第12話 少しずつ知っていく




 服飾系のテナントが集中している階に下り、それからすぐに晴海がご所望の店を見つけた。


「へえ! これ、いい色じゃん!」


 途端に、店頭のマネキンが着ていたカーディガンを見て黄色い声を上げる。


 俺の腕を離して間近に見てはしゃぐ姿は、年相応の女子高生って感じだ。


「ねねっ、高峯はどう思う?」


 振り返った彼女は、広げた服を自分の体に当てて感想を求めてきた。


「ああ。晴海の髪の色にも合ってるし、似合うと思う」

「だよねー。このピンクっぽい絶妙な乳白色が最高。あっ、こっちのスカートも可愛い!」


 なんだか楽しそうだ。


 普段、学校でもオシャレに気を使っているし、服を着るのが好きなのだろうか。


「このブラウス、去年流行ったやつをアレンジしてるんだ。欲しかったけど人気で買えなかったんだよね〜」

「晴海、服を見るが好きなのか?」

「まあね」


 吟味し終えたトップスを丁寧に折りたたみながら、彼女は答える。


「小四くらいの時、クラスの友達に『陽奈ちゃんなんでも似合うから、色んなお洋服着ればいいのに』って言われたんだ」

「確かに、晴海なら色んなタイプのコーディネートが決まりそうだ」

「ありがと」


 言われ慣れているのか、晴海は淡白に受け答えをした。


 お世辞ではなく、本当にそう思ったんだけど。




 客観的に見て、晴海はとてつもない美少女だ。それも超がつくくらいの。




 現実離れしたスタイル、シミひとつない玉の肌、目が覚めるような整った顔立ち。どれもが一級品。


 仕草や表情の一つ一つも可愛らしく、学年一の美少女という話も決して誇張には思えない。


 そんなこいつに着られる服も、さぞかし誇らしいことだろう。


「……まあ、だから隣の教室から鬼の形相で飛んできたのはマジで怖かったけど」

「ん? なんか言った?」

「い、いや、なんでもない。それで?」


 慌ててこぼれ落ちたセリフを心の中に押し込み、続きを促した。


「それで、話題が広がるかなって思って自分でも調べてみたんだよね。ファッション雑誌とか、流行りのコーデ特集とか。そういうの見てるうちに、楽しくなってきちゃって」


 元の状態となんら変わらなく見える、綺麗に畳んだ服を見ながら、晴海が微笑む。


「いつの間にか、服を着るのが好きになってた。新しい服に袖を通して鏡を見るたび、ワクワクする。そこにメイクとかアクセとかもキマると、めっちゃ気分が上がるんだよね」


 それは、心の中にある熱が言葉になって剥離したようだった。




 本当に大事なものなんだなと、知り合ったばかりの俺でもわかる。


 きっと、そうして一つ一つ紡いだものが、今の天真爛漫で可憐な晴海を作ったんだろう。


「今ではもう、立派に趣味になってるってわけ。せっかく女の子に生まれたんだから、精一杯オシャレしなきゃ!って感じ」


 俺が漠然と思っていた以上に、この子は人からもらったものを大切にできる子なのかもしれない。


「あるよな。何気なく始めたことに、いつの間かのめり込んでるって」

「だよね。あの子には感謝してるよ」


 振り向き笑うその顔は、やっぱり心臓に悪いくらい可愛かった。


「それで、買わないのか? かなり気に入ってたみたいだけど」 

「んー、他の店も回ってからにしようかな。付き合ってくれる?」

「勿論だ」

「ありがと。じゃ、はい」


 何気なさを装って差し出された手を、少し躊躇してから握る。


 頷いた晴海と並んで、俺はウィンドウショッピングに繰り出した。








◆◇◆








 かれこれ一時間くらいその階を巡り、気になる店に入っては洋服を見ることを繰り返した。


 こういう時の女子はすごいもので、納得いくまで凄まじい集中力を発揮している。そのあたりは小百合達も晴海も同じらしい。


「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 女性店員さんの声を背に、店から出る。


「ありがとね高峯、荷物持ってくれて。フロア中連れ回しちゃったけど疲れてない?」

「大丈夫、妹の時に比べれば軽いもんだ」


 両手に携えた紙袋を軽々と持ち上げ、余裕なことをアピールする。 



 

