第17話 体育という名の修羅場
うちの学校は、だいたい二ヶ月半を目安に体育の種目が変わる。
入学してから最初の種目は、バスケだった。
球技はそこそこできるので、後半のゲーム練習を楽しみにこの二ヶ月を過ごしていたんだが……
「なあ、あいつゲームで潰そうぜ」
「了解、高峯は徹底的にマークな」
「ボッコボコにしてやる」
「……視線がいてえ」
パス練習中、周りから聞こえてくる怨嗟の声に俺はげんなりとしていた。
「ははっ、今日もみんな殺気立ってるねぇ」
「勘弁してほしいよ。おかげで落ち着いて飯も食えない」
「人気者と付き合う代償だな、諦めろ」
のんびりとしたペースでボールを交互に回しながら、ヒロに心労を愚痴る。
交際発覚から数日。いまだに俺への嫉妬の目線は変わらず、肩身の狭い日々を過ごしている。
「昨日、また晴海が弁当持ってきてくれた時からさらにヤバイな」
「ああ、そのせいで味をよく覚えてない」
メニューは唐揚げをメインに、おかずと野菜を数品目というバランスの良い内容。
唐揚げがジューシーだったとこまでは覚えてるんだが、一口食った後は周囲の殺気で味覚が死んだ。
「小百合と一緒にいた時もそこそこ同じ目線は飛んできたけど、レベルが違う」
「宮内さんは可愛いけど、あんまり男子と話さないだろ? 晴海は誰にでも気さくに話しかけるからな。惚れてたやつの母体数が大きいんだよ」
なるほど、妥当な分析だ。
「実際、この前までは凄かったしな」
「ああ…あれか」
例の告白ラッシュを思い出し、途端に顔が渋くなる。
「ちゃんときっぱり断ってくれるっていうのも、またポイントが高いんだろうなー」
「おかげで『そこまで晴海が本気になるなんて』って、余計に殺意が増したよ……どいつもこいつも入学してからたった二ヶ月で、よくここまで女子一人に本気になれるよ……」
「悲しき男の性ってやつだ。可愛くて優しくしてくれる女の子には、思春期の男なんてすぐコロリといく。中学の時も一人くらい、そういう子がいただろ?」
「いた……ような?」
小百合のことしか考えてなかったから、あんまり覚えてない。
そういえばたまに話しかけてくる女子がいたけど、あの子か?
「ピンときてない顔しちゃってまあ。今時、そこまで一途なのも珍しいな」
「いいだろ、別に」
「晴海にもそれくらいのスタンスでいろよ」
俺が出したボールを受け止めたヒロは、目線で後ろを見るよう促す。
それに従って振り向けば──体育館の半分を使いバドミントンをやってる女子達の中に、晴海がいた。
「陽奈、バックバック!」
「はいは〜い!」
今日も今日とて、彼女は溌剌とした可愛らしさを発揮している。
他の女子と比べても、抜群に華奢で、かつ出るところは出たプロポーション。
体操着だとそれが尚更に強調され、一切贅肉がない二の腕や、短パンから覗く真っ白な太ももが眩しい。
鮮やかな茶髪は邪魔にならないようポーニーテールに纏められ、露出したうなじが艷っぽく。
「じゃあ、いくよー!」
けど何より魅力的なのは、きっと曇り一つないその笑顔なのだろう。
「おーい、見とれてないで練習すっぞー」
「お、お前が見させたんだろ」
「にししっ、アキもちゃんと男だな」
揶揄うように笑うヒロから戻されたボールを、俺はやや力を入れてパスした。
しばらくして、体育教師から号令がかかった。
全員が集合し、唸り声でも上げそうな周りの奴らの視線を浴びつつ話を聞く。
「これからゲームをするから、三チームに別れろ。このクラスは1 5人だから、ちょうど割れるはずだ。休んでるやつはいないな?」
はい、と誰からともなく返事が返り、先生は満足げに強面を笑わせる。
「ゲーム時間は10分だ。休憩を挟んでチームを入れ替えるから、準備しておくように」
それから簡単なルール説明がされ、それぞれ自分達でチームを組んでいく。
俺はヒロを含め、よくつるむ連中とチームを組んだ。
「お前らよろしく〜」
「おーおー、幸せ者のご登場だ」
「けっ、裏切り者め」
「靴紐がほどけるべし」
「初っ端から感じ悪いなお前ら」
木村、太田、後藤。この前絡んできた面子である。
とはいえ、こいつらは比較的マシな方だ。今のも軽い挨拶みたいなもんだし。
「とりあえず、経験者のヒロがポイントガードでいくか」
「経験者つっても、中学の時に一年やってただけだがな」
「動ける太田と高峯がフォワード行ってくれ。後ろは俺と後藤がやる」
「任せろ」
「わかった」
ポジションを決め、司令塔になったヒロに他のリーダーとじゃんけんで試合する順を決めてもらう。
結果、俺達のチームは最初にゲームをすることになった。
「よおし、高峯ぶっ潰す」
「ククク、覚悟しろよ!」
「下っ端の悪役みたいな顔だぞ、お前ら」
俺的に嬉しくないやる気で漲っている。面倒くせえな、思春期男子。
だが、あっちにはバスケ部が二人いるので油断ならない。対してこっちはヒロ以外素人だ。
「あ、男子が試合始めるっぽいよ」
「えー、ちょっと見ようかな」
向かい合った連中の凶相から意識を外していると、そんな声が聞こえた。
見ると、休んでいたやつらと交代したらしい女子達がこっちを観戦しにきてる。
その中には、晴海グループの姿もあった。
「あ、高峯いるじゃん。おーい、陽奈に良いとこ見せなよー」
「かっこ悪かったら承知しないよー」
「高っち、頑張れ〜」
「あいつら……」
美人トリオから気の抜けた声援が送られ、鼻の下を伸ばしていた連中がギッ!と睨んでくる。
うわぁ、もう鬼みたいな形相だよ。なんなら「殺す」とか呟いてるやついるんですけど。
「くっ、ぶふっ」
「おいコラ、笑ってんの聞こえてるぞ」
「い、いや、マジでベタな恋愛マンガみたいで、面白くって……」
「さてはお前も敵だな?」
笑いを噛み殺しているヒロを睨みつけてから、もう一度トリオの方を見た。
すると、三人に囲まれていた晴海と目が合う。
楽しそうに笑った彼女は、ゆっくりと口元を動かして俺に何か伝えてきた。
『が、ん、ば、れ』、だろうか。
最後に、可愛らしいウィンクのおまけまで付いてきた。
………ふむ。
「頑張るか」
「おっ、やる気になったな」
どうやら、俺もそこそこ単純な思春期男子らしい。
「よし、始めるぞー」
チームの間に、ボールを持った教師が立つ。
相手の殺る気は十分。こっちのチームも負けじとヒロ達の目に闘志が宿った。
俺も、それなりに体に活力を通して、小さく深呼吸を行い……
次の瞬間、ピーッ!!という甲高い音で動き出した。
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