第27話 水族館デート




 日曜日がやってきた。




 天気は快晴。絶好のお出かけ日和だ。


「あと三十分か……」


 俺は少し早く片瀬江ノ島駅に到着し、晴海を待っている。


 今日のデートは新江ノ島水族館をメインに、江ノ島での散策デートだ。


『もうすぐ着くよ!』

「おっ」


 それから待つこと十分ほど。スマホにメッセージが届き、程なくして駅にアナウンスが流れた。


 数分後、豪奢な外観の駅の中から広場の方にバラバラと人が流れてくる。


「あっ、高峯ー!」


 その中から俺が見つけ出すよりも早く、鈴を転がすように元気な声が聞こえた。




 声の先を見れば、晴海が駅の入り口で大きく手を振っている。それに応えて振り返すと、彼女は小走りにこちらへやってきた。


「お待たせ! やー、すごいね。電車めっちゃ混んでた」

「お疲れ。日曜だからな、観光地に行く電車はこんなもんだろ」

「それね! てか、近くの席にタメくらいのカップルいてさー。仲良さげに話してるの見てたら、あたしまでテンション上がってきちゃった」

「おお。なら楽しませられるよう頑張る」


 今日も今日とて快活に笑う晴海。つられて自分の口元が柔らかく緩むのがわかった。




「それにしても。今日の格好、可愛いな」

「ん? えへへ、そうでしょ」


 本日の晴海のコーディネートは、アイボリー系のオフショルブラウスを基調としたものだった。


 靴は歩きやすさを考慮してか、白地のバスケットタイプのスニーカー。デニム調のホットパンツから覗く、美しい脚線美を描く白い足が眩しい。


 髪は緩めの編み込みでサイドにまとめられていて、メイクも小洒落たミニバッグも完璧だ。


「デートだから気合い入れてきたんだ。気に入ってもらえてよかった♪」

「おう、むしろ俺が見劣りしないか心配になってきたな」

「高峯もカッコいいよ?」

「おお、そうか?」


 俺の格好はグレーのカットソーにベージュのチノパン、白のシャツを合わせたもの。


 晴海と同じく、長く歩くことを想定して靴はスニーカー。あとは小物で清潔なイメージに纏めた。


「晴海にそう言ってもらえて安心した。うし、行こう」

「うん!」


 俺から晴海の手を取って歩き出す。


 今日はめいいっぱい楽しませられるよう、頑張るとしよう。




 駅から水族館へは歩いて数分だ。


 到着すると、入口には既に列ができている。俺達もその最後尾に並んだ。


「ねえ、あの子めちゃくちゃ可愛くない?」

「ヤバ、モデルさんみたい」


 すると早々に、周囲から聞こえる好色な声。


 デートスタイルの晴海は普段からまた一段と存在感を増していて、どこであろうと注目の的になる。


「隣のあれ、彼氏かな?」

「いい感じじゃん。お似合いでいいな~」


 ……続けて聞こえてきた言葉に、少し恥ずかしくなった。今の俺は少しは晴海に相応しい男に見えているだろうか。




 それから順調に列が進んで、入場チケットを購入する。


「このイルカの写真、可愛いね」

「俺のはカワウソだったわ」

「そっちもいいな~」


 係員さんにチケットを確認してもらい、階段を登って館内に入る。


 最初はテラスになっており、一面ガラス張りの窓から相模湾を一望することができた。


「絶景~! あっ、江ノ島も見える!」

「こうして見ると、思ったより離れてるな」


 遠目から見てもシーキャンドルは良く目立っていて、今日はあそこにも行くつもりだ。




 貝や魚の標本が飾られたミニコーナーを通り過ぎ、いよいよ本館へ。最初は相模湾の生物が展示されているゾーンだ。


 テラスで実物を見た後だと、まるでそこに没入していくような感覚を味わえる。


「へえ! こんなに沢山いるんだ!」

「おお、カラフルだ」


 入ってすぐにあるガラスの向こうでは、早速色とりどりの魚が悠々と泳ぎ回っていた。


「これ、一つの水槽の一部なんだよね?」

「下でもっと巨大なガラスから、全体を観られるみたいだぞ」

「きっとすごく綺麗だよね」

「だな」


 存分に間近から魚達を鑑賞し、進もうとしたところですぐ近くに撮影スポットを見つける。


