第3話 エルフ全般は森の中で独自の文明を築いていますが、俺の契約者は若さゆえ、順応性を期待されて派遣されてます
俺とニッキーが会話しているのが聞こえたのか、奥の個室のドアが開く。
俺の契約主、リィノだ。
「・・・・・・うるさい」
涼しげで怜悧な碧眼に、艶めく金色の髪に尖った耳と、浮世離れした美貌をもつエルフ族の正統派美少女。
白を基調とした服を着ているのは、この色がもっともリィノの魔力と波長が合うかららしい。
装飾品やレースもただのお洒落としてではなく、詠唱のサポートや魔力アップを目的とした魔法陣が組まれているとか。
全身魔力で固めた、完全武装をしているらしいよ。
……らしいらしいって、説明としてずいぶん不親切じゃないかって?
俺、異世界ファーベル独自の魔法知識、よくわかってねぇもん。
魔法分野はリィノの言うことを信じて、鵜呑みにするしかない。
「リィノ、ここはまず、あいさつだ。はい、こんにちは!」
「……こんにちは」
俺の言葉を復唱するリィノ。人間の年齢だったらいい歳なのだが、長命のエルフだからな。
時間の感覚が違うので、ついこの間までエルフの里では幼児扱いされていた。
リィノの里では、俺みたいな不思議生物を介添に指名して、数年間俗世で【お勤め】することで一人前と認められるのだ。
で、リィノのお勤め先というのが、アルカナム興信所。
年齢は見た目とほぼ同じで、その若さから町中での任務に抜擢されたのだ。
確かに、静かな森のエルフの里の中で、ずっと過ごしてきた見た目十代、中身百歳以上のご高齢エルフが、生活環境がコロコロと移り変わる街中に住むのは、精神的に苦痛だろう。
リィノの若い感性と適応能力を期待され、送り出されるのも致し方なし。
……といっても、リィノもあまり対話スキルが高い方ではないからな。俺としては主が急激な変化で体調不良を起こさないように気をつかっているのだが……どこまで有効であったか。
むしろ、甘やかしすぎただろうか。
見知った人物と言えども、客人がいるというのに不愛想なのはいただけない。
礼儀作法について再度注意する必要がありそうだ。
だけど、今はこんな幼児みたいな仕草になっても、こういう種族だからと、目をつぶってくれると嬉しい。
チラッチラッ。
「ああ。こんにちは、リィノ。騒がしくして悪かったな」
いろいろ察してくれるニッキーはこの異世界の大人らしい接し方をしてくれる。
これがどれだけありがたいことなのか。
前世で世間の荒波にもまれた俺には、ニッキーの器の大きさに、感動で震えるしかない。
もう、大好きだよ、ニッキー!
「……先ほど、天啓を受けた」
リィノに睨まれる。
美形の鋭いまなざしに、俺の体は思わず硬直する。
「アルカナム『女傑ミテルマの肖像画』をあるべき場所へ……と。だから、探しに行くよ」
「あ~はいはい、探しに行くのはいいけど、ちょっと待とうね、リィノ」
ノープランで外に出ようとするリィノに待ったをかける。
それにしても、今回も短絡的でかつ抽象的な天啓だ。六何の原則を投げ捨てている。
むしろ、リィノに天啓を与えてくる神様は、慌てふためいて、途方に暮れるリィノや俺を観たいのかと思うぐらいだ。
……案外、愉悦、愉悦と楽しんでいるかもな。
「まず、肖像画が現在どこにあるかわかるのか、リィノ」
「……わからない。だが、肖像画というぐらいだから、美術館とか画廊でしょ」
「行き当たりばったりな調査はやめような」
アルカナム専門家の俺たちが現在所持していない時点で、一癖二癖あるだろうに。
「でも、昔みたいに手当たり次第、そこら辺の次第屋敷に不法侵入しなくなったところはえらいぞ。女傑ミテルマの肖像画がなくても、絵画系の情報が集まってそうな場所に行って聞きこもうという姿勢も見られるし、成長している」
昔はもっとひどかった。ポイントを絞れるようになっただけ、成長したよ、リィノ……。
えらい、えらいと撫でてしまいそうだよ。
「あとは状況を見極めような、リィノ。このタイミングで天啓がきたってことは、ニッキーから情報を得られるってことだろう」
この異世界ファーベルの神は意地悪で理不尽なところもあるが、足掻ける猶予があるうちは要所要所にヒントを散りばめている。
だから、ここにニッキーが来ているのは偶然じゃない。必然だ。
「ああ、女傑ミテルマの肖像画、な……。そういえば、先日その肖像画、証拠品として押収した」
「え~。もう事件に巻き込まれているの~」
リィノに天啓を送る神様……お前、絶対試練大好き神だな。
気持ちはわかるけど、巻き込まれるこっちとしては……ドラマチックな探偵業、嫌いじゃないぜっと言っておこう。
俺にとって今生の不思議カラス生はボーナスステージみたいなものだから。
前向きに楽しんでやろうじゃないか。
「そうなるな。ちなみに肖像画は盗難品として着たね」
「盗難品……」
つまり、事件を解決しないと持ち主に返却されないと。
「しかも、ちょっとややっこしい事件なんでな。移動しながら話そう」
「移動しながら? 目的地があるということか、ニッキー」
「ああ。肖像画の売却者、モノロギ家に、な」
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