第21話 ありたい自分




 付き合ってから二週間近くも経つ頃には、さすがに周りも落ち着いてきた。

 


 ヒロ曰く、この前の体育で最後まで粘った姿がいい牽制になったとか。


 ラッキーな事だが、それより晴海がちゃんと最後まで見ていてくれたのは嬉しかった。

 

「あたし、そろそろ帰るね」

「お前ら、また明日な」


 ある日の放課後、晴海と一緒にそれぞれのグループへ一言投げかける。


「おっ、今日も二人で下校ですか。さてはデートか〜?」

「そう言う大耶は今日、彼氏くんとお家デートじゃなかったっけ?」

「はっ、そうだった!」

「いや、なんで驚いてんのよ」

「アキ、ちゃんと晴海さんを駅まで遅れよー」

「わかってるよ」

「くう、入学早々彼女と下校とは羨ましいやつめ!」


 軽くやっかみを受けながらも、俺達は教室を後にした。




 廊下を歩いていると顔見知りに何回か会うが、軽く挨拶してすれ違うだけに終わる。


「みんな、あたしらのことあんま突っ込まなくなったよね」


 窓際で駄弁っていた別クラスの友達に手を振っていた晴海が、こちらに目線を向けて言う。


「二週間も一緒にいるとこを見せられたら、諦めもついたんだろ。先週までは針の筵状態だったけど……」

「あはは。高峯、男子達にめっちゃ睨まれてたじゃん」


 ヒロや木村達以外のやつと普通に話せるようになるまで、どれだけ苦労したことか。 


「ヒロが普通に接してくれたから、思ったより早く元どおりになれたとこもあるんだよな」

「城島にはマジ感謝だね〜」


 笑って相槌を打った晴海が、ふと気遣わしげな表情になる。


「宮内さんからは、やっぱり何もなかった?」

「……ああ」


 色んなやつが根掘り葉掘り聞いてきたが、小百合から話しかけられることはなかった。


 寝ぼけていたのでよく覚えてないが、体育の時に晴海と一緒に保健室へ連れて行ってくれたらしい。


「なんでこの前は手助けしてくれたんだろうな。あいつ、フッた相手に同情で優しくとかしないのに」

「……どうしてだろうね」



(そのわりには、高峯のこと気にかけてるみたいだけど)

 


 正直、まだまともに話せる気がしない。


 様子を伺おうとして、目が合うとすぐに逸らしてしまう有様だ。



 

「そっちは? 大門先輩から何かあったりとか……」

「ぜーんぜん。そもそも学年違うから、こっちから探さないと滅多に会わないんだよねー」


 思ったより晴海の口調は軽かった。一緒のクラスにいる俺より、物理的に距離が離れてるから気が楽なんだろうか?


