第14話 日記の終わりにある空白のページは……

(ふ~ん。最初は意志表明だなぁ……)

 その後は、仕事内容や、モノロギ邸の人間関係。気難しい商談相手との面会の日時など、メモ帳代わりに使われているところが多々ある。


「料理のレシピもあるわ」

「こっちには、お得意様用の紅茶の銘柄に角砂糖の数もある。メイドの仕事を彼女なりに一生懸命こなそうとしているね」


 リィノとニッキーの言う通り、ガーデニアは自主的に、仕事内容を忘れないようにと日記に書き残していた。


 ガーデニアは優等生タイプの頑張り屋さんだったようだ。


 ここでふと俺は、モノロギ邸の当主代理の未亡人エジーナ・モノロギのことを思い返す。

 ガーデニアが勝手にいなくなったことに怒っていたのは確か。

 そして、その怒りは、頼れるメイドが急にいなくなったことで悲しいという感情が入り混じったものというよりも、出来の悪いメイドが仕事を放り出して逃げていって清々するものの、外聞が悪くなってしまうことに対するものであった。


(一生懸命仕事に打ち込んでいたようだけど……評価されていなかったのかなぁ)


 努力しても成功するとは限らないし、合格点をたたき出すとも限らない。

 空振りしてしまうのなんて、よくあることだ。


(いやいやいや。まだ日記を読み始めたばかり。判断する材料としては少ない)


 さらに読み進めると、ガーデニアはメイドとして奉公していた家はモノロギ邸だけではなかったことが書かれていた。

 元経営者の父やセイシーギ家代々に恨みを持つ家が多かったらしく、数多くの嫌がらせを受けては、収拾がつかなくなって、解雇されてきたということが書かれている。


(落ちぶれるって……大変なことだな)

 セイシーギ家がどんなことをしてきたかわからないが、その娘であるガーデニアに当たらなくてもいいじゃないかと思うが、人の思いは複雑なので、簡単に擁護出来ない。


 生半可な擁護は、逆に相手をイライラさせて、話をこじらせてしまうものだ。

 それに、擁護すべきだった弱者はもう……。


(モノロギの奥様はやさしい人。この方のお役に立ちたい……か)


 だから、こんなに業務内容を書き込んで、忘れないように、覚えていくようにしたのか。

 ガーデニアは個人的な日記だというのに、自分のことをあまり書かなかった。


 悲しかったこと、辛かったことは、モノロギ邸での日々が、かつての奉公先よりずっといい環境だったのか、ほぼない。


 あるのは、亡き夫の代わりに家を守り続けるエジーナ・モノロギに認めてもらいたいという想いだけ。


(ここまでは一方的な片思いにしか見えないけど……あ?)

 三か月前のことだった。

 ガーデニアがかつて奉公した、ある家の者が来たそうだ。





 その名はサズオクベ家。





「サズオクベ家って……どこかで聞いたことがあるな」

 はて、なんでだっけ?

 俺が首をかしげていると、リィノが答えてくれる。


「ホーラ神の信奉者で、断罪を合言葉に暗躍しているホーラ治定団の家系の一つ。呪いのアイテムのトップランカー」

 ああ、ホーラ神が関連すると、見境なくなる団体に属している家か。


 ホーラ神は断罪を司る神で、基本は勧善懲悪。時々復讐や報復もあるが、神の視点からは世直しをしているだけに過ぎない。

 そもそも復讐とは原始的な本能として、しっかり根付いているものだ。生きている限り逃れられない感情の一つ。なくてはならない、当然の存在だ。


 そういう性質のためか、ホーラ神のアルカナムも結構社会には出回っている。


 ただし、ホーラ治定団は人の子が作った団体なので、時々暴走する。正義や正統性を主張してくるので、厄介なことも多い。

 そんなこともあり、アルカナム興信所とは状況次第では、味方になるときもあれば敵になるときもある団体である。


 信じるものが違うから、協力と対立を繰り返すのである。


「サズオクベ家の者が本当にセイシーギ家……ガーデニア本人が一市民として心を入れ替えているかどうか、チェックしてきたって、これ越権行為じゃねぇ?」

「日記はガーデニアの主観によって書かれている。ミセス・モノロギがサズオクベ家に正式に依頼した可能性もある」

 モノロギ家は商家。

 不信を拭うため、この異世界では魔法に頼るのが一般的だ。この世界(ファーベル)では、魔法は価値と根拠があるんでな。

 その手の第一線にある名家を頼ること自体は問題ない。


「でも、ここからなんか文字が乱れているねぇ」


 蚊帳の外だったユルネがついつい指摘してくるほど、サズオクベ家の者が訪問した日から、ガーデニアの字がおかしくなっている。


 精神状態が乱れだしているというべきだろう。


 あれだけ几帳面に仕事内容を書いていたというのに、仕事に関わる文章が無くなる。



 読める文章が、誤字脱字が多い解読が難しい文章に。

 俺の言語翻訳スキルの字幕が仕事できなくなるぐらい、乱れに乱れた文字の羅列。



 伝わるのは、困惑、錯乱、狂気。

 これはもう文学ではなく芸術の域。


 言葉に収まり切れなかったものがグルグルと描き廻られている。


 お題を例えるなら【抜け出せないアリジゴクのような恐怖】である。



「これは……サズオクベ家に確認をとったほうがいいかも」

 リィノでさえ助言してくる。


 俺は俺でリィノが確認するという選択肢が、自発的に出たことに感動している。

 知り合った当初、報連相どころか、自分の気持ちは伝えなくてもわかっている、くみ取ってくれると思い込んでいるために、難航していた意思疎通。


 そりゃ、俺とリィノの間にはテレパシーで通じるところがあるけど、想像していたものより万能じゃないし、ニッキーのように魔法契約していない他者には全く通じない。



 そのことを教え込むこと数か月。花開いた教育についつい喜んでしまう。

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