 いろんな店を見て回ったが、最終的に晴海が選んだのは最初の店舗だった。


 興味を示していたものをいくつか買って、紙袋に包まれたあとは俺の出番だ。


「妹さんいるんだ。何歳?」

「一つ下。中学に入ってから急に洒落っ気が出始めて、休日は半日くらいこき使われるよ」

「おお、お兄ちゃんっぽいエピソードきた」

「まあ、好きなことに熱中する気持ちはわかるから、いつも付き合うんだけどさ」


 おかげで学校生活は上手くいっているようで、夜の食卓では和気藹々とした話題が多い。


 いつもは澄ました顔をしているあいつが楽しそうなのを見ると、なんだかんだ兄冥利に尽きるのだ。


「晴海は? 兄妹とかいるのか?」

「あたしは妹がいるよ。高峯と同じ、いっこ下。去年からプチ反抗期っぽくて可愛いの」

「俺もあったなあ、そんなこと」


 中学二年というのは、男女関係なく気難しくなる時期らしい。当時の美玲もピリピリしてた。


 


 氷のようだった一年前の妹を思い出していると、不意に晴海がニヤッと笑う。


「高峯は中二の時、どんな感じだったの? やっぱり俺の右腕が〜、とかやってた?」

「や、やってねえよ」

「え〜、怪しい〜」


 「教えてよ〜」と服の裾を握って揺すられるが、俺は断固として口を噤んだ。


 小百合への恋心をしたためたポエムを作りまくってたなんて、口が裂けても言えん!


「と、とにかく! 妹とはこんな感じだ」

「ふーん。まあ、高峯がいいお兄ちゃんだって知れたからよしとしますか」

「ああ、もう満足してくれ」


 ようやく諦めてくれたみたいで、内心ホッとする。


「高峯の中学の卒アルとか見たいなー」


 ……諦めてるか、これ?


