第13話 他人の日記には口を挟まないのが吉
──この異世界の中級冒険者が住むのは、こういう住宅なのだろうか。
俺たちはユルネの家にやってきていた。
同じような家がずらりと並ぶ、レンガ造りの統制されたテラスハウスの一角。
各家、玄関飾りなどで差異を設けているが、初見で見分けるのは難しそうだ。
「冒険者ギルドからけっこう近いところに住んでいるのね」
ユルネの家はシンボルツリーにシマトネリコの鉢植えを使用していた。
常緑樹とあって、見た目がかっこいい。
玄関前の鉢としていい選択に俺の心が少し緩む。
センスがいい人はね、人の気持ちが読み取る技能も高いんじゃないかって、期待しちゃうよね。
「ああ、あたしの所属するギルドマスターがここらへんの住宅の組合長も兼任しているってところもあるからね」
開き直っているのか、ユルネの口が軽い。
ニッキーが警備隊のコートを脱いでいるところも、ポイントなのかもしれないけど。
取り繕った下手な少女像が消え、勝気な物言いが似合う頼れる姐さんタイプへと変貌。
世俗的な人なのか、それともこの姐さん調が素なのか。
女にはいろんな顔があるから、断言できねぇ。
「あたしが拾ったもんを見せれば、見逃してくれるんだろ、ブライアント」
「ああ。ゴミ捨て場に捨ててあったのを、不審に思った善良な一市民が拾っていたってことにするよ」
俺たちはユルネを解放する代わりに、物的証拠を求めた。
この交換条件のおかげで、協力的になったユルネ。
物わかりがよろしい。
「でも、セオ。なんでユルネが犯人ではないと暫定したの?」
「いや、暫定とまではいかないよ。だけど、ユルネが犯人である可能性は低いから」
「なんで?」
「証拠品をうやむやにするために、売りさばきたいって思う犯人はいると思うけど……。ユルネのいままでの行動からしたら、つじつまが合わない」
つじつまがすべてとは思わないけど。
「いくら世間知らずでも、一般的に魔法に関して長けているというエルフに魔法アイテムを売らない」
ユルネは真珠のネックレスの価値を、真珠という価値でしか見出していなかったのだ。
今までの行動は、拾ったものを警備隊に届けず、売りさばこうとするムーブメントしか合っていない。だから、運悪く巻き込まれてしまったタイプと考えたほうがいいだろう。
「あと、積極的な協力者は調査には必要不可欠だからね。世の中ある程度、清濁併せ呑むのも必要だよ」
「ふ~ん」
敵対者は出来るだけ少ないほうがいい。交渉で味方キャラにして取り込め。
お助けキャラとなったら、積極的に聞きこんで、使え。
これ、常識なのよね。
「これらがゴミ捨て場から拾ってきたものだよ」
協力的になったユルネによって、部屋の中まで招かれる。
テーブルの上には、大き目なバックとその中身が広げられていた。
ところどころに落ちない汚れがこびりついた古着に、元はよかっただろうが何回か使われたために色あせたハンカチ。
インク、鉛筆といった最低限の筆記用具も売り物として出せないぐらい消費されていた。
「見事に中古品ばかりだな」
「真珠のネックレス以外は値になるような品はなかったからね。あたし自身が使いつぶそうと思っていたのさ」
ケチなら使い古された品でもタダなら……と拾ってしまうだろう。
消耗品は多少汚れていても使えればいいものな。
「あ、日記帳がある」
文具屋で売っている何の変哲もない日記帳だが、表紙にはガーデニア・セイシーギと書かれていた。
「使っていた部分は千切って、メモ帳がわりにするつもりだったのさ」
まだメモ帳へとカスタマイズしていないからガーデニアの日記のままである。
現物が残っていて、よかった。
「……つまり、内容は読んでいないのだな」
「ああ。まだ手につけていないし……興味がなくてね」
まぁ、そうなるわな。
他人の日記なんか、普通に考えたら面白くもクソもないからなぁ。
プライバシー上の問題もあるけど、自分主体で書いてあるから、他人からすると伝わらないところも多い。気まぐれ、ストレス解消の殴り書き等、脈絡のない文章になりがちである。
普通はある程度脚色、整理しないと、本として出版できない出来なのですよ。
素人にはソレがわからないのですわぁ。
「読まずに捨てられる前にゲットできたのは、ラッキーだよね」
俺はさっそくページを開く。
日記の日付はそう昔のものではない。
ガーデニア・セイシーギがモノロギ邸に奉公のためやってきたのが始まりだった。
「うら若き乙女の日記を読むことになるとはな……」
「なんか、変態チックな言い方だよ、セオ」
「うっ」
リィノのつっこみに四十代男性のガラスのハートが軽く傷ついたが、日記を読みだす。
ガーデニアは目標があった。
冒険者を生業としているという叔母レベルに稼げるようになって、セイシーギ家を援助すること。
父は残念ながら経営者としての才能はなく、没落するのは当然だったという。
結果的にセイシーギ家の稼ぎ頭となった叔母も、父が事業を手放し、破産手続きをすることを条件に、金を融通するようになったという。
叔母のおかげで一家離散までは阻止できたようだ。
そして、希望も残った。
それは兄の存在だった。
遠く異国の地にて経営者としてのノウハウを学び、帰国したら、セイシーギ家を再興させるのだと、意気込んでいるらしい。
ガーデニアはそんな兄の夢とセイシーギ家の盛り返しを目的として、モノロギ家にメイドとしてやってきていた。
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