第13話 思い出を切り取って




高峯と一緒に、いろんな場所を回った。




 アクセのお店行ったり、映画館でパンフレット見て互いに興味のある作品を教え合ったり。


 クレープ食べた時の赤くなった顔は、ちょっと可愛かったな。




 それからしばらく経ったけど……高峯、めっちゃ気遣いできない?




 荷物持ってくれたりとか、人にぶつからないように誘導して歩いてくれるとか、一つ一つの行動がスマートだ。


 それに話も続くし、基本的に笑って会話してくれるから心地がいいんだよね。


 相手に居心地よく思わせる方法っていうのかな? そういうのが身についてるって感じ。



 他の男子といると露骨にアピってきたり、自分の話ばっかなんだけど、そういうのが全くない。


 んー。これも宮内さんのために磨いたことの一つなのかな。


「……ちょっと羨ましいかも」

「ん? 何が?」

「ううん、なんでもない」


 首を横に振ると、高峯は「そうか」と言って前に顔を戻す。


「次、どこ行く? 時間的にそろそろ最後だと思うが」

「そうだね〜。じゃあ……」


 答えようとした時、スマホの着信音が鳴り響く。


 二人とも立ち止まって互いを見るけど、あたしじゃないのでかぶりを振る。




 高峯がズボンから自分のスマホを取り出すと、コール画面になっていた。


 表示された名前は『美玲』。さっき話してた妹さんかな。


「ごめん、妹からだ」

「気にしないでいいよ。早く出てあげたら?」

「ああ」


 画面をタップして、高峯が耳に端末を当てる。


「もしもし? 美玲、どうした?」


 次の瞬間に聞いた、いつもより少し低い声に少し驚いた。


「今どこって、いつものモールだよ。え? 何階って、なんでそんな……はいはい、五階だけど」


 キリッとしていた目つきが少し緩んで、雰囲気もちょっとぶっきらぼうになる。


 高峯って、家族相手だとこんな感じなんだ。


「え? 予約してるコスメ受け取ってきてって、そんなの自分で……ちょっ、おいっ!」


 あっ、電話切られちゃったみたい。


 ため息をついてスマホを下ろした高峯はこちらを向いて、途端に怪訝そうな顔をした。


「どうした晴海。俺の顔、何かついてる?」

「ううん。それで妹さん、なんだって?」

「なんか、注文してた化粧品を代わりに受け取ってこいだって。この階にある店らしい」

「なるほど、それは重要任務だ」

「ったく、兄使いが荒いやつだよ」


 ふふっ、と小さな笑いが漏れる。悪態をついているけど、あんまり嫌そうじゃないんだもん。


「じゃあそのお店に行こっか」

「悪いな、デート中なのに」

「彼女と一緒に受け取ってきた、って言ってみたら?」

「い、いや、わざわざ報告する必要あるか?」


 照れてる。


 感情がわかりやすいところ、なんかワンちゃんみたいだな。


 


 クラスの誰も見たことがないだろう高峯の顔をまた知りながら、一緒に妹さんのお使いをしに行った。


 スマホに送られてきた店名とコスメの写真は、あたしも知ってるものだったのですぐに見つかる。


「レジで受け取ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「はいはーい」


 お店に入っていく高峯を見送って、あたしは近くにあったベンチに腰を下ろした。


 受け取った数々の紙袋はため息が出るくらい重くて、彼の気遣いをありがたく感じる。

 

「ん、メッセ来てる」


 暇つぶしにスマホを開けば、いつメンのグループチャットからの通知。




 既読にすると一瞬で囲まれるので、ロック画面のまま流し見する。


 案の定、半分以上が高峯とのことに対するあたしへのメッセージばかり。個人の方で教室に残ってたらしき子からも来てる。


「みんな反応早いなー」



(……でも、宮内さんは全然リアクションなかった。何を考えてるんだろう)



 高峯があたしを誘った時、彼女はただ見ているだけだった。


 あの後、あたしに何かを言ってくることもなく、静かに何かを考えている様子で。

 


 

 気難しい子とは何人か接してきたけど、宮内さんの鉄面皮の内側は見える気がしない。


 どうしても先輩のことが頭にチラついちゃんうだよね。


 

(今の高峯のこと、どう思ってるのかな。少なくとも、昼に話しかけてきたんだから気にしてないってことはないよね)



 あたしには宮内さんの目が、何かを見定めようとしているようにも感じた。


 だとしたら、あの子が知りたがっていることは何?


