第5話  大人の事情~大義のためならば、本音と建前を使い分けなければならない~

「……そうですか。だから、行方不明者届を出していなかったと」

「ええ。そんなことより、女傑ミテルマの肖像画の件ですわ」


 メイドが行方不明になっていることよりも、盗品のほうが大事なのかよ、と突っ込まれるかもしれないが、その答えに対してはイエスとしか答えられない。


  アルカナム興信所調査員の俺たちにとっては、もともとアルカナムである女傑ミテルマの肖像画のほうが、優先順位が高いのもある。


 そして、この異世界の一般的な考えとして、メイドがというか、若い娘は気まぐれであり、辛抱強くないから、両親のもとに逃げ帰るのだとされている。さらに、プリムス王国では、メイドが逃げ出すのはいつものことと、届けをすぐに出さず、法定期間内ギリギリまで様子見という名の放置をする雇い主が多い。


 俺の調べでは、その可能性はあるにはあるが、大半は理不尽な業務内容から体と精神が壊れる前に逃走したというケースだ。住み込みだと、相談できる相手を見つけることが困難だからな。


 雇い主に無理難題を押し付けられて、心身ともにボロボロにされることも少なくない。


 稀に誘拐されて、海外へ人身売買されるというふうに犯罪に巻き込まれているケースもある。治安維持を担うニッキー的には、面倒くさがらずに即座に行方不明者届を出せよ、仮にも雇い主であるのだから、雇い主の責任を果たせと苦言したくなるところだ。


 だけど、今はその言葉を飲み込む。


 情報が出尽くしていない今、相手を不快にさせるような言葉や話の流れをぶった切る言葉は避ける。

 ニッキーの表情が険しいのは、事件に対する怒りだけではない。


「女傑ミテルマの肖像画は盗まれたといっていますが、当初の予定通りノスタール氏に購入されていますよね」

「それは、肖像画を盗んだ犯人が、ノスタール氏に図々しくもわたくしに成り代わって約束の時間に面会し、直接売りに出したのですわ。我々の商談の日をどこで聞きつけたか知りませんが」


 要約すると、犯人はエジーナになりすまして、ノスタール氏に盗んだ肖像画を売って、その代金を持って逃げた。

 この女傑ミテルマの肖像画盗難事件のややっこしさはここにあるのだ。



 確かに、盗難品を売りさばくのは難しい。


 しかも、有名なアルカナムだから、通常はもちろん、闇ルートでもさばけるかどうか。俺たちアルカナム興信所というプロ集団もいる中、かなり悪質な組織が裏にいないと実質無理だ。個人的な泥棒ならまず手に余る。


(アルカナム特有の能力を得るための窃盗じゃないってことはわかるけどさ……)

 そういう目的だったら、女傑ミテルマの肖像画はまず狙わない。


 なぜなら、女傑ミテルマの肖像画にも神秘的な力が備わっているが、その固有能力は……肖像画の劣化を防ぐことである。芸術品、それも多くの人々に鑑賞され続けることを前提とした能力である。


 盾代わりに使えなくもないだろうが、使用方法を間違えれば、天罰が下ることもあるので、そんなリスク背負ってまで盾にするバカはいないだろう。

 やはり神の手によって造られた美術品として愛でるのが正解である。


 女傑ミテルマの英雄伝説を、半永久的に語り続けるための小道具。


 それが女傑ミテルマの肖像画の本質であり、真骨頂なのだ。



「ノスタール氏にご購入される前に、女傑ミテルマの肖像画を我が屋敷のパーティーで公開しましたが、それはこの国の最後の所有者としての義務みたいなものですわ。ノスタール氏は外国の方ですもの」


 手放す前に鑑賞会を開く……売買目的とはいえ、女傑ミテルマの肖像画の所有者としては正しい判断だ。

 美術館で一般公開しなかった理由は、売り物を不特定多数に見せると、よからぬことを思いつく、短慮な者を遠ざけるためだろう。


 ただし、結果的に盗まれたわけで。

 犯人は、盗品をそのまま購入予定者に持っていき、代金をせしめたわけで。

 防犯、うまくいかなかったね。


(う~ん、犯人が上手なのはわかったけど……)


 女傑ミテルマの肖像画盗難事件の背景を洗ってみると、一見すると理にかなっているような気がしないでもない。が、かなり引っかかることがある。


 それが何なのか、今は具体的にはわからない。真相にたどり着くしか、その答えは出てこないだろう。

 だから俺たちは気になることを地道に聞き込み、原因と経緯を探り、解釈するしかないのである。


「で。こちらがパーティーの参加者のリストですわ。うちの使用人たちのリストも一応作りましたが、おとといから行方不明のあのメイド以外は全員アリバイがありますので、疑わないで欲しいのですが……」


 疑わない、は無理だろ。


 アリバイが本物かどうか確認しないといけないわけで。

 結果的にモノロギ家の汚点になったとしても、こちらとしては職務上の義務を遂行したに過ぎない。

 恨むなら、調査している俺たちではなく、盗難された自分たちのマヌケさを恨め。

 俺は心の中で悪態をついた。


「形式的なことが終わるまでは、容疑者から外せませんので。何卒、ご了承のほどよろしくお願いいたします」

 後半部分は棒読みだが、社会人ニッキーの世渡り術が光って見えた。


 事前に相手にこちらの事情をくみ取ってもらえるように、お願いする。先制攻撃は戦いだけでなく、社会やビジネスにおいても有効なのである。

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