第14話 昼休み≠休憩
初デートがなんとか成功した、その翌日。
俺は若干前向きな気持ちになっていた。
晴海とは上手くやっていけそうだし、これならば初恋卒業も夢ではないかもしれないと。
……そう思っていたんだが。
「高峯ぇ? どういうことか、説明してもらおうか?」
俺を包囲する男子達の威迫に、顔を引きつらせる。
奴らは嫉妬と懐疑、それにほんの少しの好奇心が入り混じった目で、俺を睨め付けていた。
「お前、昨日放課後に晴海さんをデートに誘ってたよな? あれはどういう事だ?」
「D組の奴らが話してたぜ? ショッピングモールで一緒にいたらしいじゃねえか」
昨日の教室で、俺達のやりとりを見ていた木村と太田がぐっと詰め寄ってくる。
残る面子もあの場にこそいなかったものの、俺に疑わしげな目を向けてきた。
案の定というか、登校した時点で昨日のことはかなり広まっていたらしい。
例の二人組だけでなく、多くの同級生が利用するモールでのデートは目撃されまくっていた。
入学以来、難攻不落で有名だった晴海の交際発覚は瞬く間に学年中を駆け抜け、おかげで晴海は朝から鯉の餌状態。
俺もこの有様だ。
「で? どうなんだよ?」
再度、詰問するように木村達がにじり寄ってくる。
全員が多かれ少なかれ晴海に好意や憧れを抱いているようで、向けられる目線はキツい。
「どうって、お前も見てただろ。俺が晴海をデートに誘って、あいつは受けてくれた。だからモールで遊んでたってだけだ」
もう関係を隠さないと決めたので、堂々と事実を述べる。
すると、てっきり俺が誤魔化すとでも思っていたのか、木村達が動揺したようにたじろいだ。
「じゃ、じゃあ何か? お前は晴海さんと付き合ってるのか?」
「ああ、そうだよ。少し前に恋人になった」
無意識に教室の中にいる小百合に聞かれまいとしたのか、自分でも声を落としてそう答える。
すると、木村達はまるで雷に打たれたように驚愕の表情で仰け反った。
「くそっ、まさか本当だったなんてっ」
「信じたくなかったが……」
「てか、今でも信じられねえよ」
「高峯、一応聞くけど冗談とかじゃないんだよな?」
「少なくとも、見栄を張ったりはしてねえよ」
至極冷静にそう答えると、木村達は悩ましげに唸り声を漏らした。
「マジかぁ……よりによって高峯とか、ジョーカーすぎるわ」
「〝晴海に絶対惚れなさそうランキング1位〟だったこいつが、なんで……」
「ぐぬぬ、俺達の憧れの花が……」
「腹を下すべし、高峯」
「あぁ、なんかそんなこと話してたっけ。それと後藤、地味に効きそうな恨み節はやめれ」
「ていうか、宮内さんはどうしたわけ? 最近、あんま絡んでないじゃん」
「そうそう。知ってそうなヒロに聞いてもはぐらかすしさ、なんかあったん?」
そう聞かれて、ちらりと小百合の方を見る。
いつもと変わらない様子でいるあいつは、もう俺のことを気にしていないように見えた。
「……まあ、色々とな」
「ほーん……」
値踏みするようなクラスメイト達の目線に、ヒヤッと肝が冷える。
上手く取り繕えていただろうか。昨日より、少しだけでもマシになってりゃいいけど。
内心緊張していると、「まあ、それはともかく」と木村達が話題を戻す。
「あー、ちっきしょー。やりきれねえわー」
「同感だ」
「高峯、下痢になるべし」
「だからやめろって」
「だって、どんなイケメンや部活のエースでもお断りだった晴海さんが付き合ってるってことは、かなりマジってことだろ? なんて羨ま恨めしい」
かなりマジ、か。
本気でこの交際に臨んでるって意味では間違いじゃないな。ただ流石に三日じゃ好きにはなってないが。
それにしてもこの状況からどうやって脱しようかと考えていた時、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「たーかみね。話は終わった?」
「あ、晴海」
「は、晴海さん!?」
振り返れば、俺の左斜め後ろに晴海が立っている。
腰の後ろに回した手の中に弁当箱を携えて、彼女は俺を取り囲む木村達を見た。
「ごめんねー。今日はあたしが高峯を予約しててさ。ちょっと貸してくれない?」
「俺はレンタルカーか?」
「あ、ああ、勿論」
少し緊張した様子で頷く木村達に、晴海はにこやかにお礼を言った。
それから俺に、こっそりウインクしてくる。どうやら頃合いを見て助けにきてくれたようだ。
「じゃあ、俺はもういくぞ」
「お、おう」
「またねー」
席を立つと、晴海と二人でその場を離れる。
「助かった。あのままだと飯も食えなかったわ」
「ナイスアシストっしょ」
「まあ、そうだな。晴海にも苦労かけて悪い」
「昨日のデートは楽しかったから、このくらいは余裕余裕♪」
相変わらず陽気で優しい晴海に俺も笑いつつ、申し訳なく思う。
色々と考えた結果の行動ではあったが、それであまり迷惑をかけたくはない。どうにかならないものか。
「そういえば……例のものは?」
「バッチリ準備してきたよ」
「おお……」
人生初、彼女の手作り弁当……!
