第3話

私達は警察署に着くなり会議室のような所に通された。小野田刑事は大きな溜息をつきながら私達の斜め向かいの席に座った。

「どんな事情があれ迷惑だ。」

と第一声。そして時田さんが渡した手元の資料を見る。

「すみません。それは十分わかっています。こちらが得た情報は全てお渡しします。」

「当然だ。だが協力には感謝します。」

やっぱり、ちょいちょいムカつく、この小野田って人。

「漢方薬局の老婦人は我々が聴取に行っても多くは語ってくれなかったからな。成程、兄がいた、か。息子夫婦を事故で亡くしている…買ったばかりの車でエンジントラブルか。」

「亡くなったお孫さんの幸せが生き甲斐だとおっしゃってました…それなのに。」

何それ辛い。

「…結婚当初にあの離れを、あの絵は結婚式のブーケだったのか。」

「鈴里医院の待合室に絵が飾られていて。とても綺麗だったので…。」

「白いカサブランカ、か。」

小野田刑事の眉間に皺が寄った。

「カサブランカが何か?」

「事件とは関係ない事なのでお話しできますが…関係先でよく見かけるんですよ。一人目の被害者の仏壇、二人目の被害者の庭や三人目の被害者の描いていた絵。そして何より、この町の所々で匂いが…ね。私が苦手だから余計に気になるんでしょうが。」

「甘くていい匂いですけどね。毒でもあるって言うんですか?」

私はわざとトゲのある言い方をした。

「種類は違いますが百合の花はビャクゴウという漢方薬として用いられることもあるのだと漢方薬局の釜石さんがおっしゃってました。毒にはならないかと。」

時田さんがそう話してくれた時、ドアをノックする音がして若い刑事さんが入ってきた。

「情報提供ありがとうございました。」

そう言ってスマホを時田さんに返す。

「誰だか分かったのか?」

「ここで言っても?」

若い刑事さんは私達の方を見て言った。

「今回についてはかまわない。」

「…臨龍会の」

え、臨龍会!?って言ったら指定暴力団の一つだ。編集長の言っていた『元本庁マル暴の刑事』がここで繋がる。この小野田刑事は臨龍会を追ってこの町に来たのだ。

「暴力団がらみの事件…ってことですか?」

私はドキドキしながら聞いた。こんな何もなさそうな静かな町で、そんな怖い組織が動いているなんて。臨竜会は中国マフィアとも繋がっていると噂されており、麻薬取引の他、臓器売買など行っていると聞いたことがある。

「さて、これを聞けば自分がいかに危険な立場にあるか分かってもらえたのでは?」

小野田刑事が時田さんを見る。しかし時田さんの表情は変わらない。そんなことは既に予測していたと言わんばかりに強い目で小野田刑事を見つめた。

「黒い車が一時期、鈴里産婦人科医院に出入りしていたと聞きました。公になってはいけないような患者が出入りしていたのではないかと噂になった時期があった。それがちょうど、医院長が交代した時期です。」

時田さんは淡々と語った。そこまで調べたんだ。

「鈴里産婦人科の前医院長は今香港にいるそうです。」

小野田刑事がゆっくりと目を閉じ、口を開いた。

「そこまでお一人で?刑事以上の聞き込みだ。」

「元々この町の出身なので、知り合いの力も借りました。小さな町ですし、少しでも変わったことがあればすぐ噂になります。」

「なるほど…。細田、保護の手配は?」

「はい、整ってます。お二人のことはしっかりお守りしますから、どうぞ安心を。」

そう言ってにっこり微笑んだ若い刑事さんに、ほんのちょっぴりキュンとした。…私ってばてっきり枯れ専なのかと思ってたけど。そうではなかったようで少し安心した。

「…私、保護していただくつもりは。身の安全なら…自分で。」

「時田さん、でしたっけ?随分この事件に執着しているようだ。」

「親友が…この事件で犠牲になりました。…私は真実が知りたいんです!彼女は、ミチは本当にいい子だった。私は彼女をあんな目にあっわせた犯人が絶対に許せません!」

いつも冷静な時田さんが立ち上がり、声を荒げた。目には涙も浮かんでいる。

大切な親友を奪われた彼女の悲しみが、怒りがひしひしと伝わってきて私は胸が痛くなった。

「…葛城ミチさん、えぇ、そうですね。」

小野田刑事の表情が曇った。

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