第26話 待ち伏せしている時はだいたい罠があるが……

「私としては、後はあなたをボコボコにして回収するだけ。覚悟して」

「こっちのセリフだ、クソエルフ。調子ちょい崩しちまったがよ……今からでも、やってやろうじゃねぇか!」

 ポルックスは握りこぶしを、後ろの壁に入り込んでいる大きな柱時計に叩きつけ、壊す。


 同時に時計の針はグルグルと回転し、周辺一帯が急にぼやけ、歪んでいく。


 ただし、これらは幻覚でない。


 大量の白い煙が柱時計の中から噴出し、周辺の色彩が薄れて見えるほど、部屋全体に流れ込んだのだ。


「!」

「てめーはエルフだから、どこまで通じるかわかんねぇけどよ、足腰ぐらい、弱体化させてやるよ」

 老化の呪いが付与された煙だとわかった時には包まれた。


「俺様がクーニーの姿かたちをとっているのは、このためだぜ。こいつ、ヒトには珍しく時系の魔法や呪文に完全耐性があってな。致死クラスのこの煙……時系呪法・老化ガスでも、ピンピンしていた」


 あざ笑いながら、ポルックスはネタ晴らしをしだす。


 戦闘中にもおしゃべりするのか……バカにされている様に思えて、朴念仁のリィノと言えども気に食わない。


 だが、ポルックスは間違いなく強者だ。

 強者ゆえの傲慢さが許されるぐらいの力は持っている。


 だから、黙って聞くしかないのだ。

 それに冥途の土産扱いであろうと、情報は聞きだすに越したことはない。


「ジェミニ海神殿にクーニーこいつが派遣したのはよぉ、あの神殿には、老化ガスが噴出するトラップが至る所に仕組まれているからさ」


 従神クモモがポルックスを移送させたジェミニ海神殿は、なかなか癖にある意地の悪いトラップだらけの場所だったようだ。


 ポルックスの特性上封印するしかなかったし、世に出たら大変なことになるのが目に見えているので、正しい判断ではある。


「罠をいちいち解くよりも無効化する奴にかからせて、強引に突破……手段としては悪くなかったぜ、だって、俺様はこうして世に再び出れたからなぁ!」

 目論見は成功したかに見える。

 だけど、ポルックスは制御しきれず、暴走している状態。


 ダンジョン攻略はできましたが、目的のお宝(アルカナム)は懐柔できませんでしたじゃ、クエストは失敗である。


 ジェミニ海神殿の探索はもともと失敗したと報告されている案件ではあるが、どのように失敗したか、事実を踏まえて報告していなかったのが、今回のややっこしい事件へとつながったようだと、リィノはポルックスの独白から理解した。


「生まれつき特定の術が効かないって、すごいけど……」

 リィノは相変わらず抑揚のない声で、至って冷静に言葉を紡ぐ。

 相手がおしゃべりなのをいいことに、自分もしゃべろうと思ったのだ。

 しゃべって、時間を稼ぐ。


「そのかわり何を失っているのかしら、ね」

 リィノのその口ぶり、姿勢、若々しいままであるのを、ひけらかしてでも。


「あん? なんで何も変わってねぇんだ?」

 ポルックスは、この目で、リィノの体が老化ガスに包まれていたのをちゃんと確認しているからこそ、何も変わっていないリィノに驚いた。


 長命種のエルフだろうと、急激な老化は体のあちこちを鈍らせることができる。いつも通りに動かせないことから、少なからず精神が動揺するはず。


 平然としているのは、おかしいのだ。


「あ」

 ポルックスはよく目を凝らしてリィノを見つめる。すると、リィノのその体は、隅々まで薄い緑の光に覆われていているのに気がつく。


「魔力で全身ガードか……やるじゃん」

 ポルックスはリィノが老化ガスをやり過ごした方法に、素直に称賛の言葉を送った。


 老化ガスが入り込む隙間がなかったという、マジックの種としては単純なことだ。


 ただ、ポルックスは知識から、その簡単な理屈を実行するには、かなりの集中力とセンスが必要だってことを理解している。

 老化ガスの呪法効果が、このそらにかき消えるまでの時間も短くはない。


 リィノが戦闘中だというのに、おしゃべりなポルックスに合わせてしゃべりだしたのも、追撃されないように気をそらすためだったしても、ここまでの時間、守護魔法を持続させたのは、正直感心する。


「さすがはアルカナム興信所の職員ってことか? 一人ノコノコやってきたときゃ、ずいぶん危機管理がなってねぇって思っていたぜぇ」

 あまりの警戒心のなさに、爆笑したぐらいだ。


 思ったよりはマシ程度ではあるが、なかなか楽しめるかもと、ポルックスは心が躍っていた。


「もともと私は守りの魔法が得意なの」

 気絶させた秘書に、手慣れた調子で結界魔法をかけて、身の安全を図ることができるぐらい。

 守備魔法の効果も持続時間も一級品だと、褒められたのだ。


「そしたらセオが、全身くまなく守り通せるようになったら、どんなトラップにも対応できるねってアドバイスしてくれたから、できるようにした」


 ポルックスは隠し部屋とはいえ、待ち構えていたのだ。デバフ系のトラップを仕込んでいるだろうとは思っていた。


 無防備であったが、無策で突入したわけじゃない。


 リィノはフンスと鼻を鳴らして、自慢げに胸を張っていた。


「……セオって、あの若いカラスのことだよなぁ」

 ポルックスは昨日エジーナとして対面した時のことを思い出す。


 リィノにメモをとらせて、ニッキーに質問を任せ、自分エジーナをジロジロと観察していた、カラス。


 カラスなので表情が読めなかったが、不思議生物と言えども若さが目立っていたので、物珍しさで見ていたのだろうと、気にもとめていなかったのだが……。


「セオはスゴイの。わたしの苦手なものを、得意なことで補わせようと知恵を絞ってくれるし……」

 猪突猛進で危ないことに率先と首をつっこもうとするリィノの悪癖を正すよりも、得意な魔法で身を守ることを薦めたのは、セオだった。


 セオとしては、褒めて伸びるリィノの性質に合わせた結果なのだが、リィノにしてみれば、リィノのことを第一に考えてくれているというのが、うれしかった。


 契約獣であるが、どこまで主人のことを理解するか、理解しようとするかは個体差がある。


 セオ自身が世話焼きであり、観察眼が鋭いという点もあるが、リィノを大切にしているという事実こそが、リィノにとって真実である。


「あなたを怪しんでいたわ」


 一割は悲しい性でエロ目で見ていたが、九割は訝しんでいた。


 そしてその予感は当たっていた。

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