと……」
よし、ポルックスは焦っている。
いいぞ、いいぞ。このまま厄介なトラップ仕込みの時計がある地帯から、引き離してやる。
あの地形効果、凶悪すぎる。
だから、ラウンド・ツー・ファイト! になっても、こっちのまだ平坦なほうがいい。
自分たちにとって有利な戦場に敵を誘導するのも、立派な戦術なのだよ。
俺は変幻自在に飛び掛かってくるムチや、壊されて噴出する老化ガスからよけつつ、飛翔する。
今、俺メッチャ頑張っているよ。
心臓バクバクしているけど……ガンバレ、俺。やればできる子!
ポルックスが俺の空中飛行術によって、翻弄され、プライドが地味に傷ついていたら、チャンスだ。
現に、ムチの精度が減っている。
間一髪にさけ続けていたものが、こぶし大までの隙間がある。
よしよし。
疲れからではなく、ストレスからでもいいのだ。
なんたって、今の俺は多少丈夫だが、基本か弱いカラス。
異世界あるあるの超絶バトルは、将来的にはありえるかもしれないけど、現時点では無理だから。
ない能力に頼っちゃいけないの!
「キャー、変なのに襲わているのー、助けてぇー!」
だから、ある能力……煽りもする!
俺への注目を集めさせると同時に、周囲への警戒を薄れさせる。
せこせこと、敵を苛立たせて、コンディションを崩せ。
俺にできることは戦術的撤退と精神攻撃。
かく乱させてやるよ!
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