「高峯、授業中めっちゃ集中してるから、お腹空いてるでしょ?」
「え? 見てたのか?」
勉強してる時はそれ以外に意識がいかないから、気づかなかった。
「まあね。これは真剣に頑張ってるご褒美をあげなくちゃな〜」
手の中に持っていた弁当箱を強調するように見せつけられ、ごくっと唾を飲み込むと、晴海がばつの悪そうな顔をする。
「あとさ、ごめん。二人で食べられればよかったんだけど、うちのグループの子達が話したいって譲らなくて。一緒でいい?」
「え? 本当か?」
ごめんね、と言う彼女に、俺は教室の一角を見る。
いつも彼女達が陣取っている場所には、晴海とよく絡んでいる三人の女子がおり、目が合うと手を振ってきた。
「嫌なら、なんとか断るけど」
遠慮がちに、隣から晴海が聞いてくる。
俺はふと教室の中を一瞥して、クラスメイト達の様子を見た。
さっきの四人を含めて、何人かの向けてくる探るような目。
……反応が怖いが、ここで断っても角が立ちそうだしなぁ。
「いや、大丈夫だ」
「そ? じゃあ、あっちでお願い」
「わかった」
片手に水筒一つ持って、晴海のグループの方へと歩き出す。
「おー、来た来た。噂の高峯だ」
近づいて、まず最初にかけられた言葉はそんなものだった。
艶のある長髪のインナーに暗い紫を入れた、モデル系の美人が切れ長の目で俺を興味深そうに見る。
「お待たせ〜。やっと連れてこられたよ」
「めっちゃ囲まれてたじゃん。あれだ、シメンソバってやつ?」
「それを言うなら、四面楚歌じゃない?」
ギャル的な印象の強い、晴海とは別の意味で派手な一人が言えば、小柄で可愛い感じのもう一人が訂正した。
全員が晴海に負けないほどの超美人。
同じ教室にいても滅多に会話することのなかった女子達を前に、緊張する。
「それじゃ、改めて紹介するね。今あたしが付き合ってる、高峯だよ」
「ご紹介に預かった、高峯聡人だ。あー、よろしく?」
「私は
「
「ウチ
モデル美人が真里さん、ギャルが光瑠さん、小柄なのが大耶さん、か。ひとまず歓迎してくれるみたいだ。
晴海は彼女達の中心、壁際の席に座る。俺も近くの空いている席を使った。
「ねえ、陽奈と付き合ってるってマジ?」
「まあな」
「へ〜、びっくり。てっきり宮内さんと付き合ってんのかと思ってた」
「ね〜。予想を裏切られたよね〜」
ド直球だな、おい!
