第25話 ラッキーorアンラッキー?




突然の事態に、一瞬で思考が大混乱に陥る。




 おいおい、マジか!? このタイミングで遭遇するなんて!


「…こんばんは、聡人くん」

「っ、お、おう」


 オロオロとしながら、なんとか返事をする。




 部屋着だろうか。半袖のシャツにデニムのゆとりあるパンツと、ラフな格だ。あまり見ない気を抜いた姿に、長年の習性で可愛いと思ってしまう。


「美玲ちゃんのお使い?」

「あ、ああ。自分の買い物のついでに……」


 やばい。こんなに早く機会が回ってくると思わなかったから、何も考えてない。


「そう。相変わらず、美玲ちゃんには頭が上がらないのね」

「っ……」


 そんな意味の言葉じゃないのに、自分が否定されたような気持ちになる。


 前はこれくらいなんでもない冗談だった。放置していた失恋は、まだ俺の心に重りとなってぶら下がっている。




『高峯がそうしたいなら、応援する。二人で一緒に、ちゃんと終わらせようよ』




 ……駄目だ。負けるな高峯聡人。


 ちゃんと向き合うんだろ。だったら、これくらいでビビってんじゃねえ。


「……そっちは? こんな時間に出歩くなんて、珍しいな」


 勇気を振り絞って、どうにか言葉を吐き出す。




 およそ二週間ぶりのまともな会話。まるで熱に浮かされたみたいに調子よく話していた以前とは違い、どうにかって感じだ。


「勉強の息抜きに、ココアを作ろうとしたの。そしたら牛乳がもうなくて、買いに来たわ」

「…そう、か」


 声色に嫌悪や軽蔑の色が見えないことに、こっそりと安堵する。


「勉強の調子は、どうだ?」

「順調よ。問題なくついていけてる」

「流石だな」


 どうにか食らいついてる俺と違い、小百合に気負った様子はない。


 やっぱり凄いな、こいつは。


「聡人くんは大丈夫?」

「ヒロ…えっと、城島とかに手助けしてもらうこともたまにあるかな。ああ見えて結構頭良くてさ。おかげで助けられてる」


 勉強だけじゃなくて、相談に乗ってもらったりもしてるけど。高校に入ってできた最初の友達があいつで良かったと最近思う。


「そう。安心したわ」

「……」



 それは、どういう意味の安心なんだろう。


 俺がうまく学校生活を送っていることか。それとも、自分に付きまとわなくなったことか。


 言われてもないのに、嫌な方、嫌な方に思考が曲がっていって、気持ち悪い。


 脳裏にあの時のことがまたチラついて、耐えきれなくなり──




「………先輩、とは。上手く、やってるのか?」




 気がついたら、そんなことを口走っていた。


「あっ、いや、今のはっ…!」


 しまった、何を聞いてるんだ俺は!?


 我に返って小百合を見ると、驚いたように目を見開いている。


 途端にキュッと心臓が締め付けられて、取り返しのつかないことをしたと自覚した。


 一度吐いた言葉はもう戻らない。それが重いものであれば、尚更に。


「……ええ。色々と良くしてもらってる」

「っ」


 色々って、なんだよ。


 柔らかいその表情に、忘れかけていた黒い感情が胸の中に生まれる。


 まるで爆弾のようなそれを必死に抑え込み、脳裏に広がる妄想をかき消した。 


「……そっか」


 結局絞り出せたのは、音になるかならないかの一言だけだった。




 大失敗だ。少しだけ緩んでいた空気がまた冷えていく。


「それじゃあ、私はこれで」


 空気の変化を敏感に察知したのか、小百合は話題を広げず、隣を通り過ぎようとする。


 もう完全に勇気がガス欠になった俺は、何もできずに立ち尽くして……



『二人で一緒に、ちゃんと終わらせようよ。んでついでに、あたしのことを好きになってくれたらなー……なんてね』



 ……違うだろ。


 何もできなかった、で諦めてんじゃねえよ。それじゃ変わんねえ。


 もう少し気張れ。こういう時こそ根性を発揮すべきだろ、俺!


「小百合!」


 俺は、声を上げた。


 夜中にも関わらず我ながら相当なもので、さすがの小百合も肩を跳ねさせて振り返る。


 その向こうでは女性店員さんがビビってた。マジすんません。


「……何かしら?」


 予想外という顔で返事をしてくれた小百合に、俺は慌てて何か言おうと考える。


 え、えっと、確かさっき考えてた通りじゃ、まずはこの前のことを…


「た、体育!」

「……体育?」


 首を傾げられた。


 そりゃこれだけ言っても意味わからんだろ、俺のバカ!


「この前の、体育。保健室に連れてってくれて、ありがとう。その、ずっと言いそびれてたと思って」

「ああ、そういう……」


 ……恥ずかしい。今すぐ回れ右して帰りたい。


 羞恥心にひたっていると、くすりと小百合が笑う。


「気にしないで。それより、晴海さんと仲良くね」

「お、おう……え?」


 唐突に応援するような言葉をかけられてアホっぽい声を漏らす。


 その時の小百合は、まるで慈しむような顔をしていた。


「話はそれだけかしら」

「あ、ああ」

「そう。では、おやすみなさい」

「お、おやすみ」


 それ以上話を続けることもなく、小百合がコンビニの中へ入っていくのを見送った。




「……ぷはっ! あー、緊張した」


 自動ドアが完全に閉まるのを見計らって、俺は大きく息を吐き出す。


「うわぁ……なんかもう、いろいろダメすぎて自分を殴りたい……」


 あれだけ勇気振り絞った結果がこれとは、本当にチキンなやつだ。


「…とりあえず、帰るか」


 アイスが溶けると美玲がキレるし、これ以上何も話せる気がしなかったので、俺はとぼとぼと帰路についた。

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