第17話 三階 仮に展覧会だったら、テーマは女傑ミテルマとその戦歴だったに違いない

(それにしても……何で、クモモはミテルマに逆お姫抱っこされているのか)

 俺はリィノに解説を求めた。

 リィノは快く承諾。


 むしろ、俺がミテルマの伝説を知らなかったことに驚いている。

 落ち着いているから、ファーベル特有の文化の疎さに気づかれなかったようだ。


 そりゃ、知ったかぶってないと舐められるから、すまし顔をするのが常だし、カラスだから、表情が読みとりにくいのもあるのだろう。


 さけど、思慮深いのは単純に前世の年の功。俺の良識ある行動の大元は、視野の広さと推理力でなんとなくわかっているように見せている、メッキみたいなもの。


 積極的にわからないことは、リィノに聞いていくスタイルをとらないといけないわけで。

 無知をさらけ出しているってわかっていても、そんなもんよりも優先順位が高いモノのためなら、堂々と恥ぐらいかいてやるって意気込みで異世界ファーベルで生きているんだ! 四歳児なんだ!


「この場面はね……」

 リィノの話によると、このキャンパスに描かれているのは、ミテルマが女将軍として、商家ノスタールと取引しているときに、まだ少年だったクモモとの出会いシーンらしい。

 やんちゃ盛りだったクモモは木登りをしていて、うっかり滑って落下したところをミテルマに救助された姿で描かれている。

 クモモにとって衝撃的な運命の出会いの一面。


 ……オネショタだったのね。


 すまん、俺は日本サブカルチャーに染まっているのだ。純愛とか初恋シーンとか感動的な言葉がとっさに思い浮かばなかった。


「クモモはミテルマを追いかけるように軍人になって、遠征にも度々参加して……片腕クラスにまで昇進と」

「……愛の力は偉大だなぁ」


 商家の出でここまで喰らい付くなんて、すごい執念を感じるよ、クモモ。

 最終的に従神にまで転化する男は人間の時から何か違っていたのかもしれないけど。


「で、こちらは数年後、ミーティア帝国が保守派と改革派の二つの派閥に分かれて、対決していた時代のものだよ、セオ」


 クーデターという言葉が頭の中によぎる。


 絵画からも、口論ではなく、暴力的な手段が使われてきたというのが見て取れた。


「ふ~ん、大変な時代だったのね」

 と言っても、俺にとっては所詮エンターテインメント。


 過去の戦争や内戦は対岸の火事。


 当事者たちに一定の敬意を払うが、同調はしない。


 ただし、今回の事件に関係しそうなんだよなぁ。

 この異世界ファーベルの神様は、状況をいじくって、要所要所に事件のヒントを散りばめる傾向が強いから。この場にある絵画たちが事件とは無関係だと考えきれない。


 それでなくても、俺はミテルマの伝説について知らないことが多すぎる。

 伝説の内容が、事件を解くカギになることは、一般的によくあることだからな。


 見立ては王道です。


「おや、これは女傑ミテルマとまだ人間であったクモモとの共闘を題材にした作品かい」

「敵はホーラ神のアルカナム・ポルックスね」

「二人ともなんでわかるの?」

 ミテルマとクモモと対峙するのは、荒れ狂う海の上に立つ人物。

 大柄で筋骨隆々している、マッスル系美丈夫だ。

 これだけでは、この人物がアルカナムどころか、人外かどうかも断定するのは難しい。


「ポルックスの性質は、死者の心情に寄り添う。無念の死を遂げた人の恨みつらみを代行する」

「ホーラ神は復讐や報復の神だから……」


 復讐代行者ってことか。


「ポルックスはミテルマとクモモ遠征戦、通称ジェミニ海戦で敗北し死亡した敵国の戦士カストルの心をもって、二人に復讐、さらにミーティア帝国を壊滅させようともくろんでいた」

 リィノが当時のポルックスの使命を説明しだす。

 ありがてぇ、ありがてぇ。


「ジェミニ海戦で戦死した、ミーティア帝国のレダ領の領主の息子ジェミナイを装って、保守派に属していたらしいよ」

「壊滅目的で、保守派に所属って……保守派ってかなりダメダメだったのか」


 もしかしたら、改革派はジェミナイに成り代わっていたポルックスが実行しようとしている、国を亡ぼすほどの悪政の邪魔になる存在だったから、反対勢力に加担したとも考えられるよ。


 ポルックスが出世していって、政権をとっていく長期プランだったら、の話だけどね。


 そんな流暢な考えだったら、絵画に描かれてある通りの派手な戦いをするわけないだろうけど。


「保守派が政権を握ったままだったら、ミーティア帝国は滅んでいたといわれているわ」

「補足説明ありがとう、リィノ」

 考えられる可能性を考えて、自問自答で否定する。

 すべての可能性を考えてから、すべてを否定し続けてるのは、一考すると無駄に見えるが、否定しきれなかったものこそが、真実への道しるべとなる。

 思考は納得するまで突き進まないといけないものなのである。


「この絵のポルックスはジェミナイの姿を捨て、カストルへと変貌。海の力を借りて、ジェミニ海戦で殺されていった兵の恨みつらみとともに、立ち向かっているところだね」

 海の上に立っていることと、波の形がヒトの顔に寄せているところが、絵の中の人物がポルックスの方であると主張しているらしい。


「ミテルマとクモモのほうが勝つわ。でもこの時の戦いの出来事が後々影響するわけだけど……」

 ミテルマのため、人の輪から外れ、従神となったクモモの結末を考えると決して明るいものではないのだろう。


「ポルックスか……」

 一通り伝説を聞いてわかったことは、ポルックスは復讐代行者で、姿を自由自在に変えられる能力を持っている。

 社会への理解度が高く、隠密や工作が得意。

 確かにこれらの能力もあって、今俺たちが調査している事件に関わっている可能性が大きい、アルカナムではある。


 しかし、それならそれで動機は?



「クモモに対する嫌がらせで、女傑ミテルマの肖像画をノスタール家に渡さないように妨害している?」


「動機としてはしょうもないけど、ありえなくはないわ」


「だけど、それで人を殺すかい?」

 アルカナムにとって、神以外の生命体の死なんか、その辺の草をむしり取るようなものだ。


 罪悪感を抱くことはまずない。


「アルカナムにしては珍しく社会事情を汲み取るポルックスにしては、あまりにもお粗末だねぇ」

 だけど、ユルネの言い分はもっともだ。

 すべての草を、自発的にむしり取るかと言えば違う。


 神々が作りし、アルカナムである限り、何らかしらのルールや制約があるはずなのだ。


「それもそうか。ポルックスだったら、条件を満たしてしまった【何か】が起きたはずなのか……」

 その【何か】が復讐に因んだものなのだろうが、情報がない。


「それに死んじゃぁいないが、ネズミ族の少年を襲ったことも気になるねぇ」

 確かに。

 ガーデニアと少年につながる【何か】……見当もつかないな。


「まぁ、この階で調べられることはここまでなんじゃないかな。下に降りよう」

 アルカナムのポルックスの性質と能力、女傑ミテルマの肖像画の製作者クモモとの関連性についての情報を手に入れたのは、大きい。

 解かなければならない謎が増えたけど、それは単純に、推理ショーを開けるほど、情報が出そろっていないだけだ。


 さらなる情報を求め、俺たちは三階を後にした。

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