第25話 一風変わったデザインの門の先にあるのは【答え】と相場が決まっている
──時は少し巻き戻る。
セオの予想通りというか、リィノは鉄製の門を開け、一人で奥へと先行していた。
この門の先の部屋は石柱が立ち並ぶだけの、構造的な間仕切りが無い、石畳の大広間形式だった。
どんな魔法を使用しているかわからないが、部屋全体は真っ暗ではなく、薄明りで、目を凝らさずとも見通すことができた。
さらにまっすぐ進むと、チクタクと石壁や石畳の隙間に埋め込まれた、いくつかの小さな時計の針が聞こえてくる。
不気味ではあるが、ところせましという訳ではなく、まばらなので、気をつければ避けられる範囲だった。
「おや、こんなところにまで来るなんて」
行き止まりだろうか、天井に届くほど高くそびえる大きな柱時計を背に、腕を組んで待っている人影が見えた。
「最近の若い方にしては、有能ですね」
エジーナ・モノロギだ。
ただしヒト族ではありえない強大な威圧を感じる。
しかも昨日の黒く上品な服装とはまるっきり異なり、妙齢の女亭主が着用するには不似合いな衣装だった。
奇抜とまではいわないが、旅人の装いというか、実戦形式なスタイル。
まるで冒険者のような服装だった。
「……もう、化けの皮をはがしてもいいんじゃない、ポルックス」
「まぁ、アホでも気づくよな。あんだけ、あからさまに、俺様に関する絵画を放置してりゃぁな!」
ギャハハと笑う顔はエジーナのモノから変わっていた。
赤毛、そばかす、二十代前半。
エジーナの私室のベッドの下に隠してあった、冒険者ギルド公認の登録証に載っていた女性、クーニー・サズオクベのその人のものだ。
「そう、俺様の名はポルックス。ホーラ神様に作られしアルカナムの一体だ」
高らかにそう宣言するポルックスは、己の絶対性を信じて疑わない、人ならざるもの特有の傲慢さに満ちていた。
「俺様の真名と役割を知っているのなら、俺様の行動を止めるべきじゃねぇよな、アルカナム興信所の調査員さんよ!」
クーニーはどのような人物だったか知らないが、絶対目の前のような人物であったとは思えないぐらい、ポルックスは尊大な態度をとる。
自律型のアルカナムは多少個体差はあるが、現地人に対して見下した態度をとるものが多いので、それについては問題ない。
リィノは素に戻ったのだと納得していた。
「確かに、アルカナム興信所はアルカナムの使命を助けるのも、仕事の内」
リィノの碧眼がポルックスを捉える。
燃えるような赤毛が美しくも、凶悪に揺らめいている。
瞳孔が開いた瞳にあるのは、復讐心という輝きだけ。
吸収した犠牲者たちの無念に報いるため、彼らを死に追いやったものすべてを殺し尽くさなければ止まらないほどの激情を、嫌でも感じとってしまう。
復讐代行という使命を全うするモノとして、この意気込みと狂気は理想的なのだろう。
聖なるものが善なるものとは限らない、とはよく言ったものだと感心してしまう。
「私が得た天啓は【アルカナム『女傑ミテルマの肖像画』をあるべき場所へ……】というもの」
抽象的で実際には何をさせたいか、わかりにくい天啓。
それでも、ポルックスについては何のコメントがなかった。
「アルカナムポルックスの使命を協力せよとは命じられていないってことは、ポルックスと敵対して、女傑ミテルマの肖像画を相応しい人物に渡してもいいってことでしょ」
「あ~。そう解釈するのかよ」
ボリボリと己の頭をかく、ポルックス。
イライラしているのを隠そうともしていない。
「ポルックスなら、女傑ミテルマの肖像画を人の目つかないところに、厳重に保管する気でしょ。それは、女傑ミテルマの肖像画の性質を理解していない。バカがすることよ」
リィノはリィノであからさまに不快感を巻き散らかすポルックスのことなど、我関せずと言わんばかりに、辛らつなセリフを放つ。
「っ、否定はしねぇよ。クモモとはもう勝負にならねぇからな。俺様の復讐代行範囲的には、ヤツが創造したアルカナムに八つ当たりするしかねぇさ」
図星を刺されたらしいポルックスは、怒りが膨れ上がり、一層赤毛を炎のように吹き荒らす。
その姿に、リィノは一瞬、恐れおののいた。
(……話次第では、ポルックスの共犯にもなれそうだったわ。それは、私一人がここまで最初にたどり着いたご褒美的なものしれないけど……)
だけど、リィノはリィノで、すでにガーデニアが死んだきっかけを作った元凶に一矢報いると選んでしまっているのだ。
エルフであるリィノは、ヒトの子たちが巡った事件の経緯なんか、知ったこっちゃなかった。
だが……。
「私の仕事の中には暴走したアルカナムを止めるのもあるの」
セオなら、そう言う。
あのやさしいカラスはもめ事を嫌い、できるだけ穏便に済まそうとすると同時に、社会を、人々を、光ある道の方へと、ぶん殴ってでも向かわせようとするのだ。
もっと、楽な道があるのに。
苦難だって、わかっているのに。
生かして、その先にある、本当の望みを具現化させたような、幸せな未来を掴ませようとするのだ。
「ガーデニアが死んでから天啓が来たってことは、やりすぎた悪い子は叱らないといけないってことじゃない?」
リィノの、物事を客観的に見て総合的に考える自慢のパートナーなら、こういう答えを導き出す。
幸せを壊そうとしているモノを、見てみるふりして逃してはならない。
ならば、その答えに準じた行動指針をとるのが、実力行使担当のリィノでなければならないのだ。
それがバディってものだ。
「はぁっ、やってみせろよ。だいたい、昨日初めて会った時から思っていたことだけどなぁ……てめー、クソナマイキだ!」
昨日会ったエジーナはポルックスだったのか。
ガーデニアに対して当たりが強くとも、全体的には違和感なく、エジーナの人物像を知らないリィノたちは完璧に騙された。
「ちょうどシメたいと思っていたところだぜ!」
素がこのチンピラスタイルなら、よく昨日のような淑女に化けていたものだ。
称賛するしかない。
「俺様と敵対したことを後悔させてやるよ!」
ポルックスの白い肌に青筋が浮かぶと同時に、たまっていた威嚇のオーラが噴出される。
もともと沸点が低そうなタイプだったが、これは完全にリィノを敵と認識したようだ。
「叱った後、どうなるかなんて考えたら、叱れないでしょうが。バカなの?」
十中八九、叱られた人は己を律すよりも、叱った相手を怒りをぶつけるのが通常である。
その怒りが暴力となって差し向けられるのも、想定内。
リィノは涼しい顔で正論を吐く。
「クソ、本当にムカつくな」
「だいたいポルックスが正しかったら、私は負けて逃げられるだけだし。勝ったとしても、ポルックスは壊せないから、機能を停止するだけ。私の言葉、届けられなくなるじゃない」
なぞ解きをしなければならなかったが、ここまで来るまでの間、ポルックスから何の手出しがなかったのは、多少なりともアルカナム興信所に対する温情があったのかもしれない。
なら温情には温情を返さないと、と、諫める言葉を送り付けたのだ。
杖を構え、言いたいこと言ったおかげで迷いが晴れたリィノもまた、戦闘態勢をとる。
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