「なーに? 彼氏的には嫉妬とかしちゃってる?」

「そういうわけじゃないが……ただ、大丈夫かなって」


 悪戯げな顔をしていた晴海は、そんな俺の返事にきょとんとした。




 この二週間の忙しなさは、俺の心の中にある陰鬱なものをだいぶ紛らわせてくれた。


 小百合のことでいっぱいだった頭も少し整理できて、するとある疑問が浮かんできた。


「俺達はさ、互いに失恋を乗り越えるために付き合ってるわけだろ? で、俺は晴海のおかげで少しは元気になったけど、そっちはどうなのかなって」

「……あたしの心配してくれてたわけ?」

「当たり前だろ。一応、彼氏なんだし」


 俺がもらってばかりじゃ、デートに誘った時に固めた決意が無意味だ。


 彼女がくれたものと同じくらいは、俺からも晴海の初恋脱却に貢献しなきゃいけない。


「ふふっ。大丈夫だよ。まったく気が重くないって言うと嘘になるけどね」

「そうか? 何かあったらすぐに言ってくれよ、俺も頑張るから」

「むしろ、本当に高峯を好きになってきちゃったかも?」


 ぐっ、相変わらずからかいの攻撃力が高い。


「でも、そうことなら次のデートに行きたいなー、なんて思ってたり」

「マジか。えっと、どっか探しとく」

「よろ♪」


 学校でのあれこれも落ち着いてきたし、そろそろ恋人っぽいこともするべきだよな。




 しばらく歩いていると、前方からこっちに向かってくる人がいた。


 その人は俺達の姿を見付けるや否や、手を上げて近づいてくる。


「おお、いたいた。ちょど良かった、探してたんだ」

「あ、小山先生」

「せんせー、こんにちは」

「なんだ、晴海も一緒か? 珍しい組み合わせだな」


 声をかけてきたのは、前に資料を運ぶのを手伝った小山先生だった。


「高峯、この前は助かったよ」

「あ、いえ。先生こそ腰は平気っすか?」

「いやぁ、これがなかなか良くならなくてな。まったく、歳には勝てんよ」


 ははは、と温和に笑う先生。なんていうか、のんびりした人だな。


「それで、俺を探してたっていうのは?」

「おお、そうだった。実は、資料室の教材を整理しなければならんのだが、急用が入ってしまってな。できれば、この前みたいに手伝ってほしいんだ」

「あー……」

「生徒にこんなことを頼むのも気が引けるんだが、なにぶん時間がなくてなぁ」

 

 申し訳なさそうに言う先生に、既視感を感じた俺は苦笑いした。




 一回手伝ったことで、頼ってもいい生徒と認識されたらしい。


 中学の時もいろんなとこで手助けしてたら同じことが起こったので、すぐに理解した。


「晴海、俺は先生の手伝いするから、今日は先に……」

「せんせー、それあたしも手伝っていいですか?」

「おお、晴海。お前もやってくれるか? 助かるよ」

「いいのか?」

「うん。あたし、今日はヒマだし」


 付き合ってくれる気でいるらしい晴海は、上目遣いに「どうする?」と言ってくる。


「わかりました。引き受けます」

「本当か。ありがとうな、二人とも」

「いえ、平気っす」

「頑張りまーす」

「じゃあ、整理の手順なんだが……」




 先生に言われた手順をスマホのメモに打ち込んで、早速そちらに向かった。


「本当に良かったのか? 俺一人でも大丈夫だけど」

「二人でやったほうが早く終わるっしょ。その代わり、またデートで楽しませてね?」

「わ、わかった」


 雑談をしながら二階に上がって、資料室の扉に受け取った鍵を使う。


 ガチャリと音が鳴り、鍵を抜いて戸を引くと、あの日ぶりに資料室へ入った。


「へえ、こんな感じなんだ」

「わりと広いよな。で、肝心の仕事内容は……色んな先生が使っては戻してぐちゃぐちゃになった資料を、学年とクラス別に直すんだよな」

「この感じだと、結構ありそうだね。やっぱり二人の方が良かったじゃん?」

「確かにな。じゃ、始めるか」

「りょーかーい」


 ゆるく敬礼した晴海と一緒に、作業に取り掛かった。




 整理しなきゃいけない棚は資料室の右奥にあり、ぎっしりとファイルが詰まっていた。


「うわー、多いね」

「俺は上の段をやるから、晴海は下の方を頼んでいいか?」

「おっけー」


 スクショした指示のメモはトークアプリで共有したため、それぞれファイルの順番を直し始める。




 表紙や帯に書かれている数字とアルファベットを頼りに、一つ一つ確かめては差し込む。


 ひたすらそれの繰り返しだ。


「これってさー、そのうちあたし達の分も加わるのかな?」

「先生の話じゃ、一年ごとに更新されてるらしいぞ。これを頼りに、各学年の授業の進行度とかを調整してるんだってさ」

「へー、やっぱデータの積み重ね?ってやつなんだね」


 その分重要なものなので、中は極力見ないようにと言われた。


 覗きたい欲にかられるけど、それで何かの罰則を受けるのは勘弁なので、大人しく作業する。


「でもさ、ちょっと気になったんだけど」

「んー? 今度はなんだ?」

「高峯はさ、宮内さんみたいになりたくて人助けとかするようになったって言ってたじゃん? だけど、フラれた今もこういうことしてるのはどうして?」


 作業する片手間に話すには重々しい内容に、動きを止めた。




 思わず晴海を見れば、彼女は作業を続けている。


 俺も再び手を動かしつつ、頭の半分で答えを考えた。


「まあ、長年染み付いた習慣みたいなもんかな。昔は小百合を追いかけてやってたけど、いつの間にか自然にやるようになってた」

「繰り返してるうちに、癖になってた的な?」

「そうだなぁ。噓から出た誠? いや、ちょっと違うか。とにかく、最初からこうじゃなかったよ」


 本当、最初は打算ありありでやってることだった。


 


