第28話 ヒントは探索中に見つけていた

「はぁ?」

 至近距離で魔法を撃ってくるとは思わなかったのだろう。

 ポルックスが素っ頓狂な悲鳴を上げると同時に、杖先を中心に壮絶な旋風が発せられる。


「っ!」

 直撃こそしなかったが、風の魔法らしく広範囲にグルグルと、魔力でできた強風が回り続ける。渦巻き状のソレは暴風となり、容赦なくポルックスのわき腹をえぐり、肉体をも呑み込む。


(クソ、踏ん張りが足りなかった……っがぁあああっあぁ!)

 肉体が、衣服が、圧倒的な疾風の渦に耐えきれず、一斉に悲鳴を上げた。

 強風の衝突ウェントス・コンフリクトが、ポルックスの装備をあっという間にズタボロの布切れのようにしてしまったのだ。


「ガフっ、でも……」

 強烈なダメージで意識が飛びそうになったが、持ちこたえるポルックス。

 そして、不敵に笑う。


 ポルックスには、まだまだ手札が残っているのだ。


 慌てるな。

 まだ、慌てなくていい。

 そう、自分に言い聞かせ、残っている装備品……赤い球が施された指輪に目を向ける。


「俺様にはコレがある!」


 指輪を外すと、ポルックスはとっさに飲み込む。


 ゴクリと喉を鳴らすと同時に、淡い光を全身が包み込み、飲み込んだ指輪以外は、戦闘前と同じ衣装へと戻った。



「まさか……珊瑚の力?」

 赤い球の正体は、一階の秘書の部屋で見つけた三つの人工魔石の一つと同じなので、すぐ思いついた。


 だけど、そんなことできるのかと、リィノは驚いている。


 実際目にした今でも、信じきれない。



「まぁな」

 水なしで結構大きなものを飲み込んだから、えづくが、すぐに落ち着きを取り戻す、ポルックス。


「サズオクベ家だっけ。呪いのアイテムを専門に取り扱っているようだけど、こういう、飲み込めば、一つ前の呪いや魔法攻撃のダメージを受けなかったかのように回復させるアイテムも手掛けているみたいだぜ」


「……珊瑚の宝石言葉にある、確実な成長を、意識しているのかしら」


 無効化ではなく、一度受けたものを受ける前の状態まで回復させるのは、学習面で考えれば、確かにわかりやすい。

 呪いの大家は、己の肉体を犠牲にしてでも、呪いの性質や効果を調べる気満々のようだ。


「でも、消費されている。なら、なくなるまでポコポコにすればいい」


 無傷ではないが、ほぼ無傷の状態に戻ったポルックスを見て、正直リィノの徒労感は半端なかったし、サズオクベ家の研究に熱心なところを少し苦々しく感じた。


 だが、ヒトが作るアイテムは無限ではない、有限だ。

 いつかは尽きる。


 勝てないと、あきらめるのは、まだ早い。



「ふん。いくらてめーが体力お化けだろうとな、疲労つうものがあるだろうが。疲れ知らずの今の俺様に勝てるかな。勝てるわけねぇだろうがよ!」


 少なくてもクーニーの死因はカストルと違い、過労死ではないらしい。


「てめーは俺様の復讐代行範囲内に入ってねぇから、運命力的には面倒臭くなるだろうけどよ……こうなったら、やるしかねぇよな!」


 ブワリ。


 ポルックスの空気が一段と熱く、鬼気迫るものへと変わる。


「脚の一本、再起不能にしちまうかもしれねぇが、そこまでしねぇと、てめーから逃げられなさそうだからな」

 逃げる……この言葉はポルックスにしてみれば、事実上の敗北宣言に等しい。


 ポルックスはホーラ神が定めた制限がある以上、リィノを死亡させることは、選択できない。リィノを気絶させて、魔法やらなんやらで、記憶を忘却させるとかで、何とかこの場をやり過ごすしかなかったのだが、状況的に難しいと判断した。


 無様な逃走を選ばざるを得なくなったのだ。


 ポルックスはリィノに行動方針を切り替えなくてはいけないぐらい、追い込められていた。


「ブッ潰れろっ!」

 だから、ポルックスは悔しくて仕方がない。

 血走った目は見開かれ、歯を食いしばり、怒で歪んだ口元と、まさしく修羅そのものへと変貌していた。


「クソエルフがぁぁあ!」

 ポルックスのギアが上がる。


 神経、血のめぐり、細胞一つ一つまで操作しているかのような、凄まじく荒々しい呼吸音を吐きながら、リィノに猛然と肉薄し、ムチを振るう。


「……っ!」

 リィノは自身の脚に風の魔力を付与し、大ジャンプ。とっさにポルックスから距離をとる。

 けしてポルックスの側にいてはいけない。


 原始的な生存本能が警鐘を鳴らしたので、素直に従ったのだ。


「ちっ、勘のいいヤツめ……」


 ムチを振るった場所にはあったのは、埋め込まれた小さな時計。

 破壊されたらしく、大時計と比べれば少ない量だが、白い煙が勢いよく噴き出てきた。


 体の一部を老化させ、リィノの動きを鈍らせようとしていたのだ。




(時間差がどうしても出てくるが……クーニーの視力じゃ、部屋全体が煙に包まれると、何も見えなくなる……)


 気配を感じ取って攻撃する方法も、クーニーの体では、リィノの動きと感知能力から、読み合いまではいい勝負ができても、対応しきれず、とらえきれない。


 そうポルックスは、体が違えど、蓄積された長年の戦闘経験から察していた。


(だからこそ、このトリックだけはバレるわけにはいかない)


 ポルックスは、ムチを持っていない手の指を不自然に動かす。

 壊れた時計から噴出される白い煙によって、ムチの動きが読みにくくなっている今がチャンスなのだ。


「おらよっ!」

 不可視の衝撃波がリィノに迫る。


「えっ」

 感知こそできたが、距離をとったばかりの体は、回避行動に移りきれない。

 ざっくりとリィノの片脚に鋭利な衝撃波が叩きつけられる。


「っ……」

 軸足に強い衝撃を受けてよろめくリィノ。体勢を崩してしまう。


「もらったぁっ!」

 その隙を見逃さず、ポルックスはムチの先に不可視の衝撃波を乗せまくる。

 怒涛の連続攻撃。


 リィノは恐怖した。


 魔力を感知できるからこそ、その数多の攻撃が自分に襲い掛かってきているのだと、嫌でもわかってしまうのだ。


 全く動けなくなった。


 指一本すらも動かせない。呼吸すらもままならない。猛暑の中で運動した時に溢れ出すかのように冷や汗がドッと溢れ出して、不快感を与える。


(……ちゃんとサズオクベ家を調査していたら……ニッキーが来るまで待っていれば……ポルックスを封印できるぐらい戦いきれたのかな……)


 不可視の衝撃波を受け、血に塗れ、地面に伏せる自分のイメージが脳内に流れ込んでくる。

 そんなイメージを見せて行動を封じてしまう程、リィノは怖気づいてしまった。





「ジャスト・ア・モーメントォォオオ!」

 気合を入れた声と共に飛行してくる黒い物体が、ポルックスの、何もないはずの手に向かってくるまでは……。

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