第7話  有名美術品がどうして高いのか~作品の完成度? 作者の知名度? それだけじゃないよね~

 海外のミーティア帝国から来たというノスタール氏は首都プリンケプスにある一流ホテル・ゴージャスに滞在していた。


 一流ホテルというぐらいだから、エントランスホールは大理石特有の筋をあしらったデザインで統一され、高級感を演出させている。ホテル全体も塵一つないぐらいピカピカに清掃されているし、床はツルツルだ。

 調度品も無駄に大きく豪華な物ばかり。


「一流ホテルはどこの世界でも立派なのか……」

 客人に有利な交渉を結べるようにアシストするなら、やりすぎなぐらいがちょうどいい。

 相手を威圧させるにはぴったりな景観に舌を巻くしかない。

 政治的、商業的な交渉の場に指定されやすい理由がよくわかる。


 そして、そんなホテルのフロア一階を貸し切っているというノスタール氏。

 どんな化け物だよっとつっこみたくなる。


「プリンケプス警備隊の方とアルカナム興信所の方ですね。お待ちしておりました」

 ナイスミドル? 老紳士? もといノスタール氏の執事の案内で、部屋に通された。

 そう今、俺たちは経済界の化け物と対面しているという訳だ。


 出会った瞬間、衝撃を受けた。


 圧倒的、圧倒的ロリっ娘だったのだから……。


「初めまして。ノスタール財閥第三十六代目当主候補、ソフィア・ノスタールです。以後お見知りおきを」

 御年十二歳。洗練された優雅なしぐさ、ただものではない。


「えっと……ヒト族ですよね」

 この異世界には幼い見た目の種族や寿命が短い種族もいるから。十二歳でも成人だってこともある。


「はい。私はヒト族です」

 ずいぶん大人びているのね。


 もしかしたら、俺みたいに前世系か。


 実際、俺、この異世界に生まれて五年目……四歳だ。四歳ではありえないぐらい頭が回るといわれている。

 といっても、不思議生物カラス界では成体で、故郷のカラスの里でしっかり成人式も迎えた。


 式典の時、休みをもらって故郷に帰ったはずなのに、なぜかリィノもいて、これで大人だねって祝われたな。

 主がパートナーの契約獣の生まれ故郷に行く自体は珍しいことではないらしいけど、周りのみんなはなんか、生暖かい目で見守っていたなぁ。



「ん? 当主候補?」

 聞きなれない言葉に首をかしげる。現在カラスだから、かわいいぞ。


「ノスタール財閥では、次期当主を決める際、候補の方々の中で最も優秀な者と決めておりますから」

 はは~ん。候補たちによるバトルロワイアルってところか。


「……女傑ミテルマの肖像画は、ノスタール家の跡目争いの道具ってこと?」

 リィノ、ちょっと目が怖いぞ。

 アルカナム興信所調査員として、アルカナムを俗物たちの権力のトロフィーにさせられるのは嫌だってことか。


「まぁまぁ、リィノ」

「どうどう」

 ニッキーと共に、リィノの体から溢れ出てくる怒りのオーラを抑えるため、なだめる。


「すべてのアルカナムが対象ではありません。ノスタール家の先祖、クモモ・ノスタールの創造したものだけです」

 ソフィアは、リィノに怪訝な顔でにらまれるのは想定内らしく、表情をゆがめることもなく、むしろ諭すようにやさしく語りかけてくる。

 寛大な心の持ち主なのかな。

 十二歳でこれなら、大人になったらどんなに素敵なレディになるか、ちょっと楽しみだよ。


「クモモ・ノスタール?」

「……従神クモモのこと? 元は人間で、商家の出だということは聞いたことがあるけど……」


 従神とは、神に見初められて、俗世から切り離され、神へと昇格・変貌することを受け入れた者の総称である。

 クモモは、惚れた女将軍のために、従神になることを決めたという。

 忠義と勝利の従神として、ろくに異世界ファーベルの歴史や神話を知らない俺の耳でも、聞いた覚えがある。



「先祖といっても、直系ではありませんが」

 クモモの兄弟姉妹の血筋ってところか。

 

 子孫って、こういうニュアンスもあるから、少々ややっこしいところあるよね。


 俺も娯楽小説やゲームや漫画で、前作、非業な死を遂げたはずの登場人物の子孫が出てくると聞いて読み始めたら、実は曾甥姪孫だった……というのはまだマシで、クローンや試験官ベイビーだったと知って、がっかりしたことあるし。


 かわいそうなあのキャラクターに、一時でも春があったって思うだけでも、幸せな気分になるじゃないか!


 純粋な読書者の淡い期待を裏切りやがって……作者の鬼、悪魔、でも好き! って何回だって思ったさ。


 ……話の脱線が多くないかって?

 前世でドラマ等で知識としてわかっているけど、バイキング目当てや市主催の式典などで、数えるぐらいしか行ったことがない一流ホテルに、ノスタール氏は少女だけど、ただものではないオーラを漂わせているし、その隣ではわかりやすいぐらい仕事が出来る執事の鋭い眼光を常時受けている状態なのだ。


 プレッシャーで神経がすり減って、少しでも気を和らげるため、精神が勝手に明後日の方を向くのも自明の理。

 思考が隙あれば、現実逃避しようとしているの。


 それでも目の前の現象を連想されるものをあえて思い浮かべることで、意識を現実に戻しているの。


 逃走と直面を繰り返しながら、仕事と向き合っているの。


「え、じゃぁクモモが惚れた女って、女傑ミテルマなのか」

 この異世界の伝承の知識が足りない俺は、アルカナムの出来た背景と作り手の情報が一致していないことが多い。


 恋愛ものは好きだから、これを機に今度ファーベルならではのロマンスや公式カップリングについて調べようかな。


 うん、メッチャ楽しみ。


「はい。そして、我がノスタール財閥は、歴代当主の手腕と従神クモモの加護によって、繁栄しています。従神クモモが作りだしたアルカナムの中でも芸術的価値のあるものは、時には売り払い、時には買い戻すことがあります」


「なるほど」

 美術品の価値は、流通経歴も評価対象だものな。


「それで、今回は買い戻すために来たと」

「跡目争いの道具でもありますが、女傑ミテルマの肖像画の価値を釣り上げるためでもあります。アルカナム興信所の調査員の方々には不快に思われるでしょうが、ご理解を賜りますようお願い申し上げます」


 あえて評価が移ろう俗世の中を渡り歩くのも、女傑ミテルマの威光を知らしめるために作りだされたアルカナムならばこその、宿命というべきか。


 特に時の権力者に一時的とはいえ、所持されていたとなると、価値、急上昇。

 逸話があればなお良し。


 だからこそ、美術品は渡り歩く。


 古美術ほど人に愛され、人に利用される、人のための作品だと思うよ。


 ……本当、よく出来ているな。


「納得した。問題ない」

 世俗に疎いリィノでも、女傑ミテルマの肖像画の性質上のものならばと、物わかりのいい反応をしだす。


 俺たちアルカナム興信所の調査員は、アルカナム至上主義だものな。


 そうなると、この状況も茶番の一つなのかもしれない。

 心配して損した。

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