「それで、他に何か見にいきたいものとかある?」

「今日はこれくらいでいいかな。今度は高峯の行きたいところ行こうよ」

「分かった。じゃあ四階の本屋に行っていいか?」

「おっけー」


 新たに増えた重みを手の中に感じつつ、再び移動を開始した。




 エスカレーターを使って上階に赴き、行きつけの本屋に向かう。


 全国展開しているチェーンの書店なんだが、数年も通っているとなじみの場所になりつつある。


「高峯って普段、どんな本読むの?」

「主にトレーニングとか、ちょっとした恋愛指南系。ファッション誌も買ったりする」

「自分磨き用って感じだね」

「漫画も買うけど、去年は参考書オンリーだったな」

「わかる。あたしもここの本屋に買いに来たことあったなー」


 晴海と雑談を交わしているうちに、書店に着いた。


 学校帰りの時間ということもあって、入り口から見える店内には同年代の姿が多い。




 同じ学校のやつに遭遇するかもなんて考えつつ、新刊コーナーへ足をすすめる。


「今日はいつも買ってるシリーズの続きが発売されて……おっ、あったあった」

「どれどれ?」


 両手に持っていた荷物を左手に移動して、平積みされているその本を一冊取った。


 また肩に手を置いて、晴海が隣から覗き込んでくる。


「『うちおかマッス郎監修、最強の筋トレメニュー100選 〜これで貴方も最強のパワーを〜』……」

「これ、かなり実践的でお世話になってるんだよな〜」


 このうちおかマッス郎、現役の芸人さんなんだが、その筋肉美で爆発的に人気が急上昇してる。


 男としては彼のように筋骨隆々の体に憧れるが、残念ながら俺ではあの領域に辿り着けそうにない。


「だが、あの熱いハートは俺の中に刻み込まれている……!」

「……高峯って、ちょっとセンスが独特だね」

「そうか?」


 ためになるんだけどな、この本。








◆◇◆








 待望の一冊と、晴海が手に取っていた雑誌をレジで会計してもらう。


 新たに手の中に一つ袋を増やして、俺達は書店を後にした。


「その雑誌、本当によかったの? お金払ってもらっちゃったけど」

「いいよ。昼のお詫びってことにしといてくれ」


 荷物持ちとこれくらいで釣り合っているかは分からないが、晴海には世話になりっぱなしだしな。


「料理本とかも見てたけど、そっちは買わなかったな」

「うん。パラ見したけど、自分で再現できそうなのが多かったから」

「おお、女子力感じるセリフだ」

「ふふん、中学までの家庭科の成績は5だったよ?」


 女子力が高いという触れ込みは本当のようだ。


 どんな料理を作るんだろうなと思っていると、晴海が続きを口にする。


「明日、お弁当を持ってこようかなって思ってるんだけど。高峯はどんなものが好き?」

「えっ、マジで?」

「マジマジ。リクエストくれれば、そのおかず入れるよ?」


 まさか、彼女にやってほしいことランキング上位のイベントがこんなに早く来るとは。




 心が躍りつつ、好きなものを思い浮かべてみる。


「えっと……鶏肉とか?」

「おっ、鍛えてる人らしい答えだ。鶏肉ね、メニューの幅が広いなぁ」

「あの、せっかく作ってくれるならあんまり気にしなくていいぞ?」


 好きなように、作れるものを作ってほしい。


 そのあたりのニュアンスをさりげなく伝えようとすると、晴海は自信ありげに口角を上げた。


「ううん、楽しみにしてて。とびっきり美味しいお弁当作るから」

「わ、わかった」

「うん。ふふっ」


 笑いかけてくれる彼女に、俺はまた少しだけ胸が熱くなった。


 明日の昼が、今から楽しみだ。




 そんなことを考えていたせいだろうか。不意にお腹のあたりから間抜けな音がした。


 思わずその場で立ち止まる。晴海もきょとんと引きつった俺の顔を見て、楽しげに破顔した。


「早速お腹すいちゃった?」

「……恥ずかしながら」


 標準より筋肉量が多いからか、それとも単に成長期なのか、すぐに空腹になる。


「確か、この階にフードコートあったよね? 休憩がてら何か食べようよ」

「あ、いや、わざわざ気にしなくても」

「あたし、そろそろ足痛いなー。小腹もすいちゃったなー」


 こいつ、良心に訴える作戦に出やがった。


 追い討ちをするように、もう一度お腹が鳴る。


「高峯、どうする?」

「……フードコート行こう」

「りょーかい。じゃ、しゅっぱーつ」




 フードコートは書店から、吹き抜けを挟んだ反対側に位置していて、いろんな店が入っている。


 中華、ハンバーグ専門店、ファストフード系……その中で俺達が選んだのは、クレープだった。


「チョコバナナホイップ、ホイップ多めで一つお願いしまーす」

「ご注文ありがとうございます。少々お時間がかかりますので、そちらの受け渡し口でお待ちください」


 にこやかな女性店員さんから番号の印刷されたレシートを受け取り、少し横に移動する。


「クレープ代、出してもらっていいのか?」

「あたしも晩御飯のこと考えるとまるまる一個は食べらんないから、二人でシェアしようよ。荷物持ちしてもらったし、そのお礼ってことで」

「それ、どこかで聞いたセリフだ」


 だね、と朗らかに笑う晴海と話している間に、クレープが完成した。




 店員さんから受け取った商品を持って、一番近くの空いていた席に二人で座る。


「いただきまーす。んっ、おいひっ」

「あのお店、前にこのモールのSNSアカウントで話題になってたよな」

「そうなんだよね〜。だからフードコート来ると、ついつい買っちゃって」


 美味しそうにクレープを頬張る姿は、なるほど男子達が魅了されるのも納得だ。


 絵になるってこういうことなんだろうなぁと思っていると、ふと晴海がこちらを見てニヤッとする。


「な、なんだ?」

「もー、そんなに見つめなくてもあげるってば」


 そう言って、彼女はテーブルに片手をつくと身を乗り出してきた。


 あげるってまさか……そう思った俺の予想を裏切らず、彼女はクレープを俺の口元に差し出してきた。


「ほら、あーん」

「おまっ、マジか!?」

「またまた、照れちゃって。流石に間接キスくらい、宮内さんともしたことあるでしょ?」

「いやまあ、小学生の時とかには……」


 ただそれは子供の頃だからできたことであって、今ここでやるのとは別問題……


「じゃあいいじゃん。はい、あーん」


 あっ、こいつ全然やめる気ねえ。




 一度、クレープを見る。


 晴海が食べた部分が綺麗な半円型に欠けていて、思わず生唾を飲み込んだ。


 お、落ち着け俺。一旦冷静になれ。


 小さい頃、美玲が食べきれなかった飯を代わりに食べてたのとそう変わらない……はずだ!


「よ、よし。いくぞ」

「いや、めっちゃ緊張してるじゃん。えいっ」

「むぐっ!?」


 俺から行く前に、口にクレープを優しめに突っ込まれた。


「どう?」

「……うみゃい」

「だよね。あたし、これが一番好きなんだ」


 にひっと笑った晴海が、手を引く。


 クレープが口から離れて、俺は口内に残った分を飲み込んだ。


「あはは、顔真っ赤ー」

「……うっせ」


 むしろ、初めての彼女にこんなクソ甘いことされて、恥ずかしがらないやつがいるなら教えてほしい。


「もう一口いっとく?」

「や、やめとく」

「そう? ならもーらい」


 からかい半分、面白半分の眼差しで見てくる晴海から、俺は必死に顔を逸らす。




 空腹はもう、羞恥心でそれどころじゃなかった。


 






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