第24話 一階 再びエジーナの私室へ

 再び、エジーナの私室。


 リィノが机の上のガラスの台座に人魚の祈りを置いた。


「で、真珠を砕く」

「エルフの嬢ちゃん、あんたが直でやらなくても、その人魚の祈りに触れさせりゃいいんだよ」

「へ~」

 魔法道具をあまり使わないから、新鮮な気持ちで様子を見守る、俺。

 ユルネの言う通り、人魚の祈りに真珠を近づけると、ガラスの台座が淡く光ると同時に真珠は砕け、粉のようになって舞う。


「ガラスの台座にも意味があったのね」


 キラキラと舞い散る白い光。


 人魚の祈りは硬く閉じていた目を開ける。

 その瞳の色は消費された真珠と同じ色。

 これが魔法を使う時に作動するからくり仕立てなのだろう。


「面白いギミックだな」

 人魚の祈りに施された細かい芸に感心していると、部屋全体が白く、そして淡く光り出す。


「お」

 魔法が部屋全体を包み隠さずに覆いつくすと同時に、異変が起きる。


 何もなかったはずの壁に、比較的大きなドアが出現したのだ。


「このドア、認識阻害魔法で覆われていたから、今まで見えなかったようね」

 解説ありがとう、リィノ。


「じゃ、このドアに開けろとささやけばいいってわけか」

 魔法の効果でドアが見えている間にっていう注釈がありそうだな。


「一応、私がやる」

 人魚の祈りに月の雫(真珠)を捧げたのはリィノだからな。


 どこまでが条件かわからないので、ここは安全策をとってメモの通りの手順でいくべきだろう。


「ドアよ……開け」

 リィノが鍵穴に近付いてそうささやくと、カチリとした音と共にドアが開く。


「メモ通りだな……あっ」

 ここで、俺はふと嫌な予感がした。

 隠しドアの真ん前にいるのはリィノだ。


 つまり……。


「ま、待て、リィノ!」

 俺の静止は遅かった。

 リィノは即行で隠しドアの向こうに足を踏み込み……消えた。

 いや、消えたというのは視界からという意味で、正確にはドアの向こう側は落とし穴だったので、落ちたのだ。


「ちっ」

 ユルネはすかさずドアノブを手に取り、ドアを閉じないようにする。

 ナイス、アシスト。


「くそ、緊急脱出用滑り台のほうだったか!」


 俺は羽をばたつかせて、ドアの奥まで迎い、落とし穴を上からよく見る。すると底は緩やかなカーブを描いているように見える。

 慌てふためいた客人と共に逃げることを想定するなら、ハシゴ付きの直線よりも、多少遅くなっても曲がりくねったもののほうが、怪我率が低いだろう。


「で、どうするんだい、カラス」

「とりあえず、最低つっかえ棒的なものかドアストッパー的なもので、ドアを開いたままにしてから降りよう、ユルネ」

 脱出口の確保、大事。


「両方あったよ」

「じゃ、両方使ってくれ」

 さらに安心の二重構造。


 準備を整え、滑り台に行こうとした時だった。




「セオ、ユルネ、間に合ったか」

 ニッキーがやってきた。



「大負けに負けて、今回はグッドなタイミングにしてやるよ、ニッキー」

「なんか慌ててないか……あ、話をする時間はないってことか」

 淡い光に包まれた部屋に、リィノがいないこの状況。

 ニッキーは日夜鍛えている状況把握力を発揮させた。


「相手はポルックス、アルカナムだからな」

「クーニー・サズオクベじゃないのかい、ブライアント?」

 ユルネは道具袋の中にあった冒険者登録証から、そこまで予想していたらしい。


「大方クーニーを装っていたってところだろ、ニッキー」

 三階で聞いたポルックスの伝承とニッキーが断定しているところから、それが真実なのだろう。


「ニッキーのほうが事件の背景を知っているのだろうけど、今はゆっくり情報を照らし合わせる時間じゃないから、後回しにさせてもらうよ。いいよね」

「ああ」


 成人男性ニッキーの股座に体格少女ユルネが乗っかった上にカラスが抱きかかえられるという、密着するように滑り台に座っているのは、少しでも総重量を重くしてスピードを速めるためだ。


 他意はない。


 いざ、滑ってみると、らせん式ではあったもの、外側は落下防止用の心強い柵はどころか手すりさえない上に、スピードに乗っているので、滑るというよりも、滑り落ちるというほうが表現的には正しいかった。


「びぎゃぁああ!」

 悲鳴とも歓喜ともとれる大声を上げてしまったのは、緊迫した雰囲気を少しでも和らげるための自己防衛的なものだと言い張る。


 恐怖心、ただ漏れなわけないだろ!


「ついたな」

 ちょっと喉がひりひりするが、つばを飲み込めば治る程度だ。

 とくに問題ない。


 カラス特有の細長い足が、メチャクチャ震えているけど、これは、その、武者震いだ。

 まだ残っている恐怖心と無事滑り切った喜びによってもたらされた、極限状態による振動じゃないから。


 ふ、不安定ほど、恐怖心が駆り立てられるものだって、お、思っていないから、な……ウソです、すごい、怖かったです。

 無事、降りれて、本当によかったよ!


 生きているって、すばらしいことだよぉ!


「エルフの嬢ちゃんはどこに……あ」

「また門か」

 飾り気のない分厚い鉄製の門が俺たちの行く手を阻んでいた。


「でも、カギがかかっているわけじゃないし、開けられそうだねぇ」

 ただ、門が重いので、ニッキーでも少しずつしか開けられないそうだ。

 カラスの俺は早々にあきらめたけどな。


「リィノはすでに向こうに行っただろうけど……」

 いつもの考えなしに。

 リィノならある程度対処できるから、無謀な先行に対しては、あきれても心配なかった。


 しかし、俺の気配には敏感なはずだから、俺と合流するためにUターンして来てもおかしくないというのに、その気配が全くしない。

 考えられることは、手が離せない状態だということ。


「この先何があるかわからないからな」

 それでなくても、想定されている敵はアルカナム。

 どんな超常現象を引き起こして、襲い掛かってくるかわかったものではない。


 それに、アルカナム相手とわかったのだから、ニッキーはおそらくアレを持ってきている。

 ならば、俺のすべきことは、ニッキーの体力をできるだけ温存させた上で、敵対者の体力を削らないといけない。


「俺が合図を出すまでは乗り込めるようにしつつも待機してくれないか、ニッキー、ユルネ」

 ユルネにも待機するようにお願いしたのは、自業自得で巻き込まれてしまっている彼女だが、負傷させるわけにはいかないからだ。

 彼女は一応善意で来ているだけなので、危ないことにこれ以上つっこませるわけにもいかないだろう。


 対して俺は、仕事として来ているのだ。荒事も業務内容の一部である。限りなく少なくするように心がけてはいるが、どうしても譲れない時だってある。


「……わかった。合図はいつものアレでいいよな」

「ああ、アレだ」

 頼れるビジネスパートナーであるニッキーは俺の意をすぐにくみ取って、門をできるだけ静かに開け、俺の小さな体なら出入り可能なぐらいのわずかな隙間を作ってくれた。


「いってくるよ」

 俺は大きく羽ばたき高く飛ぶと滑空。

 できるだけ早く、できるだけ静かに、鉄製の門の向こう側へと入り込んだ。

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