第5話

「ではこれはサービスで…」

そう言って店主が、やはりカサブランカを包んでくれた。

買えば高いカサブランカをサービスで、太っ腹だなぁと思いながら私がそれを受け取った。


墓地は海や街を見下ろすように、山の斜面にあった。暑い時期の登坂は汗が溢れるには十分だった。時折海風がふわりとあたり、ほっと息を漏らす。漏らして吸って…すると。

「え」


あの香りだ。


「喜久郎君…」

時田さんがある墓の前に跪いた男性を見てそう呟いた。そのお墓には沢山のカサブランカが飾られていた。

「お知り合いですか?」

「…同級生なんです。」

時田さんが男性に近づく。

「久しぶりだね。と言ってもミチの葬儀で見かけたんだけど。喜久郎君、全然気づかなかったから。」

「…あぁ、時田さん。」

私はギョッとした。振り向いた男性の表情は憔悴しきっていた。頬はこけ、目の下のクマは紫色の陰となってこびりついているようだ。よろよろと立ち上がると、再び墓を見つめる。

「月命日でね。今日は会える日だったから。そうだ、よかったら時田さんも小百合に声をかけてやってくれないか?…小百合、時田さんだよ。懐かしいだろ?」

小百合…あ、確か最初の被害者の名前。この人はそのご主人か。

「土居さんそれを」

「え、はい。」

私は時田さんに言われるまま、先ほど花屋からサービスでもらったカサブランカの花を男性に渡した。

「カサブランカ…ありがとう。小百合が喜ぶよ。」

男性はにっこり微笑むと、カサブランカを墓に飾った。

「小百合はこの花が一番好きだったものね。」

そう言うと時田さんはお墓の前で手を合わせた。そして

「安心して、あなたから奪うつもりなんてないから。どうか安らかにね。」

と言った。

「ありがとう」

力なく、男性は微笑んだ。

私達が葛城家のお墓を拝み、そこを離れようとしても、男性はその場を離れることはなかった。


「あの人、大丈夫なんでしょうか?」

私は男性のどこか壊れている様子に不安を覚えそう言ったが、

「…大丈夫ですよ、きっと。彼女がずっとそばにいるはずですから。」

時田さんは清々しい表情でそう返した。


潮風の匂いに混ざってカサブランカの香りがどこからともなく流れてくる。

海は穏やかに白い波を立てていた。



--- 終幕 ---

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非業の白百合『真実と俯瞰』 菜梨タレ蔵 @agebu0417

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