 高峯にとって、もっと辛くなるようなことじゃないといいんだけど。


「……宮内さんも、今頃先輩とデートとかしてるのかな」


 長方形の窓の向こうで踊る文字を眺め、思い耽っていると、ふと影が刺した。



 

 高峯が来たのかな。


 そう思って顔を上げれば──目の前にいたのは、二人の男子だった。


「晴海じゃん。こんなとこで何してんの?」

「うわ、すげえ量の荷物。何々、いつメンでショッピング?」


 同じ学校の制服を纏った二人組は、見覚えがある。時々話す別クラスの同級生だ。




 ワックスで調整した髪型。着崩した制服。顔には笑みが浮かんでいる。


 確か、そのクラスではイケメンで人気なんだっけ。態度や雰囲気から自分への自信を感じる。


「あー、まあショッピングってのは合ってるかな」

「そうなんだ。あっ、俺らは男二人で寂しく遊びに来てるんだけどさ」

「やめろよ、改めて聞くと虚しくなるだろ」


 はは、と笑い合う彼らに合わせて、あたしもいつものように笑顔を浮かべる。


 するとあたしが面白いと感じていると思ったのか、そいつらは目の色を変えた。


「せっかく会ったんだしさ、どうせならみんなで遊ばね? 人数多い方が楽しいっしょ」

「おっ、それいいアイデア! 晴海、まだ時間ある?」

「えー、やめとく」

「いいじゃん、俺ら荷物持ちでもなんでもするからさ」

「友達も一緒に、さ?」


 軽い口調で断ったのがいけなかったのか、二人組はしつこく誘ってきた。




 のらりくらりとかわしているうちに、だんだん心が冷めていくのを自覚する。


 普段なら上手くあしらえるけど、ちょっとナイーブになってたところだったからイライラした。


 察しも悪いみたいで、こっちが不機嫌なの気づいてないし。


「ちょっとだけだからさ、ほんと」

「一時間だけでいいから」

「……あのさ。悪いけどやめてくれる? 今日は付き合えないから」


 いよいよ我慢しきれなくなって、はっきり拒否った。


 途端に押し黙る二人組。あたしはそのまま、高峯のことを言おうとして──。


「晴海、お待たせ」

「「は?」」


 店の中から、彼が戻ってきた。




 小さな袋を片手に持った彼は立ち止まると、不思議そうな顔であたしと二人組を見比べる。


 そしてもう一度あたしを見て、理解したのか「あー」と言った。


「なるほど、そういうことか。美玲の追加注文なんか聞き入れるんじゃなかったな」

「高峯、妹さんのコスメ買えた?」

「おう。それどころかリップも買ってこいって言われた」

「あはは、お兄ちゃんは大変だ」


 二人組を挟んで会話すると、そいつらは不思議そうな顔であたしと高峯を交互に見る。


「え、どういうこと? なんで高峯が晴海さんと一緒にいんの?」

「お前、宮内さん狙いじゃねえの? なに、晴海さんと二股?」

「…は?」


 何言ってんのこいつら。


 思ってることそのまま言ったみたいな顔してる二人組に、さっきとは比べ物にならないくらいイラっとした。




 高峯のことをなんにも知らないくせに、よりによって二股とか言うの、マジで最悪。


 ちょっと心配になって様子を見ると、すごく苦い顔をしてた。


 袋を握る手にも、力が入ってて。




 それを見た瞬間、なんとかしなくちゃって思った。




「ふざけないでよ。二股とか、絶対ないから」


 自分で思ってたより、その言葉はかなり荒々しかった。


 ベンチから立ったあたしは、面食らってる二人組の間を割って通ると、高峯の隣まで行く。


「は、晴海?」

「だってあたしら、真剣にお付き合いしてるし」


 そして、問答無用で高峯の空いてる手をがっしり握ると、そいつらに見せつけた。


「はぁっ!? マジで!? 