最初から火の玉ストレートを投げられて、俺は口元が引きつるのをどうにか堪える。
「い、いや。小百合とは元から付き合ってはいない」
「ふーん。え、じゃあ高校上がってから陽奈が初めての彼女?」
「そう、なるな」
高校どころか、人生初彼女だけど。
そんなことを考えていると、バシッと強く肩を叩かれた。
「やるじゃん、高峯。陽奈を選ぶなんていい目してるね」
「ど、どうも?」
「宮内も顔は可愛いけど、女子力高い陽奈の方が断然いいっしょ」
付け加えられた真里さんの言葉に、小さな不快感が湧き上がる。
いや、落ち着けよ俺。こいつらは小百合のことをよく知らないから、友達の晴海を贔屓しているんだ。
人前ではほとんど見せないだけで、小百合も可愛らしいところや、女子力だってある。
「はいはい、そこらへんにしといて」
「あ、陽奈がオコだ」
「ちぇ〜、ここまでか」
「え〜、もっと色々聞きたい〜」
そんな俺の内心を見透かしたようなタイミングで、晴海が声を上げてくれた。渋々と三人が引き下がっていく。
彼女を見ると、ごめんねと口パクで謝られたことで頭が冷え、こっちも申し訳なくなった。
この程度のことで目くじらを立ててたら、いつまでたっても克服できないか。
自分を戒める気持ちでいると、目の前に巾着袋入りの弁当箱が差し出された。
「はいこれ、約束のお弁当」
「お、おお。ありがと」
「あっ、陽奈の手作り弁当じゃん! いいな〜、陽奈のご飯美味しいんだよね〜」
「そうなのか?」
「うん、いつも自分で作ってる」
テンション高めの声を上げた大耶さんが、俺の手の中の弁当を見て目を輝かせていた。
期待が膨らみ、机の上に巾着袋を置いてリボン結びにされた紐を解く。
袋から取り出した、楕円形の白い弁当箱の蓋を開けると……
「おおっ、なんだこれ!」
「カオマンガイ、ってわかる? タイ料理なんだけど」
「へえ。名前は聞いたことある」
弁当箱一杯に詰まっていたのは、ご飯の上に鶏肉が乗った、卵なしの親子丼みたいなもの。
周りにはブロッコリーやレタス、人参にカットされたトマトと、色とりどりの野菜で彩られている。
料理には詳しくない俺だが、晴海の腕がいいということはわかった。
「いただきます」
「はーい、召し上がれ」
今まで食べたことのない料理に心が躍り、早速合掌した。
箸を手に取り、六等分にされた鶏肉を一枚と一口分の米を切り分ける。
ゆっくりと持ち上げれば、鶏肉にかけられているネギを刻んだソースが垂れてきたので、慌てて頬張った。
「お味はどう?」
「……美味い! カオマンガイなんて初めて食ったけど、これ好きだわ」
心に浮かんだままに声をあげた。
いやマジで美味いなこれ。今まで食べたことがなかったのを後悔するレベルだわ。
下品にならないよう、しかし夢中になって弁当を堪能する。
「はぁ〜、世の中にはこんな料理もあるんだなぁ。感動だよ」
「えへへ。良かった」
半分くらい食べたところでそんなことを言うと、晴海は少し照れくさそうに毛先をいじりながら笑った。
……可愛い。
「あ、高峯。ご飯粒ほっぺについてる」
「え、マジか。どこらへん?」
「んーと、ここ」
彼女が指先で自分の白い頬を示した。がっつかないようにしてたんだが、恥ずかしいな。
俺はそれに従って米粒を取ろうとするが、上手く見つけられない。
「むっ、どこだこれ」
「平気? 鏡貸そっか?」
「もー、しょうがないなぁ」
突然、自分の弁当を食べていた晴海が箸を置いた。
彼女は立ち上がると、こちら近づいてきて俺の顔へと手を伸ばす。
柔らかい感触が頬に触れて、直後に細い指先が離れていくと米粒を取られていた。
「そんなに美味しかった?」
呆気に取られている俺の前で、くすっと悪戯げに笑った晴海は米粒を口に入れた。
指先を舐める舌が妙に艶かしく、先ほどとは違う意味で唾を飲み込む。
「ヒュー、大胆」
「うわー、ラブラブだ〜」
「こら、二人とも茶化さない」
当然、目の前で見てい三人からニヤニヤとした笑みが向けられた。
しかも、ギッと周囲の男達からの目線が湿度を増す。
……振り向きたくねー。
「いっそ、あーんとかしちゃえば?」
「そうだ、見せろ見せろ〜」
「高峯、どうせなら昨日みたいにやっちゃう?」
「や、やらん」
「えっ、何それもっと詳しく」
ひとまず俺は、晴海達と話すことで周囲の目線をカットした。
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