第24話 突発的エンカウント
その夜。
俺はスマホで晴海と通話をしていた。
『──じゃあ、日曜日は11時に駅で集合ね』
「ああ。ちゃんと遅れないようにするよ」
電話越しにいる彼女に、そう言って返答する。
前々から思案していた二回目……正確には、三回目のデート。
その場所は、有名なデートスポットとして多くの人に親しまれている江ノ島となった。
『まず
「大まかに言えばそうだな。いくつかおすすめスポットは調べてあるけど、晴海の希望は?」
『んー、
「あー、あそこか。島内を登っていけば必ず行けると思う」
『けっこー階段キツイっぽいんだよねー。体力温存しとかなきゃ』
「ゆっくり行けるペースで行けばいいよ」
江ノ島はいたるところに観光スポットがあり、その全部を回ろうと思ったらかなり強行軍になる。
今回はそうするつもりはなく、良さげだと思った場所をピックアップして行くつもりだ。
『ふふっ』
「どうした?」
不意に軽く笑った彼女に、思わず反射的に聞く。
『いやさー。この前はいきなり中華街行ったけど、今度はちゃんとしたデートじゃん? 楽しみだなぁって』
「……相変わらず人の心を弄ぶのが上手いな」
小百合といた時は毎日綺麗とか凛としてるとか思ってたけど、晴海は事あるごとに可愛いと思わされてしまうから心臓に悪い。
『えー、そんなつもりは……半分くらいしかないケド?』
「あるんかい」
あはは、と二人で笑いを重ねる。
なんだかんだと一緒に過ごし、こうやって話をするのにも慣れてきた。
『あっ、あたしそろそろ切らなきゃ』
「そっか。じゃあ、また明日」
『うん。おやすみ、高峯』
「おやすみ」
挨拶を交わし、通話を切る。
ふう、と一息つくと、喉が渇いていることに気がついた。
自分の部屋を出て、下の階へ飲み物を取りに降りる。
十時を回った家の中は静かで、リビングの扉を開ける音がやけに大きく聞こえる。
「サイダー、サイダーっと」
冷蔵庫を開ければ、お目当ての炭酸水のペットボトルが……棚の端に一本。
「うわマジか。買いに行かなきゃな」
「あれ? 兄貴?」
「ん? 美玲か」
出入り口を見ると、パジャマ姿の美玲がいた。
「飲み物取るなら取ってよ。あたし冷凍庫開けたいんだけど」
「はいはい。って、お前またアイスか? ダイエット中じゃなかったっけ?」
「今日は小テストも予備校も頑張ったからいいんですぅー」
「それ先週も聞いたぞ。ったく、自分に甘いやつめ」
俺がサイダーを手に取るやいなや、さっさと押し退けて美玲が冷凍庫からアイスを取り出す。
そしてテレビの前のソファに向かうと、ちょっと他人様にはお見せできない、だらしない姿勢で寝転んだ。
「お前、学校ではちゃんとやれてんのか?」
「んー? だいじょーぶだって。みんなといる時は優等生っぽくしてるし」
「俺の前では猫かぶる必要ないってか」
まあ家族だし、こんなもんだろう。異性の兄妹がいると、女子の実態を知った気持ちになる。
存分にくつろいでらっしゃる妹様を傍目に、俺はキャップを開けて炭酸水を口に流し込む。
長電話で乾いた喉に、弾ける潤いが伝わっていき──
「あ、思い出した。学校の友達が、ギャルっぽい美人と一緒にいる兄貴を駅の近くで見たって言ってたんだけど」
「ぶふっ!!?」
飲み下すより前に全て吹き出した。
少し気管に入ってしまい、激しく咳き込む。
「げほっ、げほっ……」
「何咽せてんの? 大丈夫?」
「誰のせいだ!」
ソファの背もたれ越しに呆れた目を向けてくる美玲に言い返しながら、息を整える。
「あーもう、最後の一本だったのに……で? 俺を見た友達がいるって?」
「うん。兄貴、うちの中学でも有名人だったからすぐに分かったんだって」
「あー……」
中学の時は今みたいなことを、もっと積極的にやってたからなぁ。顔は多少知られてた。
俺や小百合が通っていた中学に入った美玲は、それで時々教師に頼られると愚痴ってる。
「けど、特徴聞く限り小百合さんじゃないよね? 何、ついにフられて、諦めて高校で彼女作った?」
「……ノーコメントで」
「え? マジでフられたの?」
「ノーコメントつってんだろ」
これだから血の繋がった兄妹は。言葉のニュアンスひとつで察しやがって。
「そっか……なんていうか、ドンマイ」
「……おう」
「ずっと頑張ってたのに、フられちゃったかー。私、小百合さんのこと好きだったんだけどなー」
「美玲は昔から小百合に懐いてたからな」
俺がフられたせいで、美玲との交友関係にも影響が出たら心苦しい。
「まあ、色々あったんだよ」
「ふーん。あっ、ねえねえ、それで彼女さんってどんな人? 美人? 性格は?」
「興味移るのはっやいな。まあ、いいやつかな。学校でも人気だし」
「凄いじゃん。どんなきっかけで付き合ったの? 同い年? それとも年上?」
「めちゃくちゃ聞いてくるじゃん」
そんな兄の恋愛事情なんて気になるもん?