「あの高峯が晴海さんと!? 嘘だろ!?」

「マジもマジよ。てわけで、あんたらと遊ぶのは無理」


 仰天してる二人に、ちょっとスカッとする。



 

 そして高峯を見ると、こっちはこっちでめっちゃビックリしてる。


「ごめん、なんか我慢できなくて。こういうの嫌だった?」


 そっと顔を寄せて小声で言うと、高峯は改めて驚いたように目を瞬かせる。


 だけどそれは一瞬で、柔らかく笑って小さく首を横に振った。


「いや、すぐに言い返せなかったから助かった」

「なら良かった。あ、どうせなら高峯からもなんか言ってやれば?」


 あたしが勝手にキレてたけど、一番嫌な思いしたの高峯だろうし。


 そう言うと、高峯はまたちょっと考えるように視線を彷徨わせた。




 少しして、何か思いついたのか表情が変わる。


 そんでこっちに何かしたそうな目を向けてきたから、あたしは頷いた。


「……よし」

 

 覚悟を決めた顔で、高峯はこっちを見て唖然としてる二人組を見る。


 そういえば昔、こんなシチュ妄想したことあったな。ナンパされてるところを、先輩に抱き寄せられ……っ!?


「そういうことだ。俺ら、デート中だから。邪魔しないでくれ」




 次の瞬間、めっちゃ強い力で引っ張られて高峯とくっ付いた。




「うおっ!? ガチじゃん!」

「うっそだろおい!?」

「!!?」


 ちょっ、待って待って! 何これ!?

 

 高峯が近い! こんなに男の子と密着したの初めてなんだけど!?


 がっしりとした体の暖かさと、肩に乗った手の力強さに、かぁっと頬が熱くなった。


「何か用事があるなら、今度にしてくれるか?」


 あたしがテンパっているうちにも、高峯は聞いたことない声で牽制してた。

 

「頼む」

「わ、分かった。邪魔したわ」

「お、俺ら、もう行こっかなー」


 結局、高峯の剣幕に負けた二人組は気まずそうに立ち去っていった。


 ぼーっとその背中を眺めていると、隣から大きなため息が聞こえてビクッとなる。


「あー、緊張した。こんな漫画みたいなこと、マジであんのかよ」


 一瞬目を離しただけなのに、と言いながら、あたしの肩から大きな手が外れる。


「それより一人にして悪かった。にしても、晴海ってここまでモテる……あれ? 晴海?」


 高峯が顔を覗き込んできて、あたしはさっと逸らした。


「ど、どうした?」

「………ちょ、待って。今、顔見ないで」


 声ちっさ。蚊の羽音みたいだったんですけど。




 でも、マジで見せらんない。多分あたしの顔真っ赤になってる。耳まで熱いからわかるもん。


 腕に抱きつくまでならちっちゃい頃にパパにやってたからイケたけど、さっきのはマジ無理。


 心臓、バックバクしてる。


「……もしかして、照れてるのか?」

「っ! ち、違うし!」


 思わず振り向いて返事しちゃって、あっと気がつく。


 高峯が、あたしの顔を見てきょとんとした。あたしは耐えられなくてまたそっぽ向く。


 うー、見られた。超恥ずい。


「ぷっ……」

「あーっ、今笑った!」

「い、いや、ごめん……てっきり慣れてるもんだと思って……」

「んなわけないじゃん! 初めてのお付き合いだって言ったでしょ!」


 ヤケクソになって言い返すと、「悪い」と高峯は笑いを堪えながら謝ってきた。


「晴海、けっこう初心なんだな」

「………悪い?」

「いや、全然」

 

 優しい感じに笑いかけられて、また心臓が跳ねる。


 やっちゃったなぁ。あたしがリードするはずだったのに。

 

