第6話 仕事中はどんなに美人でも、ジャガイモと話しているような気分で接しているものさ

「身の潔白を証明するためにも必要なことですわね。仕方がありませんわ。女傑ミテルマの肖像画が戻ってくるのならば、安いモノでしょうし」

 盗難品は元の持ち主から「返してほしい」と言われたら、無料で返さなければならない。


 通常、盗難品であると知らずに買い受けた場合、元の持ち主に返す義務はないが、何事にも例外はある。

 モノロギ家とノスタール氏の立場、そして女傑ミテルマの肖像画というアルカナムの特殊性によるものだ。


 一般の個人として、ありきたりなものを購入していればこうはならなかっただろう。

 男爵家であるモノロギが、国の許可を得て、他国の名家ノスタール氏に神秘の力を有するアルカナムを売却する。

 下手をすれば国際問題に発展しかねない、重要な取引。


 決まった時間と場所で取引されたことも、当主代理であるミセス・モノロギが直接交渉する予定だったのも、すべては取扱品がアルカナムだったからだ。


 取引当日、盗難され、取引中止の連絡が間に合わなかったことよりも、ノスタール氏がミセス・モノロギと自称していた犯人を見抜けなかったのに非があったとして、女傑ミテルマの肖像画はモノロギ家に戻ってくる可能性は高いのである。

 しかも、代金はノスタール氏持ち。犯人が捕まらない限りはお金は戻ってこないという、ノスタール氏が一方的に損をするようになっている。


 もちろん、このままノスタール氏が泣き寝入りするとは思わないけど。


 そこら辺の問題は、後に起きるであろう民事裁判の結果次第だが、少なくてもプリンケプス警備隊は、盗難事件が何事もなく終結したら、盗難品である女傑ミテルマの肖像画を、請求したモノロギ家に返却する予定だ。


 俺としては、信用問題上、請求しないほうがいいような気がするが……ミセス・モノロギはもう請求してしまったからな。

 第三者の俺がつついてもいい問題じゃない。


 いや、『アルカナム・女傑ミテルマの肖像画をあるべき場所へ……』という天啓から、逆に積極的に干渉しないといけないのか?


 もしかして、俺たち、女傑ミテルマの肖像画の所有者に相応しい人物も、見極めないといけないの?


 アルカナムが関わっているところから、盗難事件だけじゃすまなくなるとは思っていたけど。


 こうなると、ノスタール氏とは絶対面会しておかないといけないな……。


 俺はやれやれとクソでかため息をついた。


 金を払ったというのに、目的のモノを一度手にしたというのに、取り上げられた今回の事件の完全な被害者と会わなければならないのだ。


 奴さん、荒れているだろうな……。

 会う前から気が滅入るよ。





「……セオ」

 リィノはメモ書きを終えたらしく、手が止まっていた。

 そして、心なしか拗ねているように見える。

「ん、どうした、リィノ。お腹がすいたか?」

 一応アルカナム興信所調査員としては対等の立場でなのだが、リィノの挙動が幼いので、ついつい前世の甥っ子や姪っ子のように接してしまう。

 甘やかしたくなる動作ってあるものだ。


「違う」


 俺のソノ態度が今回はもっと癇に障ってしまったようで、頬を膨らまし始めた。

 本格的に機嫌を悪くしてしまった。


「リィノ、どうした。何か気になることでもあったか。俺にだけ伝えてみろ」

 リィノは根は純粋だからな。世間知らずゆえ、突拍子もないことを言って場を混乱させてしまうことはあるけど、なかなか鋭い指摘をしてくることもある。


 原文のままではだめだが、編集すれば、かなりいい質問になる。

 そのため、リィノの疑問は、まず俺だけに伝えるように言い聞かせた。


 それに都合よく、俺、契約獣だし。


 主と心の中が繋がっているというか、念話である程度の会話が可能なのだ。

 念話の仕方も簡単。話すような感覚で、頭の中でこの言葉を伝えたいと願うだけ。

 俺の感覚だと、透明な携帯電話を使っているようなもので、抵抗なく使える。


「……うん、わかった」

 リィノが肯くと同時に、頭の中で、プルルルルっと呼び鈴みたいな魔力が流れ聞こえてくる。

 さっそくかかってきたなと、俺は受診ボタンを押すようなイメージをしてから、リィノの心の声に耳を傾ける。


【セオ、エジーナ・モノロギのこと見すぎ】


 ブーッ!

 完全に予想外だったため、俺の頭の中が一瞬真っ白になったのは言うまでもない。


【ああいうのが好みなの?】

 好みか……。

 確かに、俺は前世、未亡人もののエロ動画を視聴したことがあるよ。お気に入り登録もしたことある。なんだったら、DVDも所持していた。

 全く興味がないというのはウソだ。


 エジーナ未亡人をエロ視点で見ていないかというと、そこは男の悲しい性、許容範囲なら一割ぐらい、無意識でも、そういう性的な目で見てしまっていたかもしれない。


 だけど、理性のコントロールができる範囲だから。


 仕事をはさんでいるから、ほとんどジャガイモみたいなものだから。

 ジャガイモごときに、感情を大きく揺さぶられるわけないだろう!

 ホクホクさせたらおいしそうと思ってしまうかもしれないが、ホクホクしないからね。陳列されたジャガイモに劣情を抱くわけがないからね!


【好みかという点は否定しないが、今は調査中だ。気になるのも、この事件にどこまで関りがあるのかどうかだ】

 実際、怪しい。

 事件が終わるまで目を離してはいけないぐらいの重要人物だ。

 残り九割は疑惑の目だ。


【そうなの?】

【行動パターンはこのプリムス王国では珍しくないだろうけど、きな臭い】

 むしろ、常識を盾に何か隠しているのではないか、と疑うレベルだ。


【偶然おとといメイドが逃げ出して、偶然昨日肖像画が盗難され、偶然取引中止の連絡が間に合わなかった、なんて偶然が三つもあってたまるか】

 誰かの悪意が見え隠れしている。


【……うん、事件の影、濃すぎるね】

【影がエジーナ・モノロギかどうかまで判別つかないけど、要注意だってことはわかったようだな、リィノ】


 ……といっても、これ以上聞き出せそうなことは思いつかなかった。

 頭の中に何とも言えないモヤモヤを住み着かせながら、俺たち三人は、モノロギ邸から出ていくしかなかった。


 次の聞き込み先はノスタール氏だよ……トホホ。

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