第18話 二階 ガーデニア
──二階。
右はシンプルな色調に対して、左の優雅な細工を施された煌びやかなつくりと、左右で大きく違う分け隔てられている。
それもそのはず。右は住み込み従業員用の個室、左は客間が密集しているからだ。
俺たちは一応、従業員用の個室……ガーデニアが使っていた部屋に目を通すが、もぬけの殻だった。
「まぁ、予想通りだな」
ガーデニアが失踪してから数日。
証拠となりそうなものは隠滅し終わっているぐらいの時間が経っている。
現に彼女の荷物はゴミ捨て場にあったのだ。この部屋に特記すべきモノが残っているわけがない。
ただ、確認は大事なので眺めただけだ。
「ほかの従業員の方々も故郷に帰っているようね」
住み込み従業員用のところも、休暇で実家に帰って家族と過ごしているものがほとんどで、生活必需品こそ置きっぱなしだが、事件の手掛かりになりそうなものはほぼない。
備え付けらているらしい揃いのベッドやイス、テーブルの上や下にも何もない。
なお、今このモノロギ邸にいる、説得した秘書さんの部屋は一階になるミセス・モノロギの部屋に隣接しているため、保留である。
「というか、来週プリムス王国で年中行事があるのね」
通称、星の海感謝祭。
正式名称はステッラエ・マレ・グラートゥラーティオだが、俺は断固、星の海感謝祭と言い続ける。正式名称は言う度に舌がもつれちまう。
星の海感謝祭は収穫祭とお盆が合体したような祭で、一年に一回、五日間に渡ってで行われるらしい。
ハロウィンウィークが感覚的にはもっとも正解に近いと思う。
「ああ。よほどのことがなけりゃぁ、この国の住み込み従業員は、星の海感謝祭をはさんだ長期の休みを頂いて、故郷に帰って、今までの給金を手渡して、そこの催しに参加するだろうねぇ」
「ふ~ん。里帰りするのは絶好のタイミングなのね」
「セオ、もしかして、星の海感謝祭の間、カラスの里に帰りたいの?」
「ん~。うちの里、星の海感謝祭を祝う風習ないし。別にいいかなぁ。それよりも、プリムス王国の星の海感謝祭はどういうものかって方が気になる」
これから数年間パートナーのリィノと共に暮らす場所なのだ。初めの一年は、今後のため現地のあらゆる行事を体験しておきたい。初年度なら失敗しても笑って許してもらえる可能性も高いし。
打算的なところもあるけど、何事も経験なのだよ。
「事件と関係ない人たちと極力絡みたくなかったから、この状況はありがたいはずだけど……」
さすがに何も聞き出せないこの状況は困るか。
俺は視点を変えてみる。
すると丁度目に映ったのは、従業員共同のボード。
手書きではあるものの、シフト表なんて、わかるやつがわかればいいのだといわんばかりに、簡潔に書かれていた。
「客間の数は全部で六つ……ラテン数字で区別しているのか……あ」
俺は先週のとある客間の清掃担当者にガーデニアの名があることを見つけ、次の探索場所を決めた。
「と、いうわけでやってきました! トレースの間! 三番だよ! お、猫足浴槽もある!」
「応接間ほどじゃないけど、照明もキラキラしていて綺麗ね」
俺たちは左の客間の一室に移動した。
さすが客間というか、従業員用の部屋の簡素さとは大きく異なり、部屋全体が優美な雰囲気に包まれていた。
白のレースカーテンに高級感と重厚感のあるクラシックな厚地カーテン。
ダブルベッド、ユニットバス、流し台、本棚、ドレッサー、クローゼットにテーブルと椅子二脚……何日か滞在しても困らないようにと、配慮された家具が立ち並んでいる。
ホテル・ゴージャスほどではないが、上品な佇まいは客人を気兼ねなくもてなすには、うってつけだと思った。
「しっかし、何でこの客間を調べるって決めたんだい?」
俺の考えにすぐ賛同してくれるリィノと違って、ユルネは解説を求めるようだ。
ま、普通そうだよな。
俺とユルネには確固たる信頼関係が築かれていないわけだし。
頭の中を一度整理するのも兼ねて、俺はユルネの疑問に答えることにした。
