第8話 一点に注目を集めて、その周辺をぼやかして仕掛ける……手品ではよくあることです
「しかし、事件を長引かせるつもりはない。女傑ミテルマの肖像画を売りに来た者はどんな方でしたか」
ニッキーの使命は治安維持だものな。
アルカナムを盗んで大金をせしめた盗人が、のうのうと過ごしているのは、看過できないのだろう。
一度味を占めると同じようなことをするのが人の性。模倣犯が出てくるのは世の常。
犯罪事件は解決しないと、悲劇が繰り返させられるのである。
何としてでも犯人を捕まえたい、その気持ち、わかるよ。
「こちらが我々の記憶をもとに描いた犯人でございます」
執事から手渡されるのは数枚の絵。
記憶をもとにしているので多少ギャップはあるが、重要な手掛かりである。
全身図はもちろん、手首や足元、胸元や臀部といった細かい部分をクローズアップした絵もある。
スケベと罵ってはいけない。これも重要な情報だ。
現に違和感はあったよ。ただし、確証がないというか、手製のレースは不揃いになりがちだし、もともとこういうデザインかも、と少々心もとないモノだったけど。
世界にたった一つしかないって言えばだいたい格好がつくし。
あと、衣装によって強調された女性特有の柔らか曲線のコラボレーションは見事であった。
ちょっと鼻の下を伸ばしているけど、目をつぶってほしい。
調査員でいる前に、俺は一人の男だ。生理的現象には抗えない、多少表情に出てくるのは仕方がないことなのだ。
カラスだけど。
人間の時より、なぜか性的興奮を感じやすくなっている。
もしかして、年(四歳・カラスでは若い青年ぐらい)のせいかもしれないな……。
「ふ~む。年の頃はミセス・モノロギと同じぐらいか……」
ミセスの正確な年齢はニッキーから道中で聞いたから、俺は知っていけど……対面しているソフィア嬢たちには悪いが、ミセスことエジーナの、妙齢の女性っていうミステリアスな魅力を失わせるわけにはいかないんでな。
女性の年齢を堂々と公表する趣味はないので、ここはぼやかしてもらうよ。
それにしても、黒いレースって上品なおしゃれだな。
エジーナは未亡人だからというよりも、この手の衣装デザインが気に入っているからなのかもしれないな。
「黒い服に真珠のネックレス。ミセス・モノロギと同じような服装ですね」
「変装は完璧だったと……」
ニッキー、リィノも思わずうなる。
確かに、この盗人、モノロギ邸で見たエジーナ・モノロギの影武者になれるぐらい、素人では判別が難しい、よく出来た変装をしている。
「それでも一人で来ていたことに疑問を持つべきでした。とんだ失態です」
「お嬢様……」
普通交渉といえば秘書一人ぐらい、携えてくるものだからな。
その浅慮が盗人を見抜けなかったという弱みにつながったわけか。
「秘書、か……」
思い出すのはモノロギ邸で応接間まで案内してくれた女性。
主を引き立たせるためか、地味な格好だったところまでは記憶に残っているが、顔の部分はぼやけている。
「ミセス・モノロギと同じダークブロンドの女性でしたね」
本職であるニッキーに言われるまで、髪の色なんか忘れていたよ。
「もじゃもじゃした人間か」
もじゃもじゃ……天然パーマだったけ?
いや、絹のような輝きと品質を持つ、スッキリキューティクルロングヘア―のリィノと比べれば、ちょっと手入れが足りない程度だったぞ。
もしかして、髪を一つに束ねていたからか。
もっさりしていたように見えなくもないな。
大変失礼なことを思いつつ、俺の中では印象に残らなかったことだけは、はっきりした。
「この絵とミセス・モノロギと違う所といえば……腕時計をしているところか」
腕時計と言ったが、この異世界の腕時計は時計のサイズが小さくて視認性に劣り、精度も悪い。ブレスレットの宝飾品だ。
……地球でも初期の腕時計はそんなものだったけどな。
そういうわけで、現時点、腕時計は女性向けのアクセサリー。正確な時間を計るとなると、懐中時計が主流だ。
時間を守る出来る仕事人間は、懐中時計のほうを携える。
腕時計は装飾としての価値しかないが……されど、装飾品。
しかも絵だというのに、光物に弱いカラスの本能が刺激されるぐらいだから、それなりにいいものなのだろう。
見栄も商談の中では必須事項だからなぁ。宝石がついていた、いかにも高級品を身に着けていても、これといった不自然はない。
ただし、それは一般論だ。
「この腕時計、なんのためにしているのかな?」
エジーナは普段腕時計をしていないので、これは変装の邪魔だ。
それでなくても先に述べたとおり、異世界ファーベルの腕時計は正確な時間を計るものではないので、正体がバレるリスクを背負ってまで、身に着けるものではない。
この違和感、どうも、引っかかる。
「腕時計型の人を操る呪いの道具とか、魔法とか、ありえるか?」
装飾品をアンテナ代わりに人を操る魔法が存在しないとは言い切れない。
魔法ギルドあたりが詳しそうだが、エルフ族のリィノなら、その手の知識も豊富なはずだ。
「わからない。でも、それなら真珠のネックレスのほうに呪いをかけるわ」
身に着けていても違和感がない小道具があったね。
「単純に意識をそらさせるものだったかもしれないしな」
この
顔に大きな付けほくろをつけ、ほくろに注意を引き付けることで、他の顔のパーツを印象を薄め、顔がわからない犯人像を作りだした者もいたという。
あえて目立つ特徴をつけることで、細部をごまそうとしたのかもしれない。
「手首に傷とかほくろがあったかもしれないってことか」
「なるほど、一理ある」
化粧で誤魔化すとしても、不安だったら、小道具で誤魔化そうとするだろう。
実際、この異世界の化粧は汗で落ちることもある。安物というよりも、こういう技術面が地球とは数段下ってところだな。魔法以外の技術は、今後の技術革新に期待したいところである。
こうして、俺たちはエジーナ・モノロギの偽物の情報を得た。
マジックグラフは調査のためと、元絵と大差ない複製品を数枚受け取った後、今朝発見されたという身元不明の老婆の死体がある死体安置所へと向かう。
女傑ミテルマの肖像画盗難事件と関係あるかないかどうか、見極めないと、ね。
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