第4話
「一人目の被害者の親友という事で私も話を伺った。時田…マリカさん。貴女の話もしていた。結婚式のスピーチに感動したと、大切な友人だと。」
時田さんの目から大粒の涙がポロリと落ちた。唇をかみしめ、何かが零れそうになるのをこらえている。彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。
小野田刑事が立ち上がり、時田さんの肩に優しく手を置いた。
「貴女のそのお気持ちは私が預かります。」
小野田刑事の声が優しく響く。
「何かわかったらすぐに知らせますよ。」
「小野田さんそれは…」
若い刑事がそれはいけないと遮る。守秘義務ってものはどうしてこんなに面倒なんだろうと思う。
「お互いがお互いの仕事をする、それだけだ。俺は真実を突き止める。貴女は事件を俯瞰して記事を書く。」
「俯瞰して…」
時田さんのかみしめた唇が開き、言葉がこぼれた。
「この事件は被害者だけじゃない、多くの人の心を傷つけた。真実を知らなければならないのは貴女だけではない。事の顛末を余すことなく、しかし客観視して報道してほしい。この取材内容を見ればわかる。貴女にはそれができる。」
時田さんは席に着いた。こぼれた涙を拭うことなく、いつものキリリとした表情に戻る。
「わかりました。」
私がこの町へきて三日後、その連絡はきた。
臨竜会 会長 岸龍雄が逮捕されたと。
その後、真実も次々と明らかになる。
鈴里産婦人科医院では先代医院長の時より違法な堕胎が行われており、胎児や胎盤、臍帯の一部は臨竜会に横流しされていたこと。また現医院長は日常的に三人目の被害者である奥さんに暴力を振るっており、亡くなったのはそれが原因だったこと。漢方薬局の老婦人の息子夫婦は、兄である岸龍雄の指示で事故に見せかけ殺害されていたこと。
「心筋梗塞…ですか。」
「死因についてはそれであると、報告を受けました。」
時田さんの親友、葛城ミチさんの死因は心不全だったことがわかった。
それを聞いた時田さんがへなへなとその場に崩れる。
「殺されたんじゃなかった。…ミチ。」
せめてもの救いだったかどうかはわからないけど、時田さんはずっと泣いていた。
今まで我慢していたものが溢れるように、ずっと、ずーっと。
私達は取材を終え、東京に戻ることにした。
「一人目の被害者についてはいまだに謎が多く残りますが、最後まで調べるつもりです。」
警察署の入口の前で、小野田刑事はそう言って私達を見送ってくれた。
私達は駅へ向かう前に、時田さんの親友のお墓参りに行くことにした。
平日の商店街は閑散としていた。漢方薬局があったという店舗はカーテンが閉められ、「閉店」の文字が掲げられている。老婦人は先日亡くなってしまったと聞いた。時田さんは店の前で立ち止まると手を合わせ、会釈をした。私も並んで同じように、手を合わせた。
街でただ一つという花屋は、すぐにどこにあるか分かった。
香りである。
店の前には沢山のカサブランカの鉢があった。今が盛りと言わんばかりに、全て満開に咲いていた。
あの小野田刑事が苦手だと言っていたのが少し理解できるほど、その香りは強く、またあの花の形がこちらを吸い込もうとしているようで…。私は少し怖くなった。
「いらっしゃいませ。」
店に入ると店主だろうか、声をかけてくれた。店の中にも、沢山のカサブランカの花。その光景は少し不気味だった。
「お供えの花を」
「でしたらちょうどカサブランカの花が」
「いいえ、これを。」
店主が勧めるのを遮るように、時田さんはその花を指さした。
「あの子にはこの花の方が似合いますから。」
それは太陽のように咲いたひまわりの花。
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