「とりあえず、もう帰ろうぜ。また誰かに絡まれたら厄介だし、美玲もしびれを切らしてるだろうしさ」

「あ……うん」


 羞恥の中、荷物を持って歩いていく高峯の後を、あたしは追いかけた。




 駅への直通通路に一番近いエレベーターに向かっている途中、横から高峯の顔を見上げる。


 普段通りの顔だ。妹さんと話してる時とも、さっき二人組を追い払ってくれた時とも違う。


「ん?」

「っ、そういえば。あんなこと言ったら、ますます噂が広がっちゃうよ?」


 少し早口で冗談じみたセリフを紡げば、高峯は一瞬視線を彷徨わせた後に答える。


「なんていうか、もう今更だろ」

「開き直ることにしたんだ?」

「そっちの方が精神的に楽だってことに気づいたからな」

「あはは、前向きだ」


 思い切りが良いのは相変わらずだな。


 ……さ、さっきのはちょっと思い切りすぎだけど。




 続ける言葉を探していると、不意に視界の端にあるものが映り込む。


「ねねっ、最後にあそこに寄ろうよ」

「あそこって、ゲームセンターか?」


 あたしが指差したのは、フロアの大規模なスペースを保有するゲームセンター。


 ここからでも騒々しい音が響くその入り口付近に、いくつかプリ台が並んている。


「初デート記念に、プリクラ撮っておくってのはどう?」

「またベタな……でもいいな、それ」

「決まりっ」


 了承をもらえたので、気分が上がりながらプリクラコーナーに向かった。


 とりあえず一番手前の台に入り、お金を入れて撮影を開始する。

 

「なんか希望ある?」

「いや、全然わからん。プリクラ撮るのなんて初めてだ」


 台の中をキョロキョロと見渡してる。宮内さんと撮ったこととかはないらしい。


「そっか、じゃあこれはあたしとが初めてだね?」

「だな」


 二人で話しているうちに、撮影の設定が完了した。


『始めるよ! 二人とも、ギュ〜っとくっついて!』

「うおっ、こんなこと言われるのか」

「ほら高峯、早く早く」

「って言われてもな」


 うーん、高峯は恥ずかしくて乗り気じゃないっぽい。


 画面の端にあるタイマーは五秒を切っていて、ふといたずら心が芽生える。


 さっきはされっぱなしになったし、ちょっと仕返しをしよう。


「そっちから来ないなら、えいっ」

「ちょっ!?」




 高峯に、大きく両手を広げて抱きついた。



 

 彼は固まってしまい、あたしもちょー恥ずいけど心を奮い立たせて目線や表情、ポーズを調整する。


 直後、シャッター音が狭い室内に木霊した。


『オッケ〜! それじゃあ二枚目を撮るよ!』

「お、おい、晴海」

「ちゃんとカメラ見てよね」


 動揺している高峯は、少し身じろぎをしたけど、結局おとなしくなった。


 そのまま二枚目、三枚目を無事に撮り終えて、高峯と一緒に台から出ると外に取り付けられたパネルでプリをいじる。


 ハートとかでデコレーションすると、『初デート』や互いの名前を書き込んだ。


「はいこれ、高峯の分ね」

「おう」


 印刷されたうちの半分を彼に渡して、それから手の中に残った自分の分を見る。




 小さな写真の中には、終始驚きっぱなしの高峯と、少し顔の赤いあたしの姿。


 それを見ているうちに自然と笑顔になって、あたしは彼に振り向いた。


「どう? よく撮れてるっしょ?」

「まあ、確かに。でもこれ、目が大きすぎないか?」

「あはは、高峯の顔すごいことになってる」

「そりゃ、いきなりあんなことされたらな」

「もしかして、嫌だった?」

「……別に、嫌ってわけじゃないけど」


 また照れ臭そうに、高峯は目を逸らす。それが可愛らしくて、あたしは笑った。




 今日は沢山の高峯を知ることができた。


 気遣い上手なところ。妹さん思いなところ。優しいだけじゃなくて、はっきり物を言うところ。


 ……さっきのも、すごく力強くて、なんか〝男〟って感じがした。


 あたしと初めてする事や、そうじゃないこと。いくつもの面を見た。


「今日はデートに誘ってもらえてよかった。そのプリ、大事にしてよね」

「ああ、ちゃんと無くさないようにする」  


 真面目な顔で言う高峯に、あたしは笑顔のまま頷いた。




 ……ふと、考える。




 もしも失恋を乗り越えて、けれど、その時この関係が仮初のままで終わってしまったとしても。


 今日の楽しかった思い出が、このプリクラみたいにいつまでも切り取って残せればいいのに。




 なんてねっ。






 

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