第23話 幕間劇 その頃、ニッキーはというと……

 一方こちらはニコラス・ブライアントことニッキー。

 彼は当初誓言通り、サズオクベ家に向かおうとしていたが、途中、警備隊の同僚に引き止められていた。


 同僚からサズオクベ家に行くよりもこちらの方が情報が揃っていると、あれやこれやとプリンケプス警備隊基地の医務室へと誘導され、ベッドで安静にしている、腕時計によって呪われていたネズミ族の少年にあっていた。


 同僚の言う通り、少年から有益な情報を手に入れた。


 後はそれをセオたちに伝えるため、モノロギ邸に直行するだけ。


 ニッキーは街中を走りながら、手に入れたばかりの情報を、自分なりに頭の中で整理していた。


(クーニー・サズオクベ、か……)

 モノロギ邸に訪れたという魔法使いの名前だ。


 名門サズオクベ家のエリートであり、女性ながら冒険者として活動していた女性だ。


 そこでの活躍次第では、ホーラ治定団の重鎮に上りつめたのではないかとウワサされるほどの才能と家柄の持ち主だった。


(一緒に冒険者チームを組んできた二人の仲間を失ってから、生家に戻った。その後は一族の生業の一つである、魔法査定員……貴族の家にかけられている魔法の定期点検や、従業員の魔力の有無や、持っていた場合は魔力の性質や属性についての検分していた……そこまではいい)

 サズオクベ家は呪いのアイテムのトップランカーと同時に、魔法についても造詣が深い。


 このプリムス王国では、魔法関連の点検を業者、魔法査定員に頼るのはごく当たり前のことだ。


 そして、魔法査定員のスポンサー、サズオクベ家の者と関係性を結ぶことで、呪いから身を守ろうとする。


 サズオクベ家の者とて、お得意様を大義なしで呪うわけないからな。それに、身勝手な理由で呪われたときは対処してくれる。


 魔法といえども、技術である限りは、いたちごっこだ。


 サズオクベ家は魔法業界の第一線に身を置くからこそ、技能を進化させ続けることができ、高度な呪いのアイテムが作れるのだ。

 ホーラ神を信仰しているのも、呪いという技術を正しいことにしか使わないことを宣言し、説得力を持たせるためだ。


 いらない疑心は持たれたくないのは理解できる。


(ただ、クーニーは本当に唯一の生存者だったのかってところだよな)

 クーニーの冒険者チームがジェミニ海神殿に行ったのは、そこに封印されていると言い伝えられているホーラ神のアルカナムで、自立稼働型のポルックスを調査するためだ。


 ポルックスは特性上、完全に破壊することはほぼ不可能らしい。だが、その代わりポルックスが復讐代行者として動くには、かなりややっこしい制約がある。


 それはポルックスの目の前で殺されることだ。


 それによってポルックスは殺しを行った人物、団体、一族を罰するために動き出す。


 その範囲は殺害者を起点とした七親等まで。範囲外の人物を巻き込んでしまった場合は、相応の運命力をもって償うとされている。


 ミテルマとクモモと対決した時、ポルックスの目の前で殺されたのは、軍人のカストルでかつ戦地だったため、当時敵対していたミーティア帝国の軍人、軍隊やその従事者……戦争を決定した政府や賛同者まで起点扱いされ、七親等括りも付け足せば、当時のミーティア帝国民全員が復讐の対象だったという。


 凶悪な範囲だった。


 そのため、封印できた後も大変で、絶対解けないように毎日様子を見るしかなかったという。


 後にクモモが従神になった折には、ポルックスはジェミニ海神殿に移送され、ずっと眠らされていたわけだ。


 千年も過ぎれば、ヒト族主体国家だったミーティア帝国の親等は七以降だ。カストルの死によって成立された復讐代行はこうして無効化されたのだった。


 もしかしたら、クモモだけは標的のままかもしれないが、アルカナムと神では勝負にならないので、実質終了である。


 こうしてポルックスは人々の記憶に埋もれ、ジェミニ海神殿の中で封印され続けた。




(エスメ・セイシーギにムスリ・ネッロス……ジェミニ海神殿に探索して遅効トラップによって老衰して死んだ仲間たちの名前と簡単なプロフィールまで調べていなかったのが、そもそも悪かったのかな)


 エスメ・セイシーギは確かに冒険者として一流であった。


 ただし、腕前は二流。

 金勘定と口がうまく、冒険者ギルド内の数々の金銭トラブルを解決していたという実績によって、評価された人物だった。

 戦績こそよくないが、事務や総務、営業のエキスパートゆえ、一流チームには必須の裏方の人。


 交渉の一流冒険者だ。


 それをクーニーは後方支援の達人だと勘違いしていたらしいけど。


(ガーデニア・セイシーギとエスメ・セイシーギは姪とおばの関係だった)

 セイシーギ家の離散を防いだ、恩人。

 独り立ちした立派な女性。ガーデニアにとってのあこがれの人だ。


(ムスリもな……まさかこんな裏があっとは、って思うよ)