 天井や壁から魚を模したオブジェが吊り下げられていて、海の中を模しているようだ。


「高峯、あそこで撮ってもらおうよ」

「いいぞ」


 呼び込みをしているスタッフさんに声をかけて、早速撮影してもらう。


「はーい、それじゃあ撮りますよ!」

「オッケーです! 高峯!」

「おう」


 促されたので、ピースしている晴海の方に少し近づく。


 ……そうだ。




 ふと思いついた俺は、そのまま左手を晴海の方に回すと肩を密着させた。


 彼女は少しびっくりした後、少し恥ずかしそうにしながらも再びカメラに向けて笑う。


「3、2、1、はい、チーズ!」


 直後にスタッフさんがシャッターを切った。


「はい、ありがとうございます! そちらのコーナーでフォトカードをお作りしていますので、是非見ていってください!」


「ありがとうございます」

「ありがとうございまーす!」


 そのまま先に進んで、撮ってもらったばかりの写真を確認した。


「おー、いい感じじゃん」

「マジで海の中で撮ったみたいな感じになってる」

「お二人とも、とても良い表情でいらっしゃいますね!」


 スタッフさんのお世辞に写真をもう一度見れば、確かに悪くない。少なくともプリクラの時よりマシな顔だ。




 無事に写真を加工してもらって先に進むと、チラチラこっちを見ながら晴海が言う。


「高峯、さっきのって…」

「悪い、やりすぎたか?」


 ちょっと勇気を出してみたんだが、嫌だっただろうか。 


「ん~。どうだろうね?」


 そんなことを言いながら、一歩こちらに寄ってきた晴海が肩を軽く押し付けてきた。


 どうやらオッケー判定らしい。


「おっ、あっちはまた違う水槽みたいだぞ」

「いってみよ!」


 その距離のまま、俺達は展示を見にいった。


「頭のコブすごっ! 目は光ってるし、いきなり会ったら超ビビるやつじゃん」

「暗い場所では会いたくないな……」


 最初の水槽からほど近くにある岩礁水槽には、厳つい顔の魚が泳いでいた。上の部分には小さな魚群が列をなしていて、不思議な組み合わせだ。




 そこからすぐ近くには円柱形の水槽があって、小さな魚達が海草の周りを泳ぎ回っている。 


「あはは、すごくちっちゃいや」


 慈しむような目を向けながら、悠々自適に動き回る小さな魚達を見つめる。


 晴海がそのほっそりとした指先でガラスの表面をなぞれば、それに従って一部の魚が泳いだ。


「わっ、反応した」


 楽しそうに笑いながら言う晴海の方が、正直俺には可愛く見えた。口には出さないけど。


 さらに奥の開けた場所へ進むと、川辺を模した細長い水槽では、川魚が流れてくる水流に逆らって上流へと登ろうとしていた。


「おお~、すごく激しい動きだ」

「ガッツあるなこいつ」


 激しい水の流れにさらされながらも、必死に全身を動かして乗り越えようとする姿に魅入られる。


「なんだか、高峯みたい」

「え? 俺?」

「うん。どんなに大変でも頑張るところがね」

「ちょっと複雑だな」


 魚と重ねられて、喜んでいいのやら。




 しばらく見ていると、結局その一匹はあと一歩のところで登りきれずに押し戻されてしまう。


 深い場所に戻って右往左往しているそいつに、別の一匹が近づいてくるくると周りを回った。


 流された一匹もそれに応えて、二匹は水槽の中で寄り添う。

「今度は晴海みたいな魚だ」

「えー、こんな風にイチャイチャしたいってこと?」

「あ、いや、そうじゃ……」


 思わずいつもの癖で誤魔化してしまう。


 だが、いつもやられっぱなしなのも癪なので、思い切って晴海の手を握ってみた。


「おやおや? この手は何かな?」

「嫌か?」


 そう答えると、晴海は可憐に笑う。


「んーん、嫌じゃない」


 ほっと心の中で安堵した。


 ……今の俺達も、この二匹のように周りからは見られているのだろうか。




 だとしたらかなり恥ずかしいが、しかし、手を離す気にはならなかった。




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