 どうしたら、小百合みたいにかっこよくなれるのか。


 何をすれば、あの強さに近づけるのか。


 そんなことばっかり考えてて、こういう機会を利用してたんだ。


「でもなんか、気がついたらそういう考えはどっかいってさ。今は誰かの役に立つのが楽しいからやってる」

「ふーん。高峯って真面目だよね」

「一度始めた以上、目標がなくなったからやーめた、ってのはかっこ悪いだろ? それだけだよ」


 まあ、結局は自己満足なんだろうけど。




 自分のためにやってるという部分は変わっていないので、きっと俺はいいやつじゃない。


「んー。でもさ、あたしは高峯のそういうところ、結構好きだよ?」


 唐突に、そんなことを言われて驚く。


「ま、またからかってるのか?」

「本心だよ。そうやって言いながらも嫌な自分から目を逸らさないとこ、尊敬してる」


 こちらに振り向いた晴海は、いつもみたいに朗らかな笑顔を見せて。


「それにあたしも、誰かの役に立てたら嬉しいって思うから。あの時、高峯と恋人になって良かったな」


 ……唐突に、カラオケでのことを思い出した。


 俺達の心を守ろうと言ってくれたこいつは、まるで俺の生き方を肯定してくれているようだった。


 そして今、この瞬間も。


「……そりゃどうも」

「あ、照れてる。最近、高峯のこと分かるようになってきたなー」


 楽しげに言う姿に早鐘を打つ心臓を、シャツの上から押さえつける。


 最近、晴海の笑顔を見てるとこんな風になることが増えてきた。




 二十分くらいして、特に問題もなくファイルの整理は終わった。


「よし、これで三年生の分は全部並べ直した。そっちは?」

「あたしも終わったよー。あとはこれだけ」


 立ち上がった晴海が、手の中の分厚いファイルを見せつける。


 表紙には『3-A 一学期』と書かれており、一番上段のが紛れ込んでいたようだ。


「俺がやるよ、貸してくれ」

「だいじょーぶ、届くから」


 自信ありげに言って、彼女は最上段へファイルを持つ手を伸ばす。


 


 が、惜しくも身長が足りない。


 俺でも腕を伸ばし切るくらいの位置なので、160センチ前後の晴海は必然的につま先立ちになる。

 

「へ、平気か?」

「ん、もう、ちょっと……」


 はらはらしながら見守っていると、しなやかな体を伸ばして晴海はファイルとファイルの間に差し込んだ。


 その際、第二ボタンまで開けたシャツの胸元が強調されて、思わず目を逸らす。




 なんとか目の端で見ていると、ファイルは徐々に奥へと押されていき、ついには最後まで収まった。


「よっし、終わ、りっ!?」

「晴海っ!?」


 安堵したのも束の間、晴海が折り曲げていた片足を床に戻し損ねた。


 バランスを崩したのか、大きく傾いた彼女の体を咄嗟に受け止める。


「あっぶなー。ありがと、高峯」

「いや、これくらいは……」


 そこまで言いかけて、かなり顔の距離が近いことに気がついた。


 間近に見ると、マジで可愛い。顔のパーツひとつひとつが神がかってる。




 見入っていた時、ふと晴海が肩にある俺の手に触れた。


 そのままペタペタと触られ、少しこそばゆくなる。


「は、晴海?」

「んー。この前繋いだ時も思ったけど、高峯の手って大きいよね」

「まあ、男だしな」

「なんかちょっと安心するんだよねー、この大きさ」

「も、もういいだろ」


 そのまま触られていると変な気持ちになりそうだったので、ぱっと離れる。


 にひひと笑う晴海は余裕そうで、相変わらず敵わない。


「とりあえず、先生に報告しに行こうぜ。職員室にいるって言ってたしさ」

「そうだねー。あっ、早く終わったし、帰りにどっか寄って行こうよ」

「いいけど、どこに行く?」

「んっとねー、あたし的には……」


 たわいもないことを話しながら、俺達は資料室を後にした。

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