 ムスリ・ネッロスは表の顔は冒険者であったが、裏の顔は暗殺者だったことが判明している。


 サズオクベ家は生業が生業ゆえ、恨みを買っているわけで、金で雇われた暗殺者の標的にされていてもおかしくない。


 ムスリが裏の顔を隠してクーニーに近付くのも、想定内だ。


(冒険者は遺跡の探索中に命を落としてもおかしくない。さらにこのジェミニ海神殿。名家の出のエリートでも事故死はありえる……)

 あとは事故死だと言い張る目撃者がいれば、完全犯罪は成立していただろう。


(エスメはムスリに、セイシーギ家が没落した時期に大きな借りがあった)

 没落時のセイシーギ家は、競合他社に事業を乗っ取られていた。

 経営破綻は決まったようなもので、多額の借金だけが残った。

 財産をすべて売り払っても足りないという試算結果に、セイシーギ家はガーデニアを売って金を作ろうとしたのだ。


 奴隷制度を廃止しているプリムス王国では、まとまった金を一気に得るのは難しかったため、ガーデニアを海外に売ろうとしたのだが、そこで事情通のムスリから事態を聞きつけたエスメが待ったをかける。


 寸でのところだったそうだ。


 事業を手放し、破産手続きをすることを条件に、金を融通した、とガーデニアの日記には書かれていたが、実際は、事業を手放すどころか買収されている。経営できなくなった理由を競合他社の計略に負けたと伝えたくなかったから、それっぽく言いくるめたと考えられる。


 無駄にプライドが高い。


 セイシーギ家に調査しに行ったら、このはずれ情報を掴まされるだけで、無駄足になっていたかもしれない。


(セイシーギ家のことはどうでもいい。そんなことより、エスメとムスリの関係だ)

 その後、エスメはムスリの協力があって、セイシーギ家に残っていた多額の借金を返しきった上に、甥っ子を海外へ留学させた。


 エスメからすればムスリの助言は、セイシーギ家に再起を図るきっかけを与えたのだ。


 これはもう、ムスリに頭が上がらないだろう。


(エスメはムスリのいうことなら、よく聞いていたことも、少年が調べ上げていたな)

 ムスリがエスメを目撃者に仕立て上げようとしたのはほぼ確定だと思う。


 これらの判断材料から導き出せる答えは、クーニーがジェミニ海神殿でムスリに殺されていたってことだ。


(……ただ、クーニーはただでは死ななかった)

 そうここからが、ニッキーが調査している身元不明の老婆の遺体事件に交わるところなのだ。 


(クーニーは最後の力を振り絞って……ポルックスを目覚めさせた)

 ニッキーの脳裏に先ほど腕時計式の老化の呪いで死にかけたネズミ族の少年の姿が浮かぶ。


 少年はムスリと親戚関係だった。


 少年がただものではないことは、同じ警備隊員の協力者から予測できた。

 少年の正体や出自については、現時点お門違いなので、目をつぶる。

 それに三ヶ月以上少年なりに調査していた情報と、ポルックスを封印するために必要なモノを、渡してくれたのだ。

 取引としては十分だ。


 それに、自分は呪いが解けたばかりなので、まだうまく動けないから、とニッキーに託したときの顔は、己の不甲斐なさに苦々しく口元をゆがめると同時に、目じりは安堵の表情を浮かばせていた。


 一人の騎士として、警備兵として、少年の期待に応えたくなるものだ。


(七親等まで祟る恐ろしいアルカナム、ポルックスか……)


 伝承からすると、ポルックスはあらゆる生物そっくりに変身できる。


 それだけでも十分脅威なのだが、目の前で殺された人物に対しては、吸収して、衣服や所持品、記憶をそのまま引き継ぎ、元となった人物と入れ替わるという。


 殺された人間が生き返ったようにも見えるが、内面が全く違うことから双子の兄弟のようだと称されている。


(少年はクーニーが吸収されたことまで予測していたらしいが……ポルックスが【今】どんな姿をとっているのか、わからなかったから……病棟送りになったというところか)


 ポルックスはクーニーに成り代わったままじゃなかった。


 変身能力があるなら、吸収した人物のままじゃなく、目的が遂行しやすくなる人物の姿をとり続けるほうが合理的だ。

 実際、ポルックスはカストルを吸収し、復讐代行しようとした時なんか、ミーティア帝国で出自がいいジェミナイに化けて、当時汚職にまみれた政治しかしていなかった保守派を助け、社会をより混乱させようとしていたわけだし。

 同じようなことが起きていても、全くおかしくない。


(とにかく今やるべきことはモノロギ邸に行って、セオたちと合流することだな)

 ニッキーは託された秘密兵器を握りしめ、モノロギ邸の門の前で足を止める。

 その門はわずかに開いており、ニッキーを難なく屋敷へと迎い入れた。

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