「従業員の個室には何もなかったけど、従業員共同のボードには興味深いものが張ってあったからね」
客間は使われていないと一週間に一度掃除する程度。
モノロギ邸で女傑ミテルマの肖像画の公開以降、泊り客がいるような大規模なパーティを行う予定はまだない。
さらに、星の海感謝祭で従業員は休暇をとっている。
休暇前の掃除以降はそのままのはずだ。
「で、あのシフト表からすると、ガーデニアは五日前、トレースの間、つまりこの客間の掃除を担当していた。もしかしたら、何か残しているかもしれない」
紅茶ポットの中とか。
絵画や鏡の裏とか。
「破った日記帳のページぐらいなら簡単に隠せるだろ」
「……そういうことかい。なら、この洒落たドレッサーの戸棚が怪しいねぇ」
「ガーデニアの花が彫られているから?」
「安直だが、こういう探し物は安直じゃないとね。それにこの広さじゃぁ、くまなく探すなんて愚行だと思わないかい、カラス」
「確かに」
「わ、紙切れが出てきたわ、セオ、ユルネ」
俺たちの会話をその長くて鋭い耳でちゃんとキャッチしていたようで、リィノがドレッサーの中から、破れたページを取り出した。
待機するように言っていなかったからなぁ。
この行動力の化身め!
「判断が早い娘だね……」
「さすがだ、リィノ」
後から知ることになるが、この客間にガーデニアの花が関連しているのはドレッサーだけで、他の客間には紅茶のカップや絵画、タイルの柄にアロマキャンドルと結構使われていたらしい。
花をかたどったアイテムは、女性客に好評だから。女性客の好感度上げや、夫とともにやってきた奥さんに媚びを売っておくための小道具として重宝しているとか。
プリムス王国ではガーデニアは縁起がいい花ってこともあって、人気が高く、関連グッズが多いのもあって、モノロギ邸だけでもかなりの種類が置いてあったそうだ。
ガーデニアだけを目印に探していたら、見つけ出すのは困難だったかもな。
「えっと……奥様の部屋、人魚に月の雫を捧げ、開けとささやけ……」
「何かの仕掛けか?」
枕詞は魔法的な。
この異世界はどういう仕組みかわからないが、何か特定の条件を作ることで、魔法の効果を高めることができる。
例えば、通常の目くらましの魔法は本体が目に見えないだけで、聴覚や臭覚が誤魔化せない、光を当てると影ができるなど、微妙なモノだったりする。
だが、条件を付けることによって、ただ光を当てるだけでは影ができても、見えなくすることが出来る。
ただし、条件が絶対になるため、条件がランプだった場合、そのランプの光が当たると影どころか本体が見えるようになってしまう。
全体的には強化されるが、作った条件には弱体化してしまう。
魔法の理についてはまだまだ勉強中だけど、代償やら制約つうのも力になるってことだけはわかっているつもりだ。
あと、こういう屋敷には、隠し通路があっても可笑しくないと思う。
長年購入貴族として君臨しているのだ。万が一の逃げ道や隠し倉庫ぐらい設置しているだろう。
個人的には逃げ道は避難通路に類するところもあって、設置をお勧めするけどな。
このプリムス王国、建築基準法やら、消防法、特定建築物に関わる各種届出など、なあなあだから。
土地の所有者だけは明確にするけどさぁ。
その場限りならば、どんな建築物だろうと作ってもいいっていう風潮すらある。
現代日本なら確実に違法建築にひっかかる建物はまだかわいい方で、からくり魔法屋敷がわんさかある。
命がけになるぐらいのえげつない魔法罠も、もちろんセットだ。
不法侵入しなきゃいいだけのことだろうけど、中には俺たちに追い詰められたから建物ごと爆破しようとしたやつもいたし。
異世界のマジカル建築物は過激なのだ。
「二階はこのぐらいにして、一階の奥様の部屋を調査するか」
ガーデニアが残したメモを見つけたところで、俺たちは二階を後にすることにした。
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