第23話 二人でいるということ
付き合って改めて、晴海陽奈という女の子の人気ぶりには驚かされる。
「ねえねえ、昨日のドラマ観た?」
「お、観た観た。あれでしょ、ボーイズグループのやつ。主役の女優可愛いくていいよな」
「は? それ言うならセンターの子が超イケメンでしょ」
「どっちもいいよね。あたし的には主役の人推しだけど」
「えー、そっちかー」
今日も今日とて、晴海は美人トリオや、クラスの友達に囲まれている。その様子は和気藹々としていた。
ちなみに俺はさっきの授業の復習中だ。そんなに頭が良くないのでコツコツ頑張らなきゃいかん。
「てか晴海ってさ、男ならどういうのがタイプなわけ? やっぱ爽やか系?」
「んー、自分がしたいことの為に頑張ってる人、かな?」
「なんだよそれ、見た目関係ねーじゃん」
「いやいや、内から出るものってあるし」
晴海の近くにいる男子の一人との会話が、ふと耳に入る。
「じゃあ、やっぱ高峯もそれで付き合ってる感じ? あいつ勉強もスポーツもそこそこできるし」
「そうだね。真っ直ぐなところは格好良いと思ってるよ」
「ふーん。あっ、ならさ、これまではどんなやつと付き合ってきたんだ? 俺も結構部活頑張ってんだけど」
おい、なんだその質問。狙ってる素振りすんのやめろ。
露骨な探りに握っていたシャーペンがミシリと音を鳴らす。
「んー、プライベートだから内緒」
「そ、そっか」
しかし、俺の杞憂とは裏腹に晴海は軽く質問をいなした。
以前の告白ラッシュ然り、手慣れている。思わずホッとした。
「……ホッと?」
え、俺モヤっとしてた?
「へーいアキ、勉強の手が止まってるぞー」
「うわびっくりした。ヒロかよ……」
突然目の前に現れた親友に悪態をつくと、あいつはニヤリと笑って顔を近づけてきた。
「熱心に晴海を見つめてたが、人気者でハラハラしちゃってるか?」
「ぶっ!?」
気づいてたのかよ! こっそり見てるつもりだったのに!
「まーあれだけ可愛くて人当たりも良けりゃ人が集まるって。彼氏として気になるのは分かるけどな
「……俺、そんな露骨?」
「そりゃもう」
「うわ、はっず……」
バレバレだったんかい、俺。
「で、宮内さんの方はそんなに見なくなってる。順調に切り替えられてるんじゃね?」
「いや、それはあえて見ないようにしてるっていうか……」
気まずさは相変わらずで、極力意識しないようにしてるだけだ。
ただ、少しずつ変わってきている自覚はある。
前よりいくらか、ストレスを感じなくなっていた。
この前のことは……晴海が元気付けてくれたおかげかな。
「……やっぱ軽いかな、俺」
「ん? そんなことないだろ。一緒にいる相手が変われば、気になるのは当たり前だって」
ヒロの言うことは、いつもながら妥当だった。
確かに、小百合への未練を断ち切るって意味じゃあ上手くいってる、のか?
でも単純すぎじゃね? たったの半月でこれって、これが悲しき男の性ってやつなのか?