いや違うな、これ好奇心が高まってるだけだ。ウザい時のヒロみたいな顔してる。
そして奴と違うところは、兄妹故に遠慮無く納得するまで聞いてくることだ。
「ねーねー、どんな人ー?」
「ああもう、また今度な」
「あれ? どこ行くの?」
「コンビニ。サイダー買ってくる」
「あ、ならアイス買ってきて。ダッツの新作ね」
立ち止まって胡乱げな眼差しを向けると、それで追求はやめてやると言わんばかりの顔だった。
「……妹様め」
「よろしく〜」
今要求を聞くのと、延々追及される面倒臭さを秤にかけ、俺は前者を取った。
家を出て大通り沿いのコンビニへ向かう道すがら、昼に晴海と話したことを考える。
「小百合と和解したいのか、か……」
そりゃ、できるならしたい。元々は尊敬する幼馴染だったわけだし。
紛れもない俺の本心で、かなり身勝手な願望だ。
「……身勝手。そう、身勝手だよな」
小百合にとっても晴海にとっても、迷惑にしかならないかもしれない、単なる俺の自己満足だ。
どこかで、何かしらの関係であいつと接していたい自分がいる。未練たらしくて我ながら困ったもんだ。
そしてこれは、晴海という恋人がいる現状では不義理な想いで。
「……でもそうしないと、ちゃんとあいつと付き合うこともできないんだよな」
普通ならこのまま疎遠になっておくのがいいんだろう。彼女がいるのに、不安要素は持っているべきではない。
でも、やっぱりそんな簡単に済ませたくないんだ。
心の中に後ろめたさがある限り、きっと本当の意味で晴海を好きになることはできない。
だからはっきりさせたい。晴海の隣にいても、憂いなく胸を張っていられるように。
こんなふうに考えられるようになったのは、間違いなく彼女のおかげだ。
(でもまず、それには小百合と話すタイミングが必要だ)
拒絶される可能性は……自分にも他人にも厳しい小百合だ、十分にありうる。
でもやらないことには何も始まらないのだ。
「とりあえず、体育の時のお礼を言うことを目標にするか」
千里の道も一歩から。まずは無理のない範囲で接触しよう。
そんなことを考えているうちに、コンビニに到着する。
早々に新作と銘打たれたアイスと何本かのサイダーをカゴに放り込んで、レジで会計した。
「……合計で、1518円になります」
いつもこの時間にいる、大学生らしき女性店員さんの言葉に従い金を出す。
「2000円のお預かりで……482円のお返しと、レシートになります」
「ありがとうございます」
「あ……はい、いつも、ありがとうございます」
軽く会釈を交わして、重々しいビニール袋を手にコンビニを出る。
あの店員さん、俺のこと覚えてたのか。まあよく行くしな。
さて、アイスが溶けないうちに帰ろうと自動ドアをくぐって──
「あっ」
「えっ……」
──ちょうど入店しようとしていた、小百合と遭遇した。
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