自分を美化していたわけじゃないけど、少し複雑だ。もっと重々しいもんだと思ってたのに。
「……実際、どうなんだろうな」
「ん? 何が?」
口からこぼれた独り言に首をかしげるヒロに、なんでもないとかぶりを振る。
今俺は、小百合のことをどう思ってるのか。そして晴海のことを。
一度芽吹いた疑問が、胸の中に渦巻いた。
◆◇◆
考え始めるとひたすら気になり、ぐるぐると思考を巡らせる。
あっさりと答えが出るようなものではなく、時間だけが過ぎていくようだった。
「高峯、今日は中庭で食べよ?」
「………」
「……高峯? 大丈夫?」
「っ! は、晴海?」
肩を揺すられ、我に返る。
目の前には、心配そうに俺を見ている晴海がいた。
周りを見渡すと、教室は賑やかな喧騒に包まれ始めている。
「あれ? 授業は?」
「もう終わったし。ぼーっとしてたけど、もしかして具合悪い系?」
その言葉に時計を見れば、もう昼休みの時間ではないか。
「大丈夫だ。えっと、昼飯だっけ? 少し待ってくれ」
慌てて勉強道具を片付けて、席を立つ。
「よし。行こうか」
「おっけー」
今日は弁当を作ってきてくれていると言っていたので、身一つで一緒に教室を出た。
「数学の授業さー、マジヤバくない? 一気に進み過ぎてあたしだけ置いてけぼりなんだけど」
「いや、俺もかなり難しいと思ったよ。入ってからが大変って受験の時に言われたけど、本当だったな」
「それー。でもせっかく入学したんだから、頑張んないとね」
「そうだな」
相槌を打ちながら、楽しげに話している彼女を横から見つめる。
本当にどの角度から見ても整っている。こんな人間が現実にいるんだな。
……いや、そうじゃないだろ俺。なに鼻の下伸ばしてんだ。
なんとも思春期らしいことを考えている自分に少し、嫌気がさした。
そんなことを考えている間に中庭について、人で賑わうその一角に俺達は腰を下ろす。
「はい、今日の分のお弁当」
「ありがとう。食費、足りてたか?」
「うん。ていうか、前にも言ったけど自分の作るのと一緒にやるから、気にしなくてもいいんだよ?」
「いや、そこは礼儀の問題だしな。受け取ってくれ」
「そ? じゃあ、もらっておくね」
いつも感想や感謝の言葉は伝えてるけど、渡すもんは渡しておかなきゃな。
受け取った弁当箱を開けると、今日のメインは肉団子を中心としたメニューだった。
「今日はねー、かなり自信作。食べてみて?」
「おっ、そりゃ楽しみだ。いただきます」
手を合わせ、いざ実食。
晴海が自信があるという肉団子を一つ取って咀嚼すると、濃いソースの味と溢れる肉汁、かみごたえのある食感が口の中に広がった。
「ん、今日も美味い。もう購買のパンには戻れねえわ」
「ふふん、あたしってばもう高峯の胃袋掴んじゃってる? 彼女冥利に尽きますなぁ」
俺の冗談に合わせて胸を張る晴海に、思わず笑みがこぼれた。
本当に明るい子だ。その心地よさに触れていると、悩みなんて忘れそうになる。
そう考えた時、また違和感が頭をよぎった。
……やっぱり心のどこかでストップがかかる。まるで誰かが心を前に進ませまいとしているようだ。
「……高峯。やっぱり、何か悩んでる?」
「っ」
流石に、辛気臭い顔をしすぎたのか。
他人の顔色の変化に敏い晴海は、笑顔から一転して俺に気遣わしげな眼差しを送った。
「ずっと難しい顔してるし。なんかあったの? 宮内さんのこと?」
「いや、まあ……」
なんて言えばいいんだ、これ。うまく言語化できないが、要するに小百合や晴海との関係に悩んでる、ってことなのか?
いやいや。ここまで一緒にいといて、今更そりゃないだろう。わざわざ話すことでもないし、自分でどうにか処理して……
「そりゃっ」
「あたっ!? おま、いきなり眉間を突くなよ!」
「ヒコーを突いた。お前はもう、死んでいる。だっけ?」
「死なん死なん!」
いきなりなんだとツッコミをすれば、にひっと笑う晴海。
「何か困ってんなら、言ってよ。あたしら、一番恥ずかしいことぶちまけ合った仲じゃん?」
「……晴海」
「よーするに一蓮托生ってやつ? せっかくなんだから、言いたいことがあるなら言って。あたし、隠されんのが一番辛いよ」
「あ……」
そうだ。
晴海は、周囲が笑顔の裏に隠した陰湿な悪意に、自分の生き方が嫌いになりそうだったんだ。
今の俺は、そいつらと同じことをしそうじゃなかったか?
「……悪い」
「謝ったからよし。それで? 今度は何に頭抱え込んでんの?」
優しく聞いてくれる晴海。
俺は逡巡したが、ぐっと腹をくくって口を開いた。
「最近、さ。気がついたら、晴海のことを見てるんだ」
◆◇◆
「……へ?」
「意識しないうちに目で追ってるっていうか。同時に小百合をあんまり気にしなくなって、そんな自分がちょっと怖くなってた」
本当に自分が紳士だとか思ってたわけじゃないんだが、所詮ただの男と突きつけられたようで不安になる。
まあ、感化されやすい部分があるのは認めるけどさ。
「小百合のことが好きって気持ちはまだ残ってて、そっから目を逸らしたくない気持ちは変わってないんだ」
そのはずなのに、目の前にあるわかりやすい事ばかりを気にしているような気がしている自分がいた。
「でも、晴海のことを気にしてるのは事実なんだよなぁ……」
「っ」
やっぱりヒロの言う通り、こんなもんなのかな。
しかし、こんなに小百合以外の誰かとの関係に悩むのは人生で初めてだ。だから戸惑いが大きいのかもしれない。
あれ。そういえばさっきから晴海のリアクションが皆無──
「……………」
「ちょっ、顔赤っ!? ご、ごめん、やっぱ自意識過剰だったよな! 怒って当然だわ! 今のは聞かなかったことに──」
「ちがっ、そうじゃなくて!」
違うの!? じゃあなんでそんな耳まで真っ赤なわけ!?
ブンブンと突き出した両手と頭を振った晴海は、突然その手で顔を覆ってしまった。
「あー、マジヤバ。不意打ちじゃん。これまで似たよーなこと言われても、ふつーに聞き流せたのに……」
「は、晴海? やっぱ気に障ったか?」
「……んーん。ただ、高峯って時々真顔ですんごいこと言うよね」
「えっ、突然のディス? それとも褒められてる?」
(だってそんなの、あなたを意識してますって遠回しに言ってるようなもんじゃん……)
どうすればいいのかわからずに、ひどく混乱する。
しばらくすると、晴海が顔から手を外した。
まだ若干赤い顔で深く息を吐き、こっちにじとりとした目を向ける。
「高峯さ、天然ジゴロとか言われない?」
「ジゴ……? まあ、天然ってのは時々言われるかな」
「やっぱり」
「納得しちゃうのかよ」
時々、美玲にも『兄貴ってさ、自分がアレな自覚ある?』とか言われる。辛辣で兄ちゃんはちょっと悲しい。
(そっか。高峯、ちゃんとあたしと付き合いたいって思い始めてくれてるんだ)
「はぁー……こういう性格だから付き合おうと思ったのかなー」
見つめてくる瞳に苦笑すれば、もう一度晴海が嘆息した。
「どういうことだ?」
「こっちの話。じゃあ一つ聞くけどさ」
言いながら、晴海は両足を腕で抱え込むと、そこにこてんと頭をのせる。
「高峯はこうしてあたしといるの、嫌?」
「……嫌じゃない」
ぐだぐだと言っていたが、別に晴海との時間が嫌なわけじゃないのだ。
むしろ心地いいから困るというか。いやそれだとこいつが悪いみたいになるだろ。
「むしろ、お前は嫌じゃないか? かなり自分勝手なこと言ってる自覚があるんだが」
「あたしは高峯といて楽しいよ? 少なくとも、この半月で嫌だって思ったことはないかな」
「っ! ほ、本当か?」
「うん。必要以上に気を張らないで話せるし。それに、からかうと可愛い反応するの面白いし?」
「それ、オモチャとして楽しいってことじゃね?」
「よーするに気を許してるってこと。あたし、これまでこんな風に男子と接したことなかったよ?」
そう言われて嬉しくなってしまうのは、やはり俺も立派な思春期男子と言うべきか。
「何よりさ。高峯は、そうやってあたしのことをちゃんと考えてくれるじゃん」
「あ……」
「自分の気持ちを一方的に押し付けるんじゃなくて、フェアでいようとしてくれるっしょ? だからあたしも、高峯なら一緒にいたいって思えるんだ」
優しく笑う晴海からは、親愛の念を感じたような気がした。
俺は、少しは晴海と心の距離を縮められていたのだろうか。
あるいは奇妙な恋人関係がなければ、一生この笑顔を向けられることもなかったのだろうが。
「でもさ、結局高峯はどうしたいの? 宮内さんと和解したいとか?」
「……まだよく分からない」
悩んだはいいものの、具体的にどうしたいかなんて全くの無策だった。
「そっか……でも、素直に打ち明けてくれてありがと。ちょっとは信頼されてるみたいでよかった」
「まあ、何様だって感じの悩みだけど……」
冷静になると、やっぱり自意識過剰で恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい。
「どんな形でも、決着つけたいなら応援するよ。二人で一緒に、ちゃんと終わらせよ」
「……晴海」
「そんでついでに、あたしのことを好きになってくれたらなー……なんてね」
「……そうだな。頑張るよ」
「んっ。さっ、暗い話はおーわり! お弁当、食べちゃってよ」
「おう、綺麗に平らげるぜ」
微笑む晴海に見守られながら、俺は彼女の弁当を堪能した。
まだまだ、先行きの見えない関係だけど。
いつか小百合のことにけりがついたら、こいつのことだけを考えられるだろうか。
そんなことを